生成AIツールを導入したが、思ったように活用率が上がらないという企業は多い。同様の課題を抱えていたSHIFTが、わずか半年で活用率76%を実現した方策から導き出した「勝ちパターン」とは。プロジェクトに携わった若手社員が明かす。
生成AIを業務に導入する企業が増える一方で、成果を挙げているケースは少ない。従業員の大半が興味を示さない、思ったようなアウトプットが得られない、などの理由から初期段階で利用をやめるケースも多い。
ソフトウェアテストの大手ベンダーとして知られるSHIFTは現在、生成AIの全社活用を進め、生成AI導入を支援する企業として存在感を高めつつある。そんな同社もかつては生成AIの活用率が上がらないことに頭を悩ませていたという。
「生成AIツールをただ導入するだけではダメだ」と気付いた同社が、生成AIの活用率を約80%に向上させるために打った施策とは何か。そして、その過程で見えた成功メソッド=勝ちパターンとは。
AIに関する専門知識を持たないながら、SHIFT独自の生成AIツールの開発にプロジェクトマネジャー(PM)として携わり、活用促進を担当した同社の松永杏樹氏(ソリューション事業部 AIサービス部)に取り組みの全貌を聞いた。
SHIFTは早くから生成AI活用の取り組みを開始。2023年には主力事業であるソフトウェアテスト領域におけるテスト設計ツール「TD」(Test Designer)に、AIがテストケースを自動生成する機能「TD AI Assistant」を実装した。
松永氏は2018年に新卒で入社した後、品質保証部門でテスト関連業務に従事した。テスト関連業務で使うAI構築を担当するために、2023年に生成AIプロダクトの開発チームに転属した際は「生成AIって何?」という状態だったという。しかし、これまでに培ってきたテスト関連の知識と新しい技術を積極的にキャッチアップする強みを発揮し、TD AI Assistantの開発に携わった。
「生成AIは新しい技術です。長く経験を積んでいる人はほぼいません」と語る同氏は、生成AIを活用する上ではAIの知識に加えて業務知識や課題解決能力の方が重要だと考えている。
SHIFTは、TD AI Assistant開発とほぼ同時期に、テスト以外の業務でも生成AIを活用できる環境を整えた。「生成AIをクローズドな環境で安全に利用できる仕組みを2023年7月に用意し、独自開発したノープロンプト生成AIツール『天才くん』を2024年7月にリリースして従業員が自由に利用できるようにしました」
しかし、ツールの提供だけでは利用は広がらなかった。
「それまで利用していた汎用(はんよう)的な生成AIツールについて『どう使えばいいか分からない』という声が上がっていたため、業務に特化した天才くんを提供すれば活用率が自然に上がるのではないかと期待していましたが、そうではないことに気付きました」
天才くんのリリースから2カ月後の2024年9月時点で、全従業員に占める天才くん利用者数から割り出した社内活用率は23%にとどまっていたという。
「このままでは、いつまでたっても生成AIの活用率は上がらない……」。強い危機感を覚えた生成AIチームは、天才くんの社内利用を広げるためにさまざまな施策を矢継ぎ早に打った。
「まずはAIに対する『食わず嫌い』をなくそうと考えました」と松永氏。生成AIに関心がないユーザーや興味はあるものの使いこなす自信が持てないユーザーに向けて、e-Learningコンテンツを提供したり初歩的なプロンプト(生成AIへの指示文)エンジニアリングを学習する講習会を開催したりするなど、従業員のリテラシーを底上げする機会を設けた。
こうした取り組みとともに、利用したことがない従業員に対して利用を促すメッセージを送ったり、天才くんの利用価値を伝えるコンテンツを社内のグループウェアやチャットツールなどを通じて定期的に発信したりした。こうした「重箱の隅をつつくような」(松永氏)地道な周知・啓発活動を続けるうちに、関心を持つ従業員が徐々に増えていったという。
ここで天才くんに触れておこう。このユニークな名称は、ツール開発プロジェクトが発足するきっかけとなった「AIって、天才くんだよね」というSHIFTの丹下大氏(代表取締役社長)の言葉が基になっているという。
生成AIの活用が進まない理由として、「適切なプロンプトを入力できず、狙い通りの生成結果が得られない」「AIに詳しい人材が社内にいない」「自社に合ったユースケースが見つけられない」――こうした課題を挙げる企業は多い。
そこで、業務用途ごとのプロンプト例を用意して、天才くんの管理画面に登録しておくことで、プロンプトエンジニアリングの知識がないユーザーでも生成AIを使いこなせる仕組みを整えた。
顧客に送付する各種メールの文面案を作成する営業向けの「クライアントメールくん」、総務への問い合わせに答える「総務問い合わせくん」といったさまざまな「天才くん」の中から自分に必要なものを選ぶ。フォーム画面に必要情報を入力すると、あらかじめ登録されたプロンプトと合わせてLLM(大規模言語モデル)に送るところまで処理し、出力結果をユーザーに返す仕組みだ。
用途が分かりやすい名前と親しみやすいイラストで天才くんが示されているのも特徴だ。「天才くんをキャラクター化することで、AIへの心理的障壁を下げられるのではと考えました」
ビジネスでの利用に当たってはセキュリティ面も懸念されるが、天才くんの裏側に使っているLLMは再学習を禁止しているため情報漏えいの心配もない。
生成AIチームが天才くんのユースケースを定期的に発信するうちに、「『うちの業務で使えないか』といった問い合わせが複数の部署から寄せられるようになりました」と松永氏は振り返る。
当初は要望に応じて生成AIチームのメンバーが各部署の業務内容や課題をヒアリングし、業務に最適化されたプロンプトやユーザーインタフェースを実装していった。現在は、事業部門の従業員自身が天才くんの作成を手掛けるケースが増えてきたという。
「当初は希望者だけに付与していた『独自の天才くんを作成できる権限』を、現在では全ての従業員に付与しています。最終的には全従業員が一定のプロンプトエンジニアリングのスキルを身に付け、自分の業務を自動化・効率化する天才くんを作成できるようになることを目指しています」
SHIFTはこうした現場主導の「ボトムアップ型」の活動と、会社全体の施策として生成AI活用を推進する「トップダウン型」の施策を同時に実施した。特定の部署における天才くんの活用に集中して取り組むために生成AIチームのメンバーを送り込み、現場のメンバーと共に天才くんの作成に取り組む体制が整備された。
人事部門と生成AIチームが人事関連業務に最適化された天才くんを作成した結果、採用活動のスカウトメール作成に掛かる工数が3分の1に削減されるなどの成果が生まれた。こうした取り組みは営業部門など複数の部署でも実施され、どれも大きな成果につながったという。
生成AIを積極的に活用して成果を挙げた従業員を表彰する活動も展開した。松永氏は天才くん普及活動の成果が認められ、SHIFTグループ全体の技術発表会「テクシェア」で表彰された。
こうした活用促進施策を打った結果、天才くんの活用率は驚異的な伸びを見せた。
「2024年9月の時点では23%だった活用率が、約半年後の2025年3月には76%にまで跳ね上がりました。現場主導のボトムアップ型の施策と、経営トップ主導のトップダウン型の施策を並行して実施したことが、活用促進につながったと考えています」
同氏は「やれる施策は何でもやった」と振り返りつつ、「ただやみくもに生成AIを業務に適用しようとするのでは、これだけの成果は得られなかった」と語る。生成AIには向いている業務と向いていない業務があるというのがその理由だ。
「現場担当者に『AIで何をやりたいか』とヒアリングすると、『定型フローの自動化』『検索作業の自動化』といった答えがよく返ってくるのですが、LLMは基本的に次の単語を予測する仕組みで文章を生成する仕組みなので決まった作業を100%確実にこなすことが求められるタスクには向いていません。逆に曖昧(あいまい)で変動性の高い入力/出力を扱うことに長(た)けています。そのため、スカウトメールの作成など、受信者の職歴や個性に合わせて文面を作成したい場合は出力の“揺らぎ”が功を奏します。業務とAIとの親和性を理解した上で適用を検討することが大事です」
SHIFTは、ここまで紹介してきた生成AIの自社導入・普及の過程で培った知見やノウハウを基に、同社のコンサルタントが顧客企業の生成AI活用を「全方位型」で支援するサービス「生成AI 360°」を提供している。
生成AI 360°は、次の5つのステップに分けて生成AIの導入・活用促進の施策を段階的に進める。
ステップ1〜3は「生成AIに初めて触る人を増やすフェーズ」、ステップ4は「業務現場とともに進めるボトムアップ施策」、ステップ5は「トップダウンの全社的な施策」と位置付けている。「机上の空論ではなく、実際に成果を挙げた活用と定着の成功メソッドを体系化しています。特にボトムアップとトップダウンの両面のアプローチを重視し、同時並行で進める点に当社ならではのノウハウが反映されています」と松永氏は強調する。
SHIFTは、これら5つのステップを踏むことが必ずしも全ての企業にとって最適であるとは考えていないという。顧客企業の状況や生成AI活用の成熟度、目指すゴールや期間、予算などに合わせて柔軟にメニューを変更できる。
「5つのステップの実施を6カ月間支援するのが標準メニューですが、3カ月間のメニューや1カ月間のお試し利用などにも柔軟に対応しています。当社の天才くんだけでなく他社のツールでもご支援可能です。お客さまが目指すゴールの実現に向けて、一緒に歩んでいきます」
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提供:株式会社SHIFT
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2025年9月19日