エンタープライズ:ケーススタディ 2003/08/20 20:46:00 更新


「個人とバンキングのあり方を変える」ソニー銀行

インターネット専業バンクとして開業したソニー銀行。ユーザーがより主体的に資産管理を行うことをコンセプトとする同社の特徴は、「MONEYKit」に示されている。

 「インターネットが社会を変える」と言われたネットバブル。その崩壊を確認し、経済が見えない底を探りながら転がり落ちていた2001年6月に、インターネット専業のソニー銀行が開業した。「フェアであること」を企業理念に置く同社は、ユーザーが、経済環境や市場の金利水準の実態が正しく反映された環境で、自らの資産を管理できるよう心がけているという。

 例えば外国為替取引では、個人投資家は一般に片道1円の手数料を負担する必要がある。同社はそれを、プロのディーラーに適用される手数料にぐっと近づけた取引サービス(現在は片道10銭)を展開しており、同社の考え方を端的に示すものだ。

 同社企画部の安積秀樹氏は、「ソニー銀行は個人に焦点を当て、ユーザーの将来設計を支援する」と話す。

 ソニー銀行のサービスで欠かせないのが、ユーザーが各種のバンキングをする際にシミュレーションツールとして利用する「MONEYKit」だ。これは、画面の周囲を囲む形で、振り込み、残高照会、投資信託、資産運用アドバイス、住宅ローンなどバンキングを行うためのツールが設置されている。ユーザーは必要に応じてツールを真ん中のエリアにドラッグ&ドロップして利用する。個々のユーザーがツールを使って、自分の好きなように資産を管理する形態は、「人はもっと主体的に生きるべき」という同社のいい意味での気負いを表しているとも言えそうだ。

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MONEYKitの画面。「自分が何かをする場所が中央にあり、使うものが周囲にあるという環境を、ユーザーが気持ちいいと感じる空間にする」ことがコンセプトになっているという。

 個人顧客がライフプランや資産運用を組み立てるために使うMONEYKit アドバイスエンジンには、高度な技術エンジンが採用されている。これは、仏アイログの最適化コンポーネントをベースにしている。アイログの製品は表に出ることが少ないために一般的な知名度は高くはないが、大手ERPベンダーのソフトウェア製品や航空会社など、多くのシステムに組み込まれているという。

エンジンを構成する機能MAPSとMFI

 MONEYKitアドバイスエンジンは、MAPS(Morgan Asset Projection System)とMFI(Mutual Fund Implementer)の2つの機能で構成される。MAPSは、同銀行と提携しているJPモルガンのノウハウをベースに開発された投資パフォーマンス予測ツール。ユーザーがMAPSに家族構成、収入、手持ちの資産、ローンといった情報を入力すると、現在のポートフォリオや将来の予測資産額、アセット・アロケーションなどが自動的に表示される。

 一方、このMAPSが予測するアセット・アロケーションに基づき、最適な投資信託の組み合せをシミュレーションするのがMFIだ。

 アイログの最適化ソフトウェアはMFIに搭載されている。MFIで採用されたのは数理計画法に基づくアイログの「ILOG CPLEX」と、制約プログラミングに基づく最適化エンジン「ILOG Solver」の組み合せとなっている。

 ユーザーへの推奨は、ILOG CPLEXが顧客の入力情報をベースに、3000本にも上る投資信託の全領域からその顧客に合った商品の対象範囲を絞り込むことから始まる。そして、ILOG Solverがファンドを検証し、顧客向けに最適な組み合せを抽出する。これだけの処理をしても、かかる時間は数秒から十数秒に抑えられているという。

「ネット専業」の光と影

 ソニー銀行の最大の特徴であり、ユーザーのメリットでもあるのが、外貨および投資信託の購入から住宅ローンによる融資まで、実店舗に足を運ぶ必要がまったくないこと。取引はすべてWebの画面、場合によっては電話で完了するため、来店という物理的な負担が軽減されるだけでなく、取引自体を柔軟に行うことができる。

 最もいい例が、住宅ローンの返済手続きだ。住宅ローンでは、少し長めの返済契約を結び、まとまった資金ができたときに繰り上げ返済を行う方法が一般的になっている。一般的な銀行から借り入れをした場合、繰り上げ返済を行うためには、契約書類を再提出したり、または、回数に制限があるケースもあり、手続きが煩雑になる傾向がある。

 一方で、ソニー銀行では、来店しなくていいだけでなく、ネット上から何度でも手続きができ、書類の再提出もない。そのため、ユーザーは自分の計画に基づき、ローンの返済を機動的に行うことができる。また、金利タイプの変更は手数料が無料という。

 例えば、3000万円の借り入れを35年の計画で行った場合、金利が2%と4%では、返済総額が驚くことに1405万410円も違ってくる。その意味で、自分の生活環境の変化に柔軟に対応した返済プランを、自由に設計できるメリットは大きいと言っていい。

 だが、ネット銀行には、営業形態の制約による壁が存在するのも事実だ。

 安積氏は、「すべての人を対象にできる営業形態ではない」と話す。まずは、インターネット自体が障壁になる。同社で開設された口座数は、開業した2001年の6月末が1万6215、そして、2003年現在で21万2540にまで増やしている。しかし、一般的な銀行のユーザー数と比較すれば、今もニッチプレーヤーであることに変わりはない。

 そして、全体の80%を、30代、20代、40代のユーザーが占めているという。コンピュータをある程度自由に使いこなせることが、実質的なユーザーの条件になってくる。また、「パソコンで銀行取引をする」という感覚が、一般のユーザーにまでに広まるにはまだ多少の時間がかかるかもしれない。ただし、2001年当時に比べ、ADSLやFTTHなどの高速インターネット環境が急速に進んだ点はプラスに働く可能性はある。

 同氏の話によれば、最近、定年退職者がインターネット証券会社を利用して、株の売買を行うケースが非常に増えているという。20代や30代の自分の子息から手ほどきを受けて、パソコンをマスターする高齢者も増えていると聞く。そんなことから、ソニー銀行にとっての経営環境は、徐々に良い方に向かっているかもしれない。

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ソニー銀行企画部の安積秀樹氏

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[怒賀新也,ITmedia]