エンタープライズ:コラム 2003/07/25 14:57:00 更新


Linux Column:改めてオープンソース議論を

1ヶ月ぶりのご無沙汰になります。この間、コラムのネタになりそうなものは、といったらSCOぐらいしか思いつかず、とてもじゃありませんが書けない状態でした。しかし、面白いネタが見つかったので紹介しましょう。

OpenGroupware.orgはどうか

 オープンソースでのオフィスアプリケーションと知られている「OpenOffice.org」(OOo)がありますが、今度はオープンソースなグループウェアとして「OpenGroupware.org」(OGo)と呼ばれるソフトウェアが登場しました。元々ドイツで開発されたグループウェアなのですが、GPL、LGPLで公開されています。オープンプロトコルをサポートするという点に主眼があり、おかげで対応クライアントもOutlookからMacOSで動作するiCal、PalmにWebDAVクライアント(「Cadaver」のスクリーンショットを見る限り、実用性はゼロですが)と多岐に渡っています。

 残念なのは、FAQを見る限り内部ではUnicodeを使ってはいるものの、下位8ビットしか見ていないため日本語は扱えなさそうなこと。思わず「意味ないじゃん」とツッコミを入れそうですが、将来のためと納得するしかないでしょう。実際問題、読み書きをしたこともない未知の言語をサポートするということ自体、コードを書くのは至難の業です。

 この辺りはやはり分かる人間がやる、ということで日本なりアジア圏の開発者がコミットしていくべきなのでしょう。そのようなわけで、日本での普及はとりあえずまだ先という感じです。

次々とモノは出てはくるが

 さて、今回の本題はOGoではなくて、このように色々と興味深いオープンソースソフトウェアが出てはくるものの、その普及促進には以前ほどの勢いが感じられなくなっている気がしている、という点です。

 以前はオープンソースソフトウェアの提供者(開発者やディストリビューターなど)と利用者(ユーザー)は渾然一体となっていたため問題にはなりませんでしたが、現在では利用者が一方的に増えつづけているという状態になっているのではないでしょうか。

 これは市場原理でいえば、消費者が増えることで生産者が活気付くので歓迎すべき動きなのかもしれません。しかし、増加する消費者に対応できるだけの生産者側の増加も現在は見込めないため、極度にアンバランスな状態が起きているように見えます。また、生産者と消費者の間での価値交換モデルが未だにできあがっていないことも、生産することに対する正当な対価(物質的に、あるいは精神的に)が得られにくくしている要因でしょう。このアンバランスな、状態を危ういものにしている気がします。

 このような状態から新しいモノが生み出されてきたとしても、一部の人が使うという自家消費に留まる傾向があります。現在のところ、新しく登場するオープンソースソフトウェアに目立った動きが見られない、という理由はこのような状況にあるからではないかと、私は想像しています。オープンソースの場合、そういった利用者の勢いに普及を負っている部分が多いため、今後の広い普及ということを考えると、あまり楽観的ではいられないでしょう。

改めてオープンソース議論を

 私のオープンソースについての考え方は、従来の「生産者対消費者」という構図を変えることができるものと思っているのですが、このような考えというのは多くの人と議論することで自分の中に形作られたのでしょう。

 しかし、新たにオープンソースソフトウェアを利用するに至った人は、すでに既定概念としてのオープンソースがあるため、議論する機会を与えられていないような気がします。モノや情報といった利用環境が十分に整備されているおかげで、あまり考えなくても使えるのだから、誰もいちいち「オープンソースとは何か」などと考えながら使ったりはしません。それは、1つの理想かもしれませんが、まだ時期尚早ではないでしょうか。たとえば、SCOの問題にしてもオープンソースが内包する脆弱性の問題として、これまであまり議論されずにきた点ではないでしょうか。

 オープンソースとはこういうものだ、ライセンスはこれが絶対、というような考え方から一度脱却して、今までオープンソースだった人も、これからオープンソースな人も、一緒になって考えていくべき時期がやってきているのではないでしょうか。

[宮原 徹,びぎねっと]