ハッカーはものを作り、政府は指針を作る?
総務省が中心となって取りまとめ、この7月に施行される「情報システムに係る政府調達の基本指針」によって、官公庁のOSS導入に弾みがつくだろうか。オープンソース産業ではなくソフトウェア産業全体というトーンで語られるとき、一抹の不安がよぎる。
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2年半ほど前の2004年11月に開催された「Open Source Way 2004」において、省庁でOSSの導入が進まない理由として「OSSが注目され始めたころのボタンの掛け違え」「既存システムからのソフトランディングが保証されていない」「移行コストへのインセンティブがない」の3つが挙げ、それを改善するのは「強いニーズ」の創出であるとしたこちらの記事をご記憶の方はどれくらいいるだろうか。
お隣の韓国では、2004年に政府公共機関がOSSの利用を推進できるようにするための法案を提出。2004年10月には、電子政府整備にOSSの利用を積極的に検討すべしという旨の指示が出ている。2007年予算案の作成指針では、電子機器や運営体制などは業務遂行上問題がなければオープン型を導入すべきとされている。
国家レベルでOSSの推進を図る韓国と比べると、日本政府の取り組みは遅々として進んでおらず、数年来変わらず振興レベルにとどまっている。「国産主義」といったようなオープンソースとは対極的とも言える排他主義すらいまだに生き残っていると思わざるを得ないほどだ。
それを痛烈に批判したのが、2006年2月にVA Linux佐渡氏が発言した「オープンソース産業の振興行政と言っても、国にできることははっきり言ってほとんどない。日本政府はさっさとオープンソース振興から手を引き、規制行政を推進しろ」という記事である。
それから1年以上が過ぎたが、実際のところ、政府は今、OSSとどのように向き合っているのか? 先日、東京ビッグサイトで開催された「LinuxWorld Expo/Tokyo 2007」において、独立行政法人情報処理推進機構オープンソフトウェアセンター長の田代秀一氏が「いま、なぜ、OSSなのか?」と題する講演を行った。
田代氏は、コンピュータ産業の歴史を振り返り、ソフトウェアのブラックボックス化によって、少数が知識を独占し、ソフトウェア産業自体が“3K産業化”している事実を説明した。さらに「大学の情報系学科では定員割れになるような状態である」などのエピソードを紹介し、今後は、「オープンなネットワークの時代になる」と強調した。
続いて、「公的組織がなしくずしに特定メーカーのブラウザ、文書作成ソフト、表計算ソフトなどを使用することによって起きる“ロックイン”の進展を止めて、公平な競争社会を作って、ソフトウェア産業を発展させるべきだ」とオープンスタンダードの重要性について主張した。
そのような流れを進めるために、オープンソースの品質、透明性、コストパフォーマンスについての評価を紹介し、「これまでは特定メーカーの製品を使っていたため、ブラックボックスとして扱うしかなったが、共通基盤をオープンソース化することによって、自由な競争ができるようになる」と語った。
オープンソースの開発を進める際に、日本オープンソースソフトウェア推進フォーラム、Linux Foundation Japanをはじめとする多くの組織による協力が必要であると述べた。さらに欧州においては、OSSの啓もうサイトや調査事業が進んでいること、各国政府にOSSを推進する団体を組織する動きがあることや、ドイツ・ミュンヘン市の取り組みについて触れた。
そして、日本政府の最新の動向として田代氏は、「IT政策パッケージ-2005」に「オープンソースを積極的に取り入れる」「学校や政府機関でのオープンソースの採用を推薦する」という文面があることを紹介した。また、中央省庁のIT調達に関するガイドラインとして2007年3月に発表された「情報システムに係る政府調達の基本指針」を紹介し、その中にある「大規模システムの分離調達」「オープンな標準仕様採用」「仕様書記述を具体化」「仕様変更手続きの明記」という4つのポイントについて説明し、次のような抱負を語った。
「この基本指針を実現することは難しいが、実現できれば日本にとって大きな転機になるだろう。例えば、自動車の排気ガス規制であるマスキー法が公表されたとき、『そのような自動車を作れるわけがない。いったい幾らになるのか』という声があった。それから数十年経過した現在、その規制に対応してきた会社が勝ち残っている。その努力によって環境対策が進展し、エネルギー効率の向上にもつながり、自動車の需要は伸長した。この例を見習って、ソフトウェア産業においても、『情報システムに係る政府調達の基本指針』に対して、本当に努力すれば明るい未来が開けるのでないか、と考えている」
最後に田代氏は上述した基本指針の促進を目指したIPAの実証実験の意義を訴えた。実証実験第1弾として、2004年に教育用PCにLinuxを導入したこと、第2弾として栃木県二宮町などで行っている事例などについて説明した。第3弾の実証実験については、「PC単体からインターネットサービスなどの新しいモノを扱ってきたが、今度は住民票を扱うレガシーシステムをオープン化するような実証実験を計画中である」と語った。6月初旬に公募を開始する予定という。
オープンスタンダードの重要性を説く田代氏だが、IPAが進める実証実験や、OSS関連情報データベースとして2006年5月に公開した「OSS iPedia」など幾つか評価できる取り組みは行っているものの、全体としては数年前からあまり議論が進展していない印象も受ける。しかも、冒頭で紹介した“規制行政”ですらない。情報システムに係る政府調達の基本指針は2007年7月に施行される。このガイドラインにあるようにオープンな標準仕様に基づいたシステム構築が本当に行われるのかどうかについては慎重に見守っていく必要があるだろうし、政府として日本のソフトウェア産業をどのようにしていきたいという考えなのかについてはいわずもがなである。
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