ドメイン統一はなりすまし対策だけではない。シャープはイントラやメールを含む全社展開で従業員の行動を変え、フィッシング抑止から検索評価、AI対応まで新たな価値を生み出している。
インターネットでの買い物や銀行取引が日常となり、コロナ禍でその流れは決定的なものとなった。しかし、公式サイトを巧妙に装うフィッシング詐欺も急増し、被害は後を絶たない。Webサイトやメールの“住所”であるドメインの信頼性は、今やブランドを守り、顧客の安全を確保する生命線と言える。
こうした中、シャープは時代の先端を行く解決策を提示する。「検索」から「AIに聞く」時代が到来する今、2012年に取得したブランドTLD(トップレベルドメイン)「.sharp」を本格運用している。公式サイトからメールアドレスまで統一することで、人間だけでなくAIにとっても明確な「信頼の証」を築いている。
この強力な武器となりうるブランドTLDの新規受け付けが、2026年4月に14年ぶりに再開する。いち早くその価値を証明したシャープの実践例は、大きなヒントになるはずだ。シャープの秀石成郎氏に知見を聞いた。
秀石氏は、シャープにとってドメインの適切な管理は極めて重要な課題だと説明する。
「『sharp』という単語は一般名詞で、世界中で広く使われています。例えば、米国では『sharp.com』が当社とは無関係の団体によって使用されていますが、お客さまにとっては管理者の見極めが難しく、混乱させる要因になります」
課題を解決して顧客に安心を提供することが、ブランドTLD導入の動機となった。
ブランドTLDとは、企業が自社の社名やブランド名をインターネットのトップレベルドメイン(「.com」や「.jp」のようなURLの末尾)として取得し、自社専用のドメイン体系を構築できる仕組みだ。2012年に始まり、ICANN(世界規模でドメイン名を管理する非営利法人)の厳格な審査を通過した企業のみが取得できる。「.com」や「.jp」を管理する外部機関から都度使用するドメインを取得する方式とは異なり、ブランドTLDは取得した企業自身が発行機関となってドメインを発行できる。
シャープは2012年に「.sharp」を取得。当初は運用方法が定まらなかったが、ドメイン契約の更新時に本格運用を決めたことが転機となった。以降、シャープとGMOブランドセキュリティが緊密に連携し、ドメインルールの策定やグローバル展開方針の検討と運用に取り組み、「GMO『.貴社名』申請・運用支援サービス」が重要な役割を果たしている。
シャープのブランドTLD管理の特徴は、IT部門が主導権を握っている点にある。多くの企業は法務部門や広報部門が管理を担当するが、シャープはIT部門であるIT戦略統轄部が役割を担う。同部門はDNS(ドメインネームシステム)を管理しており、社外に公開するサイトは必ずこの部門の決裁を受けなければならない。IT部門が技術基盤を押さえることで、全ての外部向けドメインを統制できる。
シャープのドメイン管理の核は、GMOブランドセキュリティと連携して策定したドメインルールだ。ルールは「顧客に分かりやすいこと」と「ブランディングしやすいこと」の2軸で設計された。
URLの末尾は「.sharp」で統一し、そのすぐ左である第2レベルは国別に国名を冠し、日本は「jp.sharp」、ベトナムは「vn.sharp」、台湾は「tw.sharp」としている。コーポレートサイトや製品サイトは、第3レベルに会社名や製品名を配置して、「○○(会社名や製品名).jp.sharp」と表記する。特定の国に依存せずグローバルに展開する事業やブランドには「global.sharp」を使用する。これらのルールによって、URLを見ただけでどの国のどのサイトかを判別できる。体系的で分かりやすいことから、このルールは他社にも高く評価されている。
運用ルールの策定と同じくらい重要なのが、社内への周知だ。秀石氏によると、ルールの策定自体よりも社内への浸透に多くの時間を要したという。そこで実施したのが、イントラネットの全面的な「.sharp」化だ。従業員が日常的に利用する勤怠管理や各種申請システムなど、全てのイントラサイトを「.sharp」ドメインに切り替えた。
「従業員は自社の公式サイトを見る機会は多くありませんが、イントラネットは毎日利用します。そこで、イントラのドメインを全て『.sharp』に統一することで自然と目に入るようにしました。こうしてインターナルブランディングの浸透を図りました」
取り組みを後押ししたのが、経営層による明確な指示だ。「1年で展開を完了せよ」という号令の下、導入は一気に進んだ。トップダウンの推進力とIT部門による緻密なルール設計、現場での着実な周知活動。この3本柱によってシャープは短期間で効果的なドメイン管理体制を構築した。
「.sharp」への統一がもたらした成果の一つが、“野良サイト”の抑制だ。以前は従業員が外部のドメイン登録サービスを利用し、IT部門の承認を得ずにWebサイトを公開するケースがあった。「.sharp」ドメインの使用ルールを定めたことで、全てのWebサイトは必ずIT部門管理下のDNSに登録される仕組みを確立した。秀石氏は次のように続ける。
「ブランディングやマーケティングに携わる人々は、ドメインが“住所”であり“名札”であり、“顔”でもあることを理解しています。一方で、ドメインを単なる名前だと考えている人がいることも事実です。『.sharp』への統一は、そうした従業員にもドメインの重要性を理解してもらうきっかけになりました」
つまり、ドメインの統一を単なる技術施策にとどめず、企業全体のブランディングへの意識を高める取り組みへと発展させたのだ。
「.sharp」は一般名詞との混同を防ぐ有効な解決策になったばかりでなく、トップレベルドメインとして「sharp」を掲げることで他社サイトとの差別化が容易になり、「このサイトはシャープの公式サイトである」と一目で伝えられる。顧客に安心感を与える上でも大きな効果を発揮している。
ブランドTLDは、なりすまし対策としても高い効果を発揮する。従来の「.com」や「.jp」は、「sharp-○○.com」や「sharp○○.jp」といった紛らわしいドメインを第三者が取得できた。だが、「.sharp」はシャープグループのみが使用できるため、第三者による類似ドメインの取得はほぼ不可能といっていい。トップレベルドメインそのものが、シャープの正当性を示す“信頼の証し”となっている。
ドメイン統一の取り組みは、メールアドレスにも広がっている。2024年4月には、メールアドレスを「@sharp.co.jp」から「@mail.sharp」に移行した。これにより、受信者は「@mail.sharp」をシャープからの正規メールであると容易に判断できるようになった。
「シャープはコーポレートスローガンとして『ひとの願いの、半歩先。』を掲げ、経営信条として『誠意と創意』を大切にしています。お客さまにまず安心を提供することが私たちの基本姿勢であり、ドメインもその理念を体現するプロモーションの一環として活用できるようになりました」
こうした取り組みは外部にも高く評価され、フィッシングサイトの見分け方を解説する情報番組でも「.sharp」がセキュリティ対策の好例として紹介されたことがある。
SEO面でも成果が表れている。ドメイン変更直後は検索順位が一時的に低下したものの回復し、現在は関係会社が新規サイトを「.sharp」で作成すると短期間で検索上位に表示されるようになった。「.sharp」のSEO的価値が高まっていることの証左と言える。秀石氏は、AI時代を見据えたメリットにも触れる。
「最近は生成AIに質問して情報を得る場面が増えています。こうした状況では、Webサイトの信頼性や公式性が一層重要になります。ブランドTLDは、人間だけでなくAIにとっても明確な信頼性のサインになるため、AI検索対策でも大きな利点になるでしょう。今後シャープはグローバル展開に一層注力します」
シャープの経験から、他社がブランドTLDの取得を検討する際のヒントが見えてくる。特に重要なのは、経営層がどうその価値を見いだすかだ。
シャープの場合、経営方針の転換タイミングと重なったことが追い風となり、グローバルでの新ドメイン導入がスムーズに進んだ。だが、全ての企業がこうしたタイミングに恵まれるわけではない。秀石氏によると他社からどのように経営層に説明するかについて相談を受けることが多く、その際に推奨するのが「セキュリティ対策を前面に打ち出す」アプローチだ。
「ランサムウェア被害のニュースが相次ぐ中、経営層はセキュリティリスクに敏感になっています。ブランドTLDを導入することは、メールやWebを通じたなりすまし攻撃の入り口を封じることになり、セキュリティ上の大きなメリットがあります。そのように説明すれば理解を得やすいでしょう」
顧客の財産や信頼を守るという文脈でブランドTLDの導入を説明すれば、説得力のある提案が可能になる。2026年4月に予定されるブランドTLDの申請再開は、14年ぶりの貴重な機会だ。シャープの事例が示すように、ブランドTLDはガバナンス、セキュリティ、ブランディングを統合した経営戦略「ブランドセキュリティ」だ。今こそ、検討を始めるタイミングではないだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:GMOブランドセキュリティ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2026年1月4日