「DXは上から言われてやるものではない」。パナソニックグループは、現場の従業員が楽しみながら業務を変革する「PXアンバサダー」制度によって多くの企業が頭を悩ませる「現場が動かない」という問題を突破しようとしている。現場の「困った」を「楽しい」に変えるボトムアップ型DXの仕組みに迫る。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の成果を出すためには、ITツールの導入だけでなく全社で取り組むための働きかけが必須だ。経営層や情報システム部門が旗を振っても現場が動かないというケースでよく耳にするのが、これまでの業務プロセスを変えられないという声だ。
多くの企業がこの課題に悩む中、経営層が主導するトップダウン型DXと現場主導型のボトムアップ型DXを組み合わせて成果を出しているのがパナソニックグループだ。同グループは2021年からDX推進プロジェクト「Panasonic Transformation」(以下、PX)に取り組んでいる。2023年3月にグループ各社の経営幹部を集めた合宿で「7つの原則」を策定した。
注目すべきは、PXの柱であるデータ活用と業務プロセス改革を進めることが経営者の役割だとしつつ、現場の従業員と協働して現場主導でPXを推進する方針を打ち出している点だ。この原則に基づき、現場を巻き込んで変革のきっかけをつくる仕組みとして2024年4月に開始したのが「PXアンバサダー」制度だ。
PXアンバサダーの事務局として同制度を推進する栗岡舞氏と、PXアンバサダーとして活動する吉峰詩織氏にアンバサダーが主導する現場主導のDXについて聞いた。
PXアンバサダー制度は人事部門と情報システム部門が連携して立ち上げた。データ活用を中心に多様なスキルや経験を持つ従業員を募り、現在は約60人が活動している。各事業部門の現場レベルの「小さな改善」を支援し、成果をグループ全体に横展開することでPXの「大きな変革」につなげる。PXアンバサダーは多様な職種、スキルのメンバーで構成されており、全員が自身のスキルをパナソニックグループの変革につなげるという強い意志を持って公募で参画している。
パナソニックグループはもともと社内コミュニティーが盛んで、100を超える有志団体が業務外でさまざまな活動をしている。PXアンバサダーは経営戦略に組み込まれた施策で、アンバサダーの活躍に加えてそれを支える上司を巻き込んだ活動になっている点や、年度評価において同プロジェクト活動での貢献も査定・フィードバックの対象になる点が有志団体とは異なる。理由について栗岡氏は「私は社内外の有志団体で活動していますが、『自分のスキルを活かして組織横断で会社に貢献したいという思いはあっても、機会を得られず職場からなかなか認めてもらえないと感じる』という仲間をたくさん見てきました。こういった活動がもたらすカルチャーや文化の変革は企業の継続的な成長に必要だと感じており、本取り組みの中で最もこだわったポイントです。企業のための活動がきちんと評価されることで賛同してくれる仲間が増え、より求心力が増していくんです」と説明する。
パナソニック インフォメーションシステムズの栗岡舞氏(データ&アナリティクスソリューション本部 アナリティクスソリューション事業部 マーケティング・ECMデータ分析部 マーケティング・販売チーム チームリーダー)PXアンバサダーが取り組むのは、チームや個人の業務を見直して改善する「市民活動」だ。パナソニックグループ501社から寄せられる「お困りごと」の内容に基づいて事務局が最適なPXアンバサダーをアサインする。経営層による社内PRや事務局による成果の共有などの効果もあって、「うちの現場の困りごとも解決してほしい」という相談が増えている。
お困りごとの解決実績は2024年度末に約170件、2025年度は約2倍の350件程度の実績となる見込みだ。相談も増え続けており、全ての依頼に対応し切れなくなっているほどだ。依頼者にPXアンバサダー活動の満足度を尋ねたところ、5点満点で4.72点という高評価を得ている。
これまでの活動で特に人気のあるテーマについて、立ち上げ時からPXアンバサダーを務める吉峰氏は「Microsoft Excel」(以下、Excel)業務の効率化・自動化を挙げる。パナソニックグループはExcel文化が根強く、Excelで作成した帳票にデータを手作業で転記する業務が残っている現場が多い。転記ミスが発生しやすい上、集計や分析がやりにくいためデータ活用にも適さない。
「『Excelで作りこまれた複雑なフォーマットをやめてデータをテーブル化し、データ加工ツールやBIツールで処理すれば転記作業が不要になり、グラフ化して週次レポートを作成するのがこんなに楽になりますよ』といった具体例を見せるようにしています。『業務プロセスは変えたくない』と言われた場合は、Excel帳票は残してRPA(Robotic Process Automation)による転記作業の自動化を提案すると、『そんなことができるんだ』と喜ばれます」
承認ワークフローやスケジュール調整などのアプリケーション開発、Excelのデータ分析とAIを利用したインサイト抽出なども好評だ。これらの成果物はツールごとにテンプレート化してグループ全体で共有されている。「パナソニックグループはAIやローコード/ノーコード開発ツールを気軽に利用できる環境が整っています。『自分たちもやってみよう』と背中を押すことがアンバサダーの重要な役割だと思っています」(吉峰氏)
2025年、PXアンバサダーは「おでかけアンバサダー」という新たな取り組みをスタートさせた。従来は従業員が現場の課題を事務局に相談し、PXアンバサダーがWeb会議で解決への道筋やヒントを提示していた。おでかけアンバサダーの狙いは、そもそも課題があることに気付いていない現場にPXアンバサダーが出向いて業務に潜む非効率を発見し、改善策を示すことにある。
初年度のおでかけアンバサダーは、要望を受けて福岡、門真、津、名古屋と国内の4事業所を訪問。各事業所で成功事例を紹介したり現場のデータを使った改善策を提案したりするプログラムを実施した。
「事前に訪問先の担当者と打ち合わせをして現場の業務プロセスを把握した上で、改善策のデモを実施しています。準備に2〜3カ月かかりますが、現場データを使ったデモは自分ごととして理解されやすく、『なるほど、自分たちもやってみよう』と盛り上がります」(栗岡氏)
おでかけアンバサダーはプログラムの冒頭で事業会社の経営層にPXの重要性を語ってもらうなど、現場における変革を盛り上げる工夫もしている。現場中心でPXの第一歩を踏み出すきっかけとしておでかけアンバサダーが機能している。
パナソニックグループ全体の公募メンバーが大半を占めるPXアンバサダーは、メンバーが所属する会社、メインの業務、キャリア、年齢、得意とする領域やツールなどのスキルセットもさまざまだ。この多様な陣容が、幅広いお困りごとへの対応を可能にしている。
PXアンバサダー同士のコミュニケーションも活発で、助け合ったり新たな知見を吸収してスキルアップしたりしている。
PXアンバサダーの活動で得たものは所属部門にも還元している。吉峰氏は「私の本来の業務はデータを活用したメディアプランニングが中心です。これまでは所属部門で導入したBIツールしか使ったことがなかったのですが、PXアンバサダーになってから他のさまざまなツールも使えるようになりました。その知見を生かして所属部門のツールを置き換えてコスト削減や利便性向上を実現しました」
PXアンバサダーになるには上司の承認が必要だ。吉峰氏はPXアンバサダーに応募する際、「活動を通じて得たスキルや知見を部門にフィードバックします」と上司を説得して承認を得た。その言葉通り、吉峰氏は習得したスキルを自部門の業務に活用したり部門のメンバーに共有したりしている。情報システム部門に依頼せずにツールを活用して業務効率化にチャレンジするようになるなど、部門全体の意識変革にもつながっている。
パナソニックグループは、増え続けるお困りごとの相談やおでかけアンバサダーの依頼に対応するため、2026年はPXアンバサダーを約100人に増強する方針だ。栗岡氏は今後、業務に合わせたツールを提案するだけでなく一歩踏み込んで業務プロセスの改善を提案したり、既に解決実績のあるお困りごとはAIエージェントに対応を任せてより高度なお困りごとに取り組んだりするなど、臨機応変に対応したいと語る。
「AIをはじめとするトレンドの変化や技術の進歩が激しい中で、PXアンバサダーに対するニーズも変わると思います。多彩なスキルを持つ人材と小回りの利く運営で、引き続き現場の変革に寄り添いたいと考えています」
吉峰氏は、DXは上から言われてやるものではなく「やってみたら意外に簡単にできて楽しい」と感じられるものだと語る。「PXアンバサダーとしていろいろな現場の方々と触れ合い、驚いたり喜んだりしてもらえるのは刺激的で大きな喜びを感じます。この楽しさや充実感を分かち合える仲間をもっと増やしたいですね」
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