ITバブルは去り、今年からは「地に足がついた成長の年」
過去数年に渡って、多くの企業がITに投資を行ってきた。しかしその多くは明確な目的のない、投資のための投資に過ぎなかったようだ。真のITの利用、活用は何を生み出してくれるのだろうか。

ブロードバンド利用者数が1000万を超え、PCやインターネットがさまざまな場面で当たり前のように利用されるようになった昨今。しかしシスコシステムズ(シスコ)の代表取締役社長、黒澤保樹氏によると、本当の使いこなしが始まるのはこれからという。

ITmedia シスコはネットワークバーチャルオーガナイゼーション(NVO)というコンセプトを掲げ、ネットワークが企業をどう変えるかの布教に努めてきました。どの程度受け入れられているのでしょう?

黒澤 これまで数年に渡って、シスコ自らがどのようにインターネットビジネスソリューションを使いこなしているのかを説明してきました。企業や行政の方の多くは、「それはすごいことだ」と感心しながら、一方で「それはしょせんシスコだから、米国だからできることなんだ」という感想を持っていたようでした。

 しかしそれが、昨年は変わりました。ちょうど2003年の新春インタビューで、「このままのやり方を続けていても何とかなるわけではないと気付く人が増え、大きな混乱も生むけれど、経済は回復するだろう」と予測しましたが、その通りになったようです。2003年の前半はITバブルが崩壊した続きで下降局面でしたが、それが底を打ち、後半は回復してきました。景気も前よりは少し明るくなってきています。

ITmedia それは、日本の企業がITというツールを使いこなしているがゆえの回復でしょうか?

黒澤 いいえ、日本の企業はまだまだITを使っていません。企業や行政業務のほとんどにITを利用できるにもかかわらず、旧態依然のやり方が引きずられています。あちこちITが利用されるようになるのはこれから。今はようやく、そのことの重要さに気付き始めている段階だと思います。


「日本はまだまだITを使いこなしていない」と指摘する黒澤氏

 その指標の1つが、「e-Japan II」戦略です。まず「e-Japan」構想ではインフラの構築が謳われました。これに対しe-Japan IIでは、その利活用が眼目に置かれています。戦略の中で挙げられている7つの大項目のうち企業に関連するものとしては、ITを活用しての「生産性向上」「顧客のニーズのキャッチ」「従業員の能力向上」といったことが明記されています。経営者と従業員のコミュニケーションを密にし、従業員の能力を引き出そう、というわけです。

 また日本でも、既にいくつか、NVOと同じアプローチを志向してITを活用している企業群があります。経済産業省がまとめた「企業のIT化に関する分析調査」の中で「ステージ4」に分類されている企業がそれで、この中で業績が悪化したとするところはありません。つまり、最先端を走っている企業は既にITの活用に取り組み、実際に業績も向上しているのです。その予備軍もたくさんあり、2004年はその裾野が広がっていくと期待しています。

ITmedia ITへの投資が有効に活用できていない例もあるようです。

黒澤 そうですね、お金は相当ITに投資されてきました。けれどそれは、「隣が使っているからうちも」というあいまいな理由から、目的もなしに投資されたものだと思います。

 本来、ERPやCRMをはじめとするITへの投資は、リエンジニアリングのために行われることのはずです。仕事のやり方を変えることによって、コストダウンをはかり、顧客満足度を上げ、生産性を向上させるために導入するもののはずなのですが、必ずしもそうはなっていません。投資はしたけれども、十分に利活用されていないのです。これからはそうした面が進むんだと思います。

ITmedia その活用の例を教えていただけませんか?

黒澤 口で説明するのは難しいのですが、例えば、スケジューリングや会議の設定、電話番号の検索といったことです。私自身もPCにソフトフォンを居れてアメリカに出張しますが、ホテルで仕事をしていても、日本にいるときと同じように顧客からの電話を受けられます。これが、仕事のやり方が変わったということです。1つひとつは大したことではありませんが、いつでもどこでもそうした作業が可能になることで、生産性の向上につながります。

 他にもチャットなど、いろいろなツールを使っているのですが、もしかしたらうちの社員は情報共有やナレッジシェアリングを行っているなどとは意識していない思います。ツールを使うことによって、自動的にナレッジシェアリングが行われる、そういう環境があるんです。

 また、ある雑誌で、どういう人材が欲しいかをテーマにした座談会の記事を読んだのですが、そこでは情報共有能力が高いことが望まれる能力の1つとして上げられていました。これは正しいことですが、残念ながら世の中、情報共有能力が高い人ばかりではありません。しかし、ツールを使うことで、情報共有能力が高い人と同じぐらいの能力を持てるわけです。

ITmedia ウイルスや個人情報の流出などマイナスの側面にも話題が集まりましたが。

黒澤 そういう話があるとすぐに、「これは不完全なものだ」「セキュリティホールなどけしからんことだ」といった議論がなされます。けれど、世の中には完全なものなどありません。望むべくもないわけです。それを前提にした上で、じゃあどういう風に対応するか、それを考えないうちはプロアクティブな解決はできないと思います。そのためにも、産官学の連携などを通じて、対処のプロセスを作ることが大切だと思います。

 セキュリティに関して言えば、日本のセキュリティは海外に比べ、10年は遅れていますよ。日本では歴史的に、情報やセキュリティの重要度、地位が非常に低いんです。かつてはこうしたことは「クサ」などと呼ばれる忍者のやることだったし、今の日本を見ても、防衛庁には情報将校などいません。

 また、セキュリティにお金が使われていません。アメリカの10分の1くらいでしょう。こんな状況ですから、当然、セキュリティの人材もいないわけです。そもそもIT分野の人材が少ない上に、セキュリティ分野の人材はさらに少ないのです。ビジネスの話になりますけれど、シスコではセキュリティに大きく力を入れており、人も育てていかなくてはならないと考えています。

 他にもプライバシーの問題などがありますが、技術的な側面は、これから非常な勢いで解決されるでしょう。一番大きな問題は人間的なところだと思います。

 最近は自殺や重要犯罪、少年犯罪などが発生するたびに、必ずインターネットの存在が指摘されます。確かにインターネットによって、あらゆる情報がすごいスピードで入手できるようになりました。その中には良い情報も悪い情報もありますが、それは昔も同じこと。違いはそのスピードと量だけです。最も大きな問題は、多くの情報の中からリアルな世界とバーチャルな世界の区別を付けられる付く人間を育ててこなかったことで、そのツケが回ってきただけの話だと私は思います。

 最近の日本は、自らのやり方を忘れていますよね。これまでずっと積み重ねてきた文化や歴史、そういったことを忘れてしまっているのが今の状況じゃないかと思います。日本は元々大きなポテンシャルをもっている国で、それを忘れちゃいけないということを主張したいのです。

ITmedia 2004年はどういった年になりそうでしょう?

黒澤 日本国内のブロードバンドユーザーが1300万を超えたといいますが、「まだ1300万」しかないのです。これを3倍、4倍にしていかなくてはなりません。そうなると、インフラ構築をさらに加速しなくてはならないでしょう。日本全国どこへ行っても、ワイヤード(有線)とワイヤレスでつながるようにし、さらにこのインフラを用いて、ありとあらゆるところで仕事の効率を上げていかなければならないと思います。

 その中でシスコは、3つのエリアに力を入れていきます。1つはルーティングとスイッチング。2つめはサービスプロバイダー市場、3つ目はアドバンステクノロジーと呼んでいる新しいネットワークの使い方です。その意味では今年も取り組みに変わりはありません。

 来年は成長の年です。鉄道にせよ自動車にせよ、すべてのテクノロジーはまずバブルが発生し、クラッシュした後に地に足のついた成長を見せまました。インターネットもそうだと思います。社内的にも、バブルが崩壊した翌年に「Return to Basic」を掲げ、底力を付けるべく取り組んできました。準備は整いました。今年はいよいよ、成長の年になると思います。

関連リンク
シスコシステムズ

2004年、今年のお正月は?
例年どおり、長野・菅平で山ごもりという黒澤氏。到着して最初の仕事は雪かきの重労働だが、「無心になって集中できるところがいいですね」という。

2004年に求められる人材像とは?
「仕事が早い、守備範囲が広い、情報共有能力が高い、提案能力がある……」と多くの項目を挙げる黒澤氏。しかし、それを全部満たせる人などいないとも。「その部分を補完してくれるのに、ITはすごく有効なんです」

関連記事
新春インタビュースペシャル2004

[聞き手:高橋睦美,ITmedia]