無線LANの干渉を測れ【後編】:計る測る量るスペック調査隊(2/2 ページ)
無線LANのパフォーマンスは「干渉」に大きく影響される。今回は距離や無線LAN以外の電波――例えば電子レンジ――が無線LANのパフォーマンスにどういった影響を与えるかを検証する。
電子レンジの無線LANへの影響を測れ――電子レンジ実験
本実験では無線LAN以外の電波発生源として電子レンジとBluetoothを用意したが、残念ながらこれらはAzimuthへは組み込めない。そこで、東陽テクニカのセミナールームに図4のような実験環境を用意し、実験を行った。
ここまでの実験ではAzimuthを使用して無線LANカードが受信した単位時間当たりのフレーム数を測定してきたが、無線LANクライアントとして普通のPCを使用する場合、単位時間当たりに受信したフレームを測定することは難しく、また無線LAN上での測定は正確でない可能性がある。そこで、図4に示すように受信したフレームをイーサネット上にルーティングするように工夫して、イーサネット上で測定を行った。なお、事前に無線LANクライアントが十分余裕を持ってルーティングできることは確認済みである。
実験の概要はリスト2のとおりである。1/6/11chに対してそれぞれ実験を行い、チャンネルの違いによる影響の差も調査した。測定は1回の試行を300秒間とし、その間に測定されたフレームをカウントして単位時間当たりのフレーム数を算出した。また、Bluetooth通信は2台のPCにBluetooth USBアダプタを装着し、ファイル転送を行うことで電波を発生させた。
- 使用するチャンネル:WLAN1、2ともに1/6/11ch
- 使用する無線LAN規格:WLAN1、2ともにIEEE802.11g
- 使用フレームサイズ:1518バイト
- 試行時間:300秒
- 試行回数:3回
- 干渉電波源:
電子レンジ:スイッチON
Bluetooth:ファイル転送による通信
- 干渉電波がない場合と、電子レンジ/Bluetoothによる干渉電波が発生している場合でパフォーマンスを測定する
- 同時にスペクトラムアナライザを用いて電子レンジやBluetooth機器が発する電波のスペクトラムも測定する
- 実験結果
3回の試行による平均値をグラフにしたものが図5である。また、それぞれの測定値を表にしたものが表1だ。11chでBluetooth使用時の平均通信速度が干渉電波なしの場合よりも速くなっているが、これは干渉電波なしの試行で極端に通信速度が遅いものがあったためであり、実際にはそれほど大きい差は見られなかった。また、電子レンジの場合には試行ごとにばらつきが大きく、2割から4割程度、受信できたフレームが減少した。チャンネルごとで比較すると、特に11chが大きな影響を受けていることが分かる。
チャンネル | 試行 | 干渉電波なし | 電子レンジ | Bluetooth |
---|---|---|---|---|
1ch | 1回目 | 2387 | 1882 | 2337 |
2回目 | 2397 | 2121 | 2321 | |
3回目 | 2400 | 2069 | 2320 | |
平均 | 2395 | 2024 | 2326 | |
6ch | 1回目 | 2259 | 2047 | 2185 |
2回目 | 2263 | 1802 | 2088 | |
3回目 | 2287 | 1584 | 2147 | |
平均 | 2270 | 1811 | 2140 | |
11ch | 1回目 | 2162 | 1298 | 2167 |
2回目 | 1969 | 1571 | 2261 | |
3回目 | 2141 | 1166 | 2136 | |
平均 | 2091 | 1345 | 2188 |
次に、電子レンジのスペクトラム(図6)を見てみよう。電子レンジのスペクトラムでは11chに相当する周波数帯にパワーのピークがあることが確認できるが、これが結果に関係していると考えられる。また、測定時の最大値(上のライン)と平均(下のライン)が示されているが、この間に開きがあることも分かる。これは、電子レンジが常に電波を出すのではなく、電波のON/OFFを繰り返していることを反映していると思われる。ただし、出力や電波の漏れ具合、発するスペクトラムが同じというわけにはいかないので、一概にすべての電子レンジで同様の結果となるとは限らない。
また、Bluetoothでは周波数ホッピング(一定の周期で搬送波の周波数を切り替えて通信を行う技術)を用いているため、スペクトルは図7のようにくしの歯のようになる。こちらは無線LANで使用する周波数帯のほぼ全体にピークがかかっているものの、測定結果からはBluetoothによる干渉の影響はほとんど認められなかった。
まとめ
今回は無線LANの干渉についてさまざまな実験を行った。無線LAN同士の干渉では、条件によってはほとんどフレームの送信ができないケースも出てきたので、少々驚かれたかもしれない。
無線LAN同士の干渉について今回行った実験では、実験結果の考察を容易にするために試験対象を単純化している。無線LANシステムは2セットだけ用意し、生成されるフレームはアクセスポイントから無線LANクライアントに送信されるものだけである。しかし、現実の世界では多くの無線LANシステムが存在し、アクセスポイントに何台もクライアントが接続しているので非常に複雑だ。
さらに、例えばファイルサーバから無線LANクライアントがファイルをダウンロードするなど、実際の通信ではクライアントからTCPのACK*が返るため、アクセスポイントから無線LANクライアントへ完全な一方通行、という通信はほとんどない。また、TCPなどの上位層のプロトコルがパフォーマンスに与える影響も考慮しなければならないので、事態はより複雑になる。
ほかにも、実験ではアクセスポイントから無線LANカードに対して可能な限り大量にフレームを送信するようにセットアップしているが、現実にはこのような状態は常に起こっているわけではない。
このように、実験結果は特殊な環境でテストしたものなので、必ずしも現実世界で得られるパフォーマンスを予言するものとはいえない。しかし、実験結果が無線LANの持つある特性を表しているのもまた事実である。実験からは無線LAN間の距離やチャンネルのずれ方が少し変わるだけで、パフォーマンスが大きく変わることが分かった。よって、実環境でもこまめなチューニングによってパフォーマンスを大幅に改善できる可能性がある。「無線LANのパフォーマンスが悪い」という状況になっても、「電波は目に見えないから」とあきらめず、さまざまな試行錯誤やツールを使った測定などによってパフォーマンス改善にトライしてはいかがだろうか。
次回予告
さて、前回、今回と無線LANについて理論的内容に基づく実験を行ってきたが、次回は実環境における無線LANを測ってみよう。無線LANの電波は実際にはどのように伝搬しているのか、また障害物によってどのように影響を受けるのだろうか。実際に測定する。
今月の結論
- 空いているチャンネルがない場合、使用中のチャンネルと同じチャンネルを使用した方がパフォーマンスは低下するものの安定する可能性が高い
- 干渉が発生した場合、電波の出力を上げてもパフォーマンスは変わらない
- 無線LANを使用している近くで電子レンジを使用すると、パフォーマンスに影響することがある
*** 一部省略されたコンテンツがあります。PC版でご覧ください。 ***
このページで出てきた専門用語
TCPACK
TCPの通信を確立するために、通信を行うクライアントとサーバ間でやり取りされる
パケットの1つ。
関連記事
- 無線LANの実パフォーマンスを測定せよ【後編】
無線LANの伝送速度は、なぜ規格どおりの速度で通信ができないのだろうか? その3つの理由を探る今回の調査。これまで「伝送媒体の違い」「メディアアクセス制御の違い」が与える影響について調査してきたが、今回は伝送レートの切り替えによる影響を調査する。 - 無線LANの実パフォーマンスを測定せよ【中編】
無線LANの伝送速度は、なぜ規格どおりの速度で通信ができないのだろうか? その3つの理由を探る今回の調査。中編ではメディアアクセス制御の違いが与える影響について調査する。 - 無線LANの実パフォーマンスを測定せよ【前編】
無線LANの伝送速度は、IEEE802.11b規格で最大11Mbps、 802.11aやgでは最大54Mbpsといわれている。しかし、実際に無線LANを使用すると分かるように規格どおりの速度が出るわけではない。これはなぜなのだろうか。今回から3回に分けて無線LANのパフォーマンスの実際について探ってみよう。 - サーモグラフィでPCの発熱を測定せよ【後編】
PCを最大限に活用する方にとって悩ましい夏。すでにPCの熱対策は準備万端であろうが、PC内の過酷な熱状況を可視化すべく、サーモグラフィをつかって“っぽく”調べてみた。 - サーモグラフィでPCの発熱を測定せよ【前編】
PCを最大限に活用する方にとってその発熱が悩ましい夏がやってきた。すでにPCの熱対策は準備万端であろうが、PC内でどのように熱が発生し、またどのような対策を取ればよいのかを、あの“サーモグラフィ”をつかって“っぽく“調べてみた。 - UTPケーブルの限界に挑戦せよ
普段何気なく使っているLANケーブル。使用するケーブルの規格や長さ、端子の配線などについて、さまざまな制限が規定されているが、そもそも規定外の使い方をするとどういった問題が発生するのかご存じだろうか。実験で明らかにした。 - LANケーブルの仕組みを理解して自作せよ
システム構築の達人は、決してLANケーブルを既製品で済ますことはない――そんな言い伝えもまことしやかにささやかれる一方で、LANケーブルを自作できない方が増えてきた。LANケーブルの自作はまったく難しいものではない。これを読んで、「LANケーブルの違いが分かる男」の称号を得てみるのはどうだろう。 - PC電源のノイズ耐性を測れ【後編】
短期間の電圧ディップや瞬停などによって「汚れた電流」が流れたとき、電源は実際にどのような挙動を示すのだろうか? 電源専業メーカーのニプロンの協力を得て実験を行ってみよう。 - PC電源のノイズ耐性を測れ【前編】
日本の一般的なコンセントから供給される電力は100V・50/60Hzの正弦波といわれているが、実際には多くのノイズが含まれていることが多い。では、PCの電源装置は、どの程度の瞬停や電圧降下まで耐えられるのだろうか? 今回はそんな疑問を解決すべく、PCの電源装置について調査を行った。 - ネットワークスイッチの性能限界を調べろ!
L3スイッチは専用の処理ICを搭載しており、ルーティングをハードウェアで行うことで高速な処理が可能だ。その一方で、ハードウェア処理能力の限界を超えた場合の挙動については未知数である。そこで今回は、L3スイッチのハードウェア限界とその限界を超えた時の挙動を調査する。 - ネットワークスイッチのスループットを調査せよ【前編】
ITは、分かっているようで意外と説明できないことの集合体である。本連載では、IT業界に眠るそれらのなぞを文字通り徹底的に調査していく。第1 回は、ネットワークの代名詞的な技術といえる100BASE-TXが本当に100Mbpsの速度で通信するのかどうかを調査してみよう。 - ネットワークスイッチのスループットを調査せよ【後編】
ITは、分かっているようで意外と説明できないことの集合体であり、それゆえにITに対するあこがれは尽きることがない。本連載では、IT業界に眠るそれらのなぞを文字通り徹底的に調査する。第1回の後半では、PCのネットワーク処理能力を調査してみよう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.