エンタープライズ:コラム 2002/10/29 18:41:00 更新


Linux Column:新しい日本でのオープンソース開発モデルの再構築が必要だ

最近、異口同音に「オープンソースに元気がない」という意見が出てくる。10代、20代の頭の柔らかいソフトウェア技術者が、突拍子もないアイデアやパワーで斬新なソフトウェアを作れるような土壌をどう作っていけばいいのか、真剣に議論しないといけない時期がきているのではないだろうか。

 前回は技術者教育という観点からオープンソースの現状と課題を考えてみたが、今回はもう少し視線を広げてみよう。

 最近、私があちこちで人に話を聞いてみると、異口同音に「オープンソースに元気がない」という意見が出てくる。理由はさまざまなものが考えられるが、一つにはイベント的に人が集まることが少なくなったこと、ほかには新しい製品の発表など、目立つトピックがないことも挙げられるだろう。

 前者については、オープンソースに限らず、IT系の展示会は一時期の華やかさに比べれば現在は量も質も低下しており、特にオープンソースに限ったことではないので仕方ないところだろう。

 問題(?)は後者だ。一体いつからIT業界というのは華やかな花火がないと盛り上がれない体質になってしまったのだろうか?

 私が思うに、Windows 95あたりからのWindowsの新バージョン発表/発売と、それに伴うハードウェア、ソフトウェアのリニューアルのサイクルで業界全体が廻るようになったからだろうか。

 私が一時期身を置いていた業務系システムの世界では、バージョンアップはどちらかというと不安定要素を持ち込むものとしてあまり歓迎されていなかった。マーケティングをしていた私としては、そのような受け手になかなか四苦八苦させられたものだが、それもし方ないところだろう。

 そんな環境で育ったわけでもあるまいが、私は技術というのは基本的に地味でコンサバティブ(保守的)なものだと思う。じっくりと、いい物が正しく評価されてはじめて価値が出てくる。そういう観点から見ると、オープンソース方式というのは限りなくそれに近い。まだ形になりきれていない段階から、変化のプロセスも含めて見て評価することができる。あるいはある時点で、あるポイントについて深く掘り下げていくこともできる。それがオープンソースの最大の魅力といってもいいのではないだろうか。

 ただし、これはあくまで理屈、理想であろう。残念ながら現状においては技術的に正しく評価を行える技術者が圧倒的に少ない。日本のIT業界のこれまでの流れでは、ソフトウェア技術者というとVisual Basicでプログラミングする人が圧倒的多数という時期が長すぎた。ニーズがWebのスクリプティングなどに移行するにしても、ツールがPerlやPHP、Javaに変わっただけで、ソフトウェア的モノ作りの上流工程に携わる技術者の数はあまり増えていないように感じられる。

 なぜこんなことを思うかというと、私自身が齢二十有五にしてソフトウェア技術者として挫折したからだ。挫折したからこそ、輝いている技術者がいれば妬ましくも思えるのだろうが、それがあまり無かったりもする。だからこそ、特に若い人には貧欲に技術者としての高みを目指してほしいのだ。しかしそれも、技術者としての評価が正しくなされる土壌無くしては達成できないだろう。

 議論としてやや循環気味になってきてしまったが、オープンソースのビジネスモデルがどうこうという話もいいが、もう少し中長期的な観点から技術と技術者が育つオープンソースモデルの再構築を考えてもいいのではないだろうか。

 10代、20代の頭の柔らかいソフトウェア技術者が、突拍子もないアイデアやパワーで斬新なソフトウェアを作れるような、そんな土壌をどうやって作っていけばいいのか、真剣に議論しないといけない時期がきているのではないだろうか。

 そういう意味で、表面的に最近はオープンソースが元気がないという議論ではなく、方法論として定着させていくための議論をしていきたい。今週末には北海道へ、そして四国へと赴き色々と話をしてくる予定だが、その中で何かヒントが見つけられればと思っている。

[宮原 徹,びぎねっと]