多くの日本企業が競争力の低下や生産性の停滞に悩んでいる。海外企業がERPの最新技術を活用しているのに比べ、老朽化し、複雑化した“日本型”のERPは柔軟性や効率で後れを取っている。AI時代に求められる次世代ERPとは。長年ERPを提供してきたSAPがその答えを語る。
多くの日本企業が競争力の低下や生産性の停滞などの課題に直面している。その原因の一つとして、老朽化し、複雑化した“日本型”ERPの存在が挙げられる。
なぜ日本企業のERPはレガシーシステム化してしまったのだろうか。企業にとって最適なERPとはどのようなものなのか。50年以上にわたってERPを提供してきたSAPが、日本企業の課題を解決するために必要な次世代のERPについて語った。
日本企業はERPを導入する際、個別要件に対応することを第一に考え、事業部門から要求された機能をそのまま開発会社に発注してアドオンとして実装する傾向があった。その結果、開発や運用のコストが増大し、ERPベンダーが提供する新技術をスピーディーに利用することが難しくなった。
SAPジャパンの本名 進氏(APJカスタマーアドバイザリー統括本部 SAP Business AI Japan Lead)は、日本企業のERP導入の現状を次のように語る。
「多くの日本企業は、業務要件とシステム機能の差を埋めるためにカスタマイズを中心とした『Fit to Gap』の手法でERPを導入してきました。しかし、個別対応が増えたことで保守や運用のコストがかさむようになりました。複雑なカスタマイズがバージョンアップを妨げ、新しい技術や機能の導入が遅れる原因にもなっています」
SAPはオンプレミスのERPが主流だったころから「Fit to Standard」の考えに基づいた導入を主張してきた。要件とシステムの仕様に隔たりがある場合、ERPの標準業務プロセスに自社の業務を合わせることでギャップを埋めるという考えだ。
本名氏は「欧米の多くの企業がFit to Standardにのっとって業務の標準化とシステムのスリム化を実現し、スムーズなバージョンアップによって新しい技術を導入しています」と語り、日本企業がERP本来の機能を引き出せていない現状を懸念する。
そこに日本企業のERP導入の考えを変える転機が訪れた。約2年前から始まった生成AI活用の急拡大だ。
「生成AIは個人の業務で利用できることがすぐに証明されました。多くの企業が生成AIを導入して従業員の業務を改善したことで、経営層は生成AIをERPに適用したらどんな価値が出せるのかと期待しています。生成AIの能力を最大限に発揮するためには、Fit to StandardによるERPの導入が必要です」
ERPにおける生成AIの活用について多くの相談がSAPジャパンに寄せられている。本名氏は「生成AIの能力をフルに発揮させるためには、ERPのクラウド移行と、ERPの標準機能を最大限に活用することでカスタマイズを最小限に抑え、標準機能に影響のない拡張方法を組み合わせるClean Coreの実現が必要」と回答する。
「クラウドシフトとClean Coreの重要性を理解しているお客さまにとって、最後の一押しとなるのが生成AIです。日進月歩の技術を将来にわたって享受するために、個別の開発を極力加えないクリーンな状態を維持することが不可欠だと説明すると、納得していただける場面が増えています」
ERPのクラウドシフトに当たり、Clean Coreをどうやって実現すればいいのだろうか。最初のステップはFit to Standardのポリシーを策定し、それに基づいて既存のアドオンが本当に必要なのかどうかを一つずつチェックすることだ。審査会を設けてアドオンの必要性を吟味する企業も多い。
しかし、全てのアドオンを排除して、これまでの業務プロセスをシステムの標準に完全に合わせるのは難しく、追加開発の要件は残る。「そういった場合でもClean Coreを維持したままアドオンを実装できる」と本名氏は話す。
「SAPのクラウドERPである『SAP S/4HANA Cloud』(以下、S/4HANA Cloud)は『On-Stack拡張』や『Side-by-Side拡張』という方法で追加開発が可能です。On-Stack拡張であってもSAPの開発言語であるABAP(Advanced Business Application Programming)の最新のフレームワークであるABAP Cloudにのっとった開発をすれば、コアのクリーンさを保ったまま機能を拡張できます」
On-Stack拡張はS/4HANA Cloudにカスタマイズやアドオンを実装するための拡張機能だ。アドオンをS/4HANA Cloudと同じ基盤に構築してもシステムの一貫性を保つことができ、特定の業務要件やプロセスに適した柔軟なカスタマイズが可能だ。
SAPは2025年の第1四半期、AIデジタルアシスタントの「Joule」(ジュール)をABAP開発者の作業効率の向上にも活用する予定だ。ABAPの開発環境「ABAP Development Tools」に開発要件を入力するだけで、ABAPプログラムが自動生成される。プログラムはABAPの最新バージョンとフレームワークに基づいているのでClean Coreのアプローチを守ることにもつながる。
SAPは、ERPの外で追加機能を開発し、APIで接続して機能を拡張するSide-by-Side拡張という開発方法も提供している。それを実現するアプリケーション群が「SAP Business Technology Platform」(以下、SAP BTP)だ。SAP BTPは、開発環境だけでなく外部アプリケーションやサービスと柔軟に接続できる統合プラットフォームでもある。分析ツールやAIなどの先進的な技術を統合し、データを活用した意思決定や業務の最適化も実現する。
2025年の春以降にリリース予定のAI機能が、SAPのコンサルティングスキルを学習したJouleの提供だ。これはSAPコンサルタント向けの機能で、ERPのクラウドシフトを後押しするものとして注目されている。
「多くのERP導入プロジェクトでSAPのコンサルタント不足が問題になっています。このAIはS/4HANA Cloudの設定を変更する際の最適なパラメーター設定の手順などを回答して、コンサルタントは導入と開発の工数を大幅に削減できます」
Clean Coreの原則に基づいてS/4HANA Cloudを導入すれば利用できる「SAP Business AI」でどのようなことが実現するのだろうか。SAP Business AIは、SAPソリューションの新しいUXとなるJouleと、各業務アプリケーションに組み込まれるAI機能がある。JouleはSAPクラウドソリューションの全てに標準で実装され、ビジネスを正しく理解しているアシスタントとして、一般的なAIチャットbotとは一線を画すユーザー体験を提供する。
「多くの方がすでに利用されている生成AIチャットbotは素晴らしいツールではありますが、従業員間で利用の格差が生じる点が課題でもありました。どんどん使い倒す人がいる一方、何に使えばいいのか分からない人が取り残されるという状況を生んでいます。SAPのAIはSAPソリューションの各業務プロセスに埋め込まれており、SAPソリューションを利用する全従業員が自然にAIを活用するAIユーザーとなるのです」
SAPは「AIエージェント」のリリースも予定している。AIエージェントは個別のタスクを処理するだけではなく、目標に向かって課題を解決するタスクを自身で計画し、さらにAIエージェント同士で協調して、自律的に実行されます。SAPはAIエージェントの活用シナリオを幾つか想定しており、本名氏はB2B取引のクレーム対応のケースを例に挙げてこう説明する。
「取引先から請求内容と納品された物が一致しないというクレームが入った場合を考えてみましょう。これまでは、経理の担当者が出荷の担当者に何を送ったのかを聞き、記録も確認しなければいけませんでした。最初の受注内容、在庫を倉庫の担当者に聞く必要もあるでしょう。確認には丸1日、それ以上かかるかもしれません。SAPのAIエージェントは、各業務プロセスのAIエージェント同士が連携することで誤配の原因を特定し、対応策をユーザーに提示します。ERPは会計やロジスティクスなどさまざまな業務に密接に関わるため、AIエージェントによる価値は非常に大きいと考えています」
従来の日本企業はアドオンを積み上げたERPを導入してきたが、それも変わりつつある。Clean Coreを基にS/4HANA Cloudを導入した企業の一つが日立ハイテクだ。同社のプロジェクトは2024年に米国で開催されたSAPの年次イベント「SAP Sapphire」で紹介され、Clean Coreを実現した成功事例として世界でも高く評価されている。
同社は2001年から利用してきた「SAP ERP」をクラウドシフトするに当たり、国内拠点のERPはプライベートクラウド版「SAP S/4HANA Cloud Private Edition」で、海外拠点のERPはパブリッククラウド版「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」で構築する「2-Tierモデル」を採用した。
2018年から2023年までかかった移行プロジェクトでは、従来のERPに組み込まれていた9000を超えるアドオンを22まで削減した。外部システムとの連携のために開発したAPIなどを含めても、最終的には約600に減らすことに成功した。アドオンの存廃は役員主催の「アドオン審議会」で決定した。
従来のSAP ERPのバージョンアップは5年に1回で、準備から実施まで約1年半を要していた。アドオンを最小限にしてS/4HANA Cloudを導入したことでバージョンアップサイクルは1年に縮まり、準備からバージョンアップまでの期間も約1カ月に短縮した。
「Clean Coreの実現と同時にSide-by-Side開発も進めました。海外の各拠点で利用するアドオンはSAP BTPに共通機能として集約することで、開発リソースの大幅な削減につながりました。同社の描いたシステムのランドスケープが、SAP BTPの能力とマッチした好例です」
Clean Coreの意義は、SAPが提供するさまざまな新機能をいち早く導入できる点にある。今後はSAP以外のベンダーの製品ともスムーズに連携できるようになるだろう。本名氏は展望をこう語る。「SAPは50年以上にわたり、ERPを通じて企業の業務プロセスに近い立場でソリューションを提供してきました。これからは、AIエージェントをはじめとする先進的な機能の導入やユーザーインタフェースの改善をさらに進めます。こうした取り組みを通じて、私たちはAIの活用をお客さまと共に推進していきたいと考えています」
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2025年1月5日