エンタープライズ:レビュー 2003/06/23 14:58:00 更新

マイクロソフトの製品から
Microsoft Encarta総合大百科 2003レビュー (2/2)

オンラインとオフラインの狭間で

 日本版エンカルタ2003に戻って、その「金銭で買えるもの」を紹介しておこう。ユーザーインタフェースは1997年度版からずっと、Webブラウザに意識的に似せた設計だ。2000年度版と2002年度版のタイミングでエンジンを大幅変更した際に、インタフェースも読者に混乱を与えない範囲で変更された。現在の画面構成はいっそうWebブラウザに近似していて、コントロールの形状や配色はMSNおよびMSN8との緩やかな連続性を感じさせる。実際、MSN8ではエンカルタ2003とほぼ同内容のオンライン版を提供している(使用料はMSN8の月額料金に組み込み)。これが、マイクロソフトの家庭ユーザー向けインタフェースに一貫性を持たせようとした試みか、あるいは活気を失いつつある小売りソフトウェア市場から撤退してオンライン商品へ移行する布石なのか、筆者にはわからない。

 ところで、現代的なグラフィカルユーザーインタフェースにおける大原則のひとつは、「モードを設けるな/やむをえずモードを設ける際はモードの状態を明示せよ」である。エンカルタは昔から、この点において洗練を欠いている。図版、年表、地図などを展開するたびに画面デザインとコントロールの配置を大幅に変更する−−つまり頻繁にモードを切り替えるのだが、モードの状態と意味を絶えず読者に親切に伝えようとする努力が、残念ながらまだまだ不十分である。

 項目を引く「ピンポイント検索」機能は、キーワードを入力すると該当または近似する項目名のリストを表示する簡潔なものだが、内部ではかなり高度な処理を行っているようだ。古いエンカルタのエンジン(例えば1999年度版)では、あらかじめ用意された長いリストをスクロールするのと大差ない素朴な仕組みだったが、現行のエンジンではエンカルタを起動した直後と検索操作を行った際に、その都度リストを動的に生成しているように見える。これは、後述する「エンカルタ・アップデート」の仕様変更と関連して、検索結果のリストや解説本文も、SGMLやXMLと同様の手法で逐次生成されているようだ。その結果、読者は最小の操作できわめて効率よく求める情報に到達することができる。検索機能を備えたWebページやWebアプリケーションの開発者は、エンカルタの検索機構や操作性を学ぶと良い刺激が得られるだろう。

 エンカルタはCD-ROMないしDVD-ROMに収録されたオフラインのデジタル百科事典だが、早くからインターネット接続を使ったオンライン機能を装備して百科事典の可能性を拡張してきた。その中心となるのが、ほぼ一カ月ごとに新規情報をローカル(ハードディスク)にダウンロードして内容を更新する機能と、各項目に関連する推奨Webサイトへリンクする機能だ。前者は、以前は「イヤーブック」と呼ばれ、既存項目の最新補足情報を別冊の形式でローカルハードディスクに蓄積する仕組みだった。しかし、エンカルタ2003は「エンカルタ・アップデート」という、とびきり進歩的な機能を搭載している。読者が任意にアップデートの操作をすると2MB弱の小さな更新データがインターネット経由でローカルハードディスクに落ちてくる仕組みは「イヤーブック」と同じだが、「エンカルタ・アップデート」は新規項目の追加と既存項目の内容そのものの書き換えを行うのである。ダウンロードしたデータオブジェクトはもちろんCD-ROMやDVD-ROMそのものを書き換えるわけではないのだが、エンカルタ2003が画面を生成するたびにROMに焼かれたデータとハードディスクの更新データを動的に融合して、項目リストや解説文の内容を再構成する。従って読者の目には、あたかもCD-ROMやDVD-ROMが書き換えられたように、自然な情報の更新が行われる。2002年11月22日に発売されたエンカルタ2003を、2003年1月にアップデートすると松井秀喜はヤンキースの野球選手になり、4月にアップデートするとジョージ・ブッシュはイラクを先制攻撃した大統領になるといった具合だ。百科事典は新聞や雑誌ではないから、最新の時事問題に光を当てることが本来の役割ではない。しかし、政治や経済の情勢のみならず、例えば考古学や人類学や量子力学などの分野で過去の定説を覆す画期的な発見が数カ月おきに報告されているのだから、百科事典が素早く更新されていくのは素晴らしいことだ。ただし、「エンカルタ・アップデート」はエンカルタ2003の読者に永久に無償提供されるものではなく、2004年以降のアップデートには次年度版エンカルタが必要だ。

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オンラインで情報を更新する「エンカルタ・アップデート」の具体例。米英軍がやってくる前と後とで、「イラク」項目の内容が大幅に書き換えられていることがわかる。既存項目の内容を更新するのみならず、新規項目を後から追加することもできる。アップデートの頻度は、おおむね毎月一回。データ量は約1Mバイト程度。バッチ処理ではあるが、何ら不都合はない。


 教育市場を強く意識しているエンカルタ2003は、小・中・高校生の読者とその教師たちを支援するいくつかの補助機能を備えている。エンカルタ内の情報やインターネットのWebサイトの情報などを収集・整理してHTML形式のレポートを作成する「エンカルタ資料BOX」、子供たちに学習のヒントを提供する「課題学習ガイド」、エンカルタを使って授業する教師を手引きする「教科別ガイド」や「レッスンコレクション」などである。残念ながら、これら教育関連の補助機能はすべて質と量の両面で不十分で、評価に値しない。各機能の着眼点は悪くないのだが、完成度は実用の域に届いていない。だが、エンカルタ2003は手応えのある百科事典であり、その内容は読者の年齢を問わず生涯教育の良質な教材と言える水準にあるから、このことが全体の値打ちを下げることにはならないだろう。

 本稿では詳述しないが、その他に「ダイナミック地球儀」、「パノラマビュー」、「3Dバーチャルツアー」など、エンカルタ2003は子供も大人も理屈抜きで楽しめる数多くの機能を数多く装備する。「ダイナミック地球儀」はかつて「エンカルタ百科地球儀」として独立していたソフトウェアを、百科事典のシェルに完全統合したものだ。統合は成功していて、操作性に違和感はなく、元々の百科事典の項目と「百科地球儀」の地理学的な情報とがうまく溶け合っている。古代ペルシャ帝国のペルセポリスや織田信長の安土城を臨場感たっぷりに散策できる「3Dバーチャルツアー」などの凝った技術を駆使した視覚的な娯楽機能は理屈抜きで知的な好奇心や想像力をかきたててくれる。ここで学術的な厳格さを問うのは野暮というものだろう。エンカルタがマルチメディアと呼ぶ一連の機能は、ソフトウェア技術を誇示する浅薄さがなく、版を重ねて充実した結果、もはやオマケの域を脱している。

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以前は独立したソフトウェアだったエンカルタ百科地球儀は、総合大百科に「ダイナミック地球儀」機能として統合された。他に、「パノラマビュー」や「バーチャルツアー」などといった知的な娯楽機能も盛りだくさん。中でも、世界の失われた遺跡や建造物の内部を散策する「3Dバーチャルツアー」は、近年の考古学研究の成果が反映されていて興味深い。


「ガンダルフ」の名に託したもの

 映画『ロード・オブ・ザ・リング』のヒットによって、日本でも魔法使いガンダルフは広く知られる人物となった。彼は、広く深い知識を使って勇敢に正義を行う人であり、主人公たちの愛すべき師であり友である。ベトナム戦争の開始と同じ年に最初の物語が出版されたトールキンの『指輪物語』に、当時のアメリカの多感な若者たちは特別なメッセージを読みとった。登場人物の中でもとりわけガンダルフは、1950年代の後半から1970年代の前半にかけて、アメリカの知的な若者たちにとって特別な存在だった。父性の象徴だったのである。マイクロソフトの「ガンダルフ」プロジェクトを指揮した人物は、クレイグ・バーソロミューという。堂々とした体躯に似合わない小さな声で慎重に考えながら話す彼は、欧米の文学に通じた学者肌で、フランク・ザッパの音楽を好んで聴く進歩的な趣味人で、他の同年代のアメリカ人と同様に架空の魔法使いガンダルフに特別な思いを持っていた。ビル・ゲイツの会社にはまるで似つかわしくない人物だった。デュ・ボアが「Encyclopedia Africana」に「金銭で買えないもの」を願ったように、クレイグ・バーソロミューも彼のチームの百科事典に、仕様書や販売計画書には記載されない働きを与えようと密かに目論んでいたのではなかっただろうか。はたして「ガンダルフ」の名が象徴するものを日本版エンカルタ2003の中に認められるかどうか、ぜひ一度試用して探ってみることをお薦めする。

最後に、苦言をひとつ

 最後に、敢えて苦言を呈しておきたい。「日本海」の問題である。

 日本国内で出版される百科事典が、日本政府の方針に逆らってまで地図上の日本海に「東海」を併記した背後には、言うに言えない事情があるのかもしれない。あるいは単純に、無邪気に安直なのかもしれない。しかし、少なくとも「日本海呼称問題」の項目を立てるか、適切な既存項目の中できちんと国際水路機関(IHO)でいま何が起きているのかを説明すべきである。筆者はここで、いずれの名称が正当かを主張するつもりは毛頭ない。海の名前は、海事専門家が技術的に決めればそれで良い。私が案じているのは、エンカルタ読者たちのことである。親や教師たちが、この唐突で不自然な名称併記を理由にエンカルタを子供たちから遠ざけるようなことがあれば、なんとももったいない。それに、そもそも海の名前がどのようにして決定するかを学習する絶好の機会ではないか。ぜひとも次年度版で、教育的かつ建設的な配慮をしていただきたいものである。

製品名 『Microsoft Encarta総合大百科2003』
発売日 2002年11月22日発売
価格 DVD-ROM(1枚)版、CD-ROM(5枚組)版ともにメーカー希望小売価格19,800円
特別優待アップグレード版はメーカー希望小売価格8,800円
対象OS Windows XP/2000/Me/98
動作環境 Pentium 233MHz以上のCPU、64MB以上(Me/98)または128MB以上(XP)のメモリ
製品紹介Webサイト http://www.microsoft.com/japan/reference/ers/

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[江河 毅,ITmedia]