エンタープライズ:インタビュー 2003/05/26 17:37:00 更新


Interview:SAP玉木氏に聞く、ERPの現在・過去、そして未来の展開

ERPパッケージ市場の牽引役として存在感を高めているSAP。紆余曲折を経ながら一貫して企業へのパッケージ導入を推進してきた同社は、市場の過去・現在・未来をどうとらえているのか?同社の玉木一郎氏に聞いた。

 ERPパッケージ市場の牽引役として存在感を高めているSAP。ERP市場では発展途上とも言われる日本でも大企業への浸透度は高まってきており、SAPも含めて今後は中堅企業向けという「巨大市場」に注目が集まるようになってきている。紆余曲折を経ながらも一貫して企業へのパッケージ導入を推進してきた同社は、市場の過去・現在・未来をどうとらえているのか?

 先日の記者発表会では、R/3以来重要という新プラットフォーム「SAP NetWeaver」を発表した同社で、マーケティング本部長兼ソリューション本部長を務める玉木一郎氏に話を聞いた。

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27日から開催されるSAP TechEdでも基調講演を務める玉木氏。プライベートでは、ジャズバンドでドラムを担当しているという。

ZDNet SAPはERPであるR/3を中心に、ここ数年はCRMやSCMの分野、さらに、各業種別のソリューションの展開と分野を広げています。広い意味でERPの過去・現在・未来をどうとらえていますか?

玉木 ERPの10年は紆余曲折ありましたが、もう既に「欠かせないもの」としての認識が定着し、投資対象として明確化されてきています。

過去との比較で言えば、かつては会計や購買、販売といった各業務ごとにパッケージを導入するという考え方が主流でした。しかし今は、すべての子会社、関連会社も含めて企業グループ全体でERPを導入し、情報の一元化を図るというステップに移りつつあります。先日は、三井金属が55の子会社をR/3で統合しました。グループ全体をERPで統合することで、経営のスピード化を図ることが最大の狙いになっています。

次に、かつてITそのものが、経営の下のレイヤーと認識されていたが、今では経営とITは統合するべきものと認識されていることも変化の1つです。顧客にフォーカスしたビジネスを展開する場合にも、販売やマーケティング、生産部門といったバラバラのシステムをいかにうまくつなぎ、あたかも1つの組織であるかのように見せるかがカギになります。そこでは、システムとしては非常に高度な技術が求められます。

ITなくしては経営課題は解決できなくなっている状況で、バックボーンとしてのERPの役割は変わりません。ERPを軸に、顧客管理を行うCRM、生産管理を中心としたシステムを構築するSCMへとシステムを拡張するという考え方が主流です。

ZDNet ERPの本質とは何だと考えますか?

玉木 ERPの本質は、「スピード」「企業戦略の実現」「変化対応力」の3つです。

出来上がったシステム、つまりパッケージシステムを採用することで、同じ機能を自社開発しなくて済むことのメリットは計り知れない。

また、企業戦略の実現とは、例えば、生産管理の計画と実行のサイクルを短くして、在庫を減らしたいと企業が考えたとします。ここでは、SCMのソフトウェアを導入することで、既存の業務の限界を超えた効率的なシステムを手作りよりもずっと簡単に構築できるのです。生産計画のサイクルが月次から週次になったり、顧客への回答納期を以前よりもずっと早くすることも可能なのです。

さらに、変化対応力もERPの大事な特徴です。パッケージシステムは、開発した時点では常に「ある時点でのプログラム」でしかありません。時間や要件の変化に対応できないのでは、やがてレガシーシステムになってしまうだけでなく、導入する側のメリットは、コストの安さだけになってしまいます。

将来にわたるアウトソースという考え方

この点でSAPは、顧客にERPを導入することについて「顧客が将来にわたってシステム開発をSAPにアウトソースする」という考え方を基本にしています。経営環境が変化する中で、パッケージベンダーとして、製品を進化させ続けていくことをクリティカルな課題と認識しているのです。そこで打ち出したのが、企業に変化対応力を提供することをコンセプトとする「SAP Netweaver」(関連記事)なのです。

ZDNet ERPの中堅企業向けシステムへの導入が進んでおり、SAPもこの市場へのフォーカスを打ち出していますが、これについてどうお考えでしょうか?

玉木 グループ経営の流れの中で、中堅企業へのERP導入は進んでいると認識しています。親の導入経験を生かすことで、スピード、コストともに効率のいい導入ができるからです。

1990年代のニュースでは例えば、「〜企業が会計業務をパッケージシステムで刷新」などとなっていましたが、2000年に入ってからは、子会社を含めた全体導入が話題の中心になってきています。逆に、人事だけといった業務パッケージの導入には、「安い」こと以外にメリットはなく、私はそれらはERPだとは考えていません。ただし、ERPという言葉が広まること自体は反対ではありません。

ZDNet SAPが中堅企業へアプローチする上での基本的な考え方は何ですか?

玉木 SAPの考え方は、大企業が蓄積してきた知識や経験をパッケージ化し、同じ業界の中堅企業に展開するということです。つまり、業界における知識移転です。SAPはこれまでも業界や業種別に特化した機能を、標準に加えて提供しました。それを中堅企業に提供していきます。

業界のベストプラクティスを移転することで、業界全体の底上げを図り、最終的には日本の国際競争力の強化ができればいいと考えています。これはSAPが「mySAP All-in-One」をリリースした理由でもあります。

ZDNet 逆に危惧していることはあるでしょうか?

玉木 「中堅向け」という言葉が取りざたされたのは今に始まったことではありません。さまざまなベンダーが中堅企業にフォーカスするとして製品やサービスを提供してきました。各メディアでも取り上げられることが多かったのですが、それらが安さにフォーカスし過ぎて、単なるパソコン雑誌になってしまうことが多かった。

つまり、安いことばかりが強調され過ぎて、何を実現できるかや、ほかの企業と差別化するという議論がされなくなる傾向がありました。このように、「水が低いところを流れてしまう」ことを最も恐れています。

ZDNet 例えば、サプライチェーンマネジメントに関して、需要予測、生産計画といったプランニングエンジンを入れる理由は、非常に多くの在庫を効率的に扱う必要があるからだと思います。その意味では、中堅企業のように、そこまで扱う在庫数が多くない場合は、SCMを入れる必要はないのではないかとも思えます。

玉木 確かに、SCMについてはそういった意見が当てはまるケースもあると思います。ただ、CRMなどに関しては規模はあまり関係ありませんので、今後も普及が特に進んでいくと考えています。

かつて、大企業の短所は、組織が大きいことによるスピード不足、中堅企業の長所は組織の小ささによって小回りが効くことでした。しかし、ここ数年大企業は、ERPパッケージ導入によって、それを克服しようとしています。かつての中堅の強みを大企業が持ってしまったのです。安いことにだけフォーカスしていては、中堅企業は乗り遅れてしまうリスクを抱えることになるのです。

ZDNet それでも、中堅企業が導入するにはSAPは高額という声もありますが、これにはどう応えますか?

玉木 大企業が蓄積した基盤を中堅企業が手に入れようとしても、手作りではとてもできません。そのメリットを考えてもらいたい。また、ライセンス費用についても、課金はユーザーの人数に対して行われるため、人数が多くなければ、実際の投資規模はそれほど大きくなりません。

ZDNet 5月27日から2日間、「SAP TechEd」を開催するそうですが、どのような狙いがありますか?

玉木 TechEdは、ERPが進化している姿を技術面から伝えることを目的としています。技術者の理解が、プロジェクトの現場の品質に直接影響を与えるからです。オープンな技術を提供するSAPとして、情報提供もオープン化していこうという考え方の一環でもあり、多くの企業に利用されているベンダーとしての責任でもあります。



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[聞き手:怒賀新也,ITmedia]