エンタープライズ:コラム 2002/08/19 19:52:00 更新


Gartner Column:第59回 進化する「置き薬」コンピューティング

サーバの世界でも、余分のCPUをオフラインの状態で納入しておき、ユーザーが必要になった際にオンラインにし、その時点から追加分の料金が発生するタイプの課金方式が普及しつつある。

 インターネット系アプリケーションの処理データ量は、大きく変動するものだ。サーバ管理者にとって、これうした状況に対処するための容量計画を行うことは、悩みの種だろう。ここで重要となるのがCoD(キャパシティ・オン・デマンド)、いわば、「置き薬」方式のサーバ販売方式だ。

 一般家庭やオフィスでよく見られる「置き薬」のビジネスモデルは、置いておくだけでは料金は発生せず、実際に使った分だけを支払えばよいというものだ。サーバの世界でも、余分のCPUをオフラインの状態で納入しておき、ユーザーが必要になった際にオンラインにし、その時点から追加分の料金が発生するタイプの課金方式が普及しつつある(薬とは異なり、サーバの場合には使用していないCPUにも保守料などの形である程度のコストがかかることが多いが)。

 CoDはサーバの必要処理能力の伸びの予測が困難な場合に特に有効だ。特に、ECの世界でこれは当てはまる。プレステ2の予約やワールドカップのチケット購入などのように、現在でもサーバがインターネットからの過剰な要求にこたえられずにパンクしてしまうケースは、しばしば見られる。パンクしそうになりそうなことが分かってから、サーバのアップグレードを行うのでは間に合うわけはない。

 かと言って、十分な余裕を持ったサーバを購入しておくことも難しい。ユーザー層が限定される社内向けアプリケーションとは異なり、インターネットの世界では、どの程度が「十分な余裕」なのかを把握することは難しいからだ。

 CoDの仕組みがあれば、処理量の急増に対応したアップグレードをコマンド入力だけで瞬間的に行うことができる(それゆえ、CoDは別名「インスタント・アップグレード」とも呼ばれる)。なお、保守用の回線経由でモニターされているので、ベンダーに内緒でアップグレードすることはできないようになっているので念のため。

 CoDをいち早く実現したサーバは、実は、IBMメインフレームである。1999年よりIBMメインフレームの世界ではCODが標準となっている。1CPUモデルを発注しようが、2CPUモデルを発注しようが、納品されるIBMメインフレームには、物理的に最大数のCPUが搭載されているのである。(なお、余分のCPUは、CoD向けだけではなく、稼動中のCPUが障害を起こした場合に、「オペレーターの介入なしに」自動的なバックアップを行うためにも使用される。このあたりは、メインフレームがまだUNIXサーバの追随を許さないところだ)。

 現在では、サン、IBM、HPなどの主流UNIXベンダーはすべてCoDをサポートしている。最近の注目すべき動きとして米HP が8月2日に発表したTiCoD(テンポラリ・インクリース・キャパシティ・オン・デマンド)がある。

 これは、従来型のCoDをさらに一歩進めたものだ。従来型CoDではCPUの追加後は永続的なアップグレードとして扱われるわけだが、TiCoDでは一時的に追加CPUを使用した後で、システムを元の状態に戻すことができる。TiCoDは、トラフィックに短期的なピーク(典型的には、クリスマス・シーズンなど)が存在し、それをしのげば、また通常に戻るようなアプリケーションに向いている。

 実際には、TiCoDではユーザーは追加CPUの使用時間を前払いすることになっている。いわば、ユーザーのサイト内に置いてあるCPUをプリペイド方式でレンタルすると考えればよいだろう。強力なファイナンスサービスを擁するHPにとってこのような戦略は得意中の得意である。

 しかし、CoDを単なるベンダーのマーケティング上の戦略だけと捉えるべきではない。CoDの根底にある考え方は、ユーザーはシリコンや金属からできたコンピュータという機械を買っているのではなく、そのコンピュータ上のソリューションが提供する価値に対価を支払っているという発想だ。つまり、「資産としてのIT」から「サービスとしてのIT」へのパラダイム・シフトである。ASPやユーティリティ・コンピューティングなども同じ方向性にあるものだ。

 インターネット・バブルがはじけてしまい、過去の楽観的なEC需要の伸びが期待できない今、CoDの意義は減少したのではないかという意見もあるかもしれない。しかし、逆に、多くの企業が過剰なサーバ購入を避けたいと考える厳しい経営環境の今でこそ、CoDの重要性は増しているといえるだろう。

 CoDさらにはユーティリティコンピューティング的な考え方の普及を妨げる要因のひとつは、多くの企業におけるIT予算に対する考え方だ。期初に予算をできるだけ多く確保し、確保した予算は使い切らなければ損という公共工事的な考え方が支配的になっている企業では、サービスとしてのITという考え方はなかなか普及しないのではないだろうか?

[栗原 潔,ガートナージャパン]