ストーリーメーカーと創発――チームで開発するということ:Imagine Cup 2007 Report
Imagine Cup 2007のソフトウェアデザイン部門に参加した日本代表チーム。報道ではチームとしてフォーカスされてしまい、個が埋没してしまいがちだが、彼らの素顔をのぞいてみると、実に人間くさいところが見える。チームで開発するということはどういう意味を持つのだろう。
ストーリーメーカーの矜持――坂本大憲さん
「(チームとしての)ベストエフォートを出すためには補集合を埋める必要がある。それが僕の役目だったというだけ」――Imagine Cup 2007のソフトウェアデザイン部門に参加した日本代表チーム。そのプレゼンテーションにおいて、大きな体をできるだけ小さく、目立たぬよう振る舞う彼こそが、このチームのこまごまとした作業を一手に引き受けてきた坂本大憲さんだ。
前回紹介した丸山さんと同じく、北海道大学大学院情報科学研究科複合情報学専攻複雑系工学講座調和系工学研究室に所属する坂本さん。Imagine Cup 2007への参加は、修士1年のときに選択していた実ソフトウェア開発の演習がきっかけとなった。このとき、同じ演習には後述する下田さんもいたが、演習の中で便宜上分けられたチームは別々だった。
同演習が後期に入ると、決められたものを作るのではなく、好きなテーマで進められることになった。前期のときと同じチームでやることももちろん可能だったが、そこで坂本さんの心にある種の葛藤が生じた。
「今考えると、前期のチームというのは、仲良し同士でつながっていたんですよ。後期は好きなテーマでやれるということもあり、前に大和田君が話したような折衷案が横行する関係になりやすいかもと思うと、このままでいいのかなというためらいがあった。そんなとき、(別のチームにいた)下田君からチームに加わらないかと誘われたのです」
チームの中での役割について尋ねると「総務、ですね」と話す。企業においても総務は経理・庶務・労務などの管理業務を一手に引き受け、企業の基盤として欠かせない部署である。しかし、裏方の立場で彼は満足できたのだろうか。その問いに対して答えたのが冒頭の一言である。それぞれの役割(集合)として下田さんや大和田さん、丸山さんといったチームメンバーが存在し、その補集合を埋めることがプロジェクトとして見たときには不可欠であると話す。そしてそれこそが自分であると。
「(裏方であると思われてしまうなら)ストーリーメーカーであるといった方がいいかもしれませんね。技術はツール、手段でしかない。それをどういう目的で使うかが重要です。それを見据えた上で、システム全体の調和を図る役割が重要であるという意味では、オーケストラでいう指揮者であるともいえます」
下田さんがThe Student Dayの後に語学力向上のため短期留学した際、下田さんに代わってプロジェクトの管理を担当してきた坂本さん。前にでない控えめな性格なのではなく、前に出るべきタイミングをよく理解していると言える。
そんな坂本さんの子供のころのヒーローは誰だったかを聞くと、「祖父です」と答える。「困っているときに助けてくれる人。そうした人物像が今の僕の人格形成に大きく寄与しています」と坂本さん。この4月からは都内でコンサルタントとしての第一歩を踏み出す彼は、いずれは若い人のためのベンチャーキャピタルなどを手がけられればと話す。
マネジメントにおける創発――下田修さん
上述した坂本さん、そして別の記事で話を聞いた大和田さん、丸山さんがその会話の中で何度も口にした言葉がある。「下田くん……」で始まるくだりである。
今回のImagine Cup 2007の日本代表チーム、そのチームリーダーだったのがこの人物、下田修さんである。「リーダー的な仕事なんてそれほど経験していません。チームで何かをするというのも、期間の長さと、密度でいえば、今回が一番大きいくらい」と控えめに話す彼。
彼が今回のImagine Cupに出るにあたってのメンバー集めの過程を聞くと、そこにはどこにでもいる人間のどこにでもありそうな話でしかない。自分が持ってないスキルを持つ人間を自分が知っている間柄で探したというだけの話だ。
前述のとおり、演習の中で坂本さんをチームに誘うことに成功した下田さん。しかしそこで彼ははたと気づく。「自分たちには絵の才能が絶望的にない。いいアイデアがあってもユーザーインタフェースが悪ければ人の心に届かないかもしれない」。そんな折り、坂本さんの友達で、絵心のあった大和田さんに出会う。加えて、Imagine Cupに関する説明会の後、その教室に残って「出てみようかな……」とぼんやり考えていた丸山さんをメンバーに引き入れることに成功した。メンバー結成の過程はこれだけだ。論文をはじめ、いろいろ大変な時期である修士1年の後半にさしかかるころであり、そこには苦労があったと推測されるが、かといって特筆すべきところはない。
では彼がこのチームを世界にまで導けた秘けつはどこにあるのか。「プロジェクトは管理したが、人は管理しなかったことでしょうか」――下田さんはこう話す。「ある人にはこの仕事をさせるというトップダウンが“人の管理”。今回のチームでしたことといえば、何か思ったらそれを言い出せるような配慮だけなのかもしれない」。一般的なマネジメント手法とは逆を行くような話に聞こえるかもしれないが、ここに彼らのチームが成功した秘けつが凝縮されているように思える。
「自分たちが特別なチームだったとは思わない」と下田さん。記者の経験上、こうしたイベントにチームで参加した後に、チームで成し遂げたことを振り返ってもらうと、しばしばチームメンバー同士で奇妙な褒め合いが行われる。「いいチームだった」「またこのチームでやりたい」といったたぐいのものだ。もちろんそれらは間違いではないだろうし、心からそう思っているのだろう。それ自体を否定するものではないが、そこで記者はこう思うのだ――「彼らにとってチームとは何だったのだろう」と。
しかし、下田さんは先の言葉の後、少し考え込み、「複雑なチームだった」と付け加える。その真意を探ろうと質問を考える記者を遮るかのように、「1+1+1+1が4という単純な和ではないということ。人と人の関係における創発が起こったのです」と続けた。
さらに、「個々のノードそのものではなく、その“関係”に価値が宿る」と下田さん。これには記者も目から鱗が落ちる思いだ。
チームで作業するということは、そこに予想外のものが生まれる可能性があるという意味で、複雑系でいうところの「創発」に相当するといえる。下田さんの発した言葉は、図らずも彼をはじめ、チームメンバーが所属する研究室で研究している複雑系の考え方に基づいたものだ。
サッカーでスーパースターを11人そろえたとして、それが常勝しないであろうことは容易に想像がつく。なぜなら、そこでは関係性について何ら考慮していないからだ。とどのつまり、チーム全体としての挙動は、微視的な下層の要素情報だけによって得られるものを、さらに大きく超えているということになる。個人に還元できない価値がそこにあるということこそが、チームで開発することの意義なのかもしれない。下田さんは、個人の間で創発現象を誘発できるよう、環境を整えるマネジメント力に優れていたといえるのではないだろうか。
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