ビジネス成果につながる顧客体験を実現するために、データをどのように活用すべきか。プロの伴走支援を受けてサービスの刷新を図った三菱地所の事例から、顧客データの効果的な活用方法とそれを可能にするシステムの在り方を探る。
顧客データを効果的に活用できるかどうかが、他社よりも魅力的な顧客体験や利益向上に貢献するサービスを提供できるかどうかを左右する。しかし「データがサイロ化し、部門をまたいだサービスを展開できない」「収集したデータを活用できる環境が整備されていない」といった課題を抱える企業は多い。
こうした課題を解決するためにはデータ活用サービスを導入するだけでは不十分なケースもあり、場合によってはITシステム全体の刷新が必要だ。デジタル人材不足が深刻な今、中長期的なビジネス目標に適応するITシステムへのアップデートを自社だけで実現できる企業は少ないだろう。
三菱地所は顧客体験の向上を目的にシステムをアップデートして、住まいの検討から住居探し、購入、住居のメンテナンスまで一貫した顧客体験の提供を目指している。
三菱地所は1937年の創業以来、丸の内をはじめ都心のオフィスや商業施設、ホテルや物流施設の開発・賃貸・運営管理、住宅の開発・分譲、設計監理や不動産仲介、投資マネジメント事業などを展開している。2020年1月に発表した「長期経営計画 2030」ではデジタル革新を重要課題の一つに掲げ、2021年6月にデジタルトランスフォーメーション(DX)でより暮らしやすいまちづくりを目指す「三菱地所デジタルビジョン」を策定して、グループ共通のIT基盤の整備やガバナンスの強化を図っている。
取り組みの一つとして2024年9月、約30万人のWebサイト会員(2024年7月末時点)を有する三菱地所グループの住宅系会員組織「三菱地所のレジデンスクラブ」(以下、レジデンスクラブ)のシステムをアップデート。住居の購入検討者や契約者、入居者を対象としたサービスを強化している。
三菱地所はレジデンスクラブのシステムアップデートをどのように実現したか。三菱地所の久野貴裕氏(DX推進部 グループITアプリユニット 兼 住宅業務企画部マネージャー)と、NRIデジタルの松村和機氏(リードアーキテクト)、プレイドの大畑充史氏(AVP of Ecosystem Department/KARTE Datahub事業責任者)が語った(以下、敬称略)。
久野: 三菱地所のレジデンスクラブは住宅事業グループ各社で運営していた4つの住宅系会員組織を統合し、三菱地所グループの住宅関連情報を横断的に入手できるプラットフォームとして2018年6月にスタートしました。当初は会員優待特典情報の提供やイベント、セミナー情報の配信など中心にサービスを提供していました。
4つの住宅系会員組織のシステムを統合した時点でサービス提供や顧客管理の土台は整っていましたが、収集したデータを活用する仕組みはできていませんでした。特に4つの組織がバラバラに顧客接点を持っていたことで、お客さまに一貫したサービスを提供できない点が大きな課題認識としてありました。
お客さまを中心に据えて、住宅探しから住宅購入、家具探し、住宅のメンテナンスまで一気通貫の顧客体験を提供できる仕組みが必要でした。そこで、NRIデジタルさんとプレイドさんと一緒にシステムの刷新をスタートしました。
松村: 課題解決のためにビジネス面、システム面について3者で検討を始め、ビジネス面では現在の課題に対する「在るべき姿」をディスカッションしました。1人のお客さまに横断的なサービスを提供するためには、4つに分散して管理されていたお客さま情報を名寄せすることがポイントでした。
システム面ではID統合による個人の識別がポイントで、各サービスに登録されているお客さま情報をコストと時間をかけ過ぎずに統合し、お客さまのステータスを各サービスで把握できることが求められていました。
検討の結果、「Amazon Web Services」(AWS)を活用してサーバレスのシステム構築を支援するフレームワークであるNRIデジタルの「Atelier Family」と、プレイドさんの顧客データ基盤「KARTE」、アプリケーション開発機能を提供する「KARTE Craft」を組み合わせることになりました。
大畑: KARTEは、顧客体験の向上を図る機能をSaaSで提供する顧客データ基盤です。独自のリアルタイム解析基盤による顧客の行動解析を基に、企業の課題や目的に合わせてWeb接客やWebサイト管理・改善、マーケティングオートメーション(MA)、アプリマーケティング、カスタマーサポート、広告配信・最適化などのパッケージを提供しています。1つのパッケージでの利用はもちろん、複数を組み合わせたデータ活用も可能です。
レジデンスクラブのアップデートは、KARTEで培った開発や運用のノウハウをPaaSとして提供するKARTE Craftも使っています。KARTE Craftは、KARTEのリアルタイム解析データをトリガーにした機能やアプリケーション、Webサイトの開発から機能拡張までをAIがサポートします。レジデンスクラブは物件ごとに異なるフォーム画面やコンテンツが必要になり、短期間かつ最適なコストで実現するためにKARTE Craftを採用していただきました。
一般的なデータ統合はバックエンドの統合が必要なので2〜3年かかりますが、Atelier Familyのフレームワークと組み合わせればバックエンド統合の開発工程を短縮できます。開発にかかる時間、コスト、人員といったリソースを削減できるため、その分を既存サービスへの機能追加や新たに開発したサービスに投資するという横展開しやすい仕組みができました。
松村: Atelier Familyは、AWSでサーバレスのバックエンドサービスを簡単に作れるフレームワークを提供します。システム構築からテストまでの開発サイクルを高速化する機能を搭載し、PoC(概念実証)ではなくエンタープライズ品質のシステムを構築可能です。
Atelier Familyはスクラッチ開発とパッケージ開発の“いいとこ取り”を実現します。基本的な構成はある程度決まっている一方、スピード対応が求められるプロジェクトで構成を入れ替えたり追加で開発したりといったことがAtelier Familyは容易にできます。KARTEと組み合わせることで、KARTEの標準機能で提供されるMAなどの機能はもちろん、マンションの間取り図などのフロントエンドで個別対応する必要がある部分もKARTE Craftを利用した開発で対応するなど、システム全体で迅速な開発を進められます。
久野: レジデンスクラブのアップデートは、基本的な企画や構想はNRIデジタルさんと三菱地所のディスカッションでサービスの在るべき姿を考えました。要件定義と基本設計はNRIデジタルさんと三菱地所の住宅事業グループ各社が力を合わせ、業務課題を明確にしていきました。
三菱地所グループでITの中核を担う三菱地所ITソリューションズが設計レビューやテストの支援で参画して、事業部門やベンダー視点では気付きにくい部分を指摘するなど、三菱地所とNRIデジタルさんとの橋渡し役を担いました。
今回のアップデートで目的だった「顧客起点であること」を達成するものかどうかという視点を常に意識して、残すべき知見は社内に蓄積しつつ、外部に頼るべきところは頼るという方針でプロジェクトを運営しました。顧客にとって価値のある機能群をまとめ、効率的に開発、リリースすることを意識し、俊敏に対応できたと感じています。
久野: 特にアップデートで重要だったのは、住まいの検討からお引き渡しまでの一連の顧客体験を提供する「MySelection」の実現です。現在は三菱地所レジデンスが分譲する一部の新築分譲マンションのみが対象の機能ですが、KARTEの特徴を生かして、お客さまがWebサイトをどのように利用しているかというデータに基づいて、パーソナライズされたマーケティング施策を行えていると感じます。
一般的なMAツールで提供されるパーソナライズされた電子メールの送信以外にも、業務システムとの連携によってコンテンツが更新されることがMySelectionの特徴です。住居探しや契約の段階では検討すべき項目や期日の決まった手続きが積み上がるので、「次に何をやるべきか」をお客さまにレコメンドしたり、お客さまの状況に合わせたサービスを案内したりできます。購入を検討している方には住宅周辺のハザードマップなども提供します。
住宅の購入では書類のやりとりが多く、保管書類が本棚の一角を占めることも珍しくありません。MySelectionは書類をサービス上で管理できるので、お客さまに喜ばれています。利用者数も増えており、MySelectionを利用していただいたお客さまへのアンケートなどからも、うれしいお声をたくさん頂戴しています。
MySelectionの実現は、現場担当者の業務効率化にもつながっています。お客さまがMySelectionを通じて情報収集をして検討の熟度が上がり、マンションギャラリーなど対面の場での効率的な提案が可能になり、迅速な意思決定にもつながっているという声もありました。限られた業務時間内で、顧客体験の最大化に注力できるようになったと喜ばれています。
松村: Atelier FamilyとKARTE Craftを利用することで、個々のサービスをいかに組み合わせて効果を最大限に発揮できるか、「足し算ではなく掛け算の効果」を得られる仕組みができたことが重要なポイントです。
大畑: KARTEはSaaSのマーケティングツールというイメージを持たれている方が多いのですが、KARTE CraftをPaaSとしてシステム開発に組み込むことで、開発工程の短縮やコストの削減につながります。Atelier Familyのようなフレームワークと組み合わせることで横展開や改善もしやすくなるでしょう。開発工程が短縮されることで、ユーザー企業の事業部門が改善しやすくなるという価値も提供可能です。
今回のチャレンジは、KARTE CraftをPaaSとしてAtelier Familyと利用することで業務システムと業務データを連携させました。業務システムのデータ更新を受けて、お客さまが必要とする情報をほぼリアルタイムに提供できる仕組みを実現できました。
久野: 今後、レジデンスクラブでWebサイトの回遊率やクリック率、離脱率などを分析し、より良い顧客体験の在り方を検討して機能の改善を続けます。お客さまや現場担当者の声を通じて顧客体験が向上しているという手応えを得ているので、売り上げにもつなげていきたいですね。
お客さまをアクティブにして満足度をより向上させ、利益に貢献する仕組みをいかに実現するかに悩んでいる企業は多いと思います。今回の事例が少しでもヒントになれば幸いです。
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2025年4月22日