クラウドサービス提供ベンダーの視点からみたクラウドの現状:差別化できないところにリソースを割くべきか
「クラウド時代の到来を受けて、クラウドとどう向き合うべきか」――クラウド専業のベンダーとしてアプリケーションレイヤで存在感を放つセールスフォース・ドットコムの岡本充洋氏は、開発者にむけた行動指針を示した。
「丸山先生レクチャーシリーズ」では、丸山先生による講演のほか、さまざまな立場の講演者によるセッションも行なわれる。丸山先生の基調講演に続いて、「クラウド時代のプラットフォームとSaaS」と題し、セールスフォース・ドットコムのForce.comデベロッパープログラム/AppExchangeスペシャリストの岡本充洋氏がセッションを行なった(岡本氏の講演資料はこちらから)。
クラウドプラットフォームの提供
セールスフォース・ドットコムはCRMアプリケーションをSaaS専業で展開する企業ということはよく知られているが、クラウドプラットフォームであるforce.comの提供も行ない、“platform as a serive”(PaaS)と呼んでいる。SalesforceのCRMアプリケーションユーザー向けのサードパーティーアプリケーションの実行/提供環境であるAppExchangeなどを包括的に支えるプラットフォームでもあり、その意味では既に数年の稼働実績のあるクラウドプラットフォームだと考えることができるものだ。
岡本氏は、こうした実稼働環境を既に提供している事業者という立場から、クラウドとはどのようなものかを整理し、さらに「クラウド時代の到来を受けて、クラウドとどう向き合うべきか」について、特にアプリケーション開発者を意識した提言を行なった。
同氏は、Wikipediaの記述を引用して“クラウドコンピューティング(cloud computing)とはインターネットを基本にした新しいコンピュータの利用形態や、そのサービスのこと”という定義を紹介した。クラウドを、この定義に従って「インターネットを基本としてコンピューティングサービス」と位置付けるなら、同社が創業以来展開してきたインターネットによるSaaSという形態は、成立時点から既にクラウドであったということになる。その意味で、SaaS専業という同社のスタンスは、そのまま「クラウド専業」と読み替えることもできそうだ。
同氏は「クラウド」という言葉には「サービスの利用形態」という意味合いが含まれ、「ユーザー視点の言葉」だという。ユーザーから見れば、雲のようにあいまい模糊としていながら、必要なサービスは常に的確に提供される便利なものとしてクラウドをとらえることができるが、提供側にとってのクラウドはあいまい模糊どころか、緻密に設計され、厳格に運用されるプラットフォームであり、その機能や品質の差もさまざまに生じることになる。
force.comのクラウドプラットフォームとしての特徴は、CRMアプリケーションから連綿と受け継がれる「マルチテナント」実装や、革新の速度や規模の経済性といったメリットを享受しやすいところにある。同社のCRMアプリケーションと同様、force.comもマルチテナントであり、アプリケーションの動作環境となる各種のハードウェアやOS、ミドルウェアなどが1つのコアスタックとして構成され、これを多数のユーザーが共有する形になっている。この構成では、コアスタックの維持、管理は全体に対して行なえばよく、ユーザーはそうした作業から解放されるため、アプリケーションレイヤでのイノベーションにのみ注力することが可能になる。
クラウドをどう使うか
岡本氏は、同社自身を含めて既にクラウドプラットフォームの提供者として数十社が参集しているという状況を紹介し、「今からクラウドプラットフォーム提供を開始するのは厳しいのでは」という見方を示した。また、IT技術者に対しても、「クラウド自体のアーキテクチャを知るのもよいが、クラウドの上に乗って何ができるのかを考える時期に来ている」という。
同氏はこれをJavaの普及拡大期の状況に例え、初期段階ではJava Virtual Machine(JVM)の内部構造は重要なテーマだったが、エンタープライズアプリケーションがJavaで書かれる段階では、全開発者がJVMの内部構造を熟知している必要はなくなる、という。クラウドも同様に、現在は最新の流行語として誰もが口々にクラウドを語るが、問題はクラウドそのものより、クラウドを利用して実行されるアプリケーションの側に意識を向けるべき実用段階に入っているとの認識だ。
同氏は開発者に向けて「イノベーション/付加価値を生み出すことへ集中」することを訴え、「差別化できないところへリソースを割くべきか?」と問いかけた。従来のアプリケーション開発では、アプリケーションの実行プラットフォームとなるフレームワークやミドルウェア、インフラといった部分にも開発リソースを割かざるを得ず、アプリケーションにのみリソースを集中投下することは困難だが、クラウドプラットフォームとしてforce.comを活用すれば、プラットフォーム部分にかかわる作業はセールスフォース・ドットコムに一任できるため、企業内の全開発リソースをアプリケーションのイノベーションに集中することが可能になるという。
同氏はサン・マイクロシステムズのCTO、グレッグ・パパドポラス氏の「世界に“コンピュータ”は5つあれば足りる。1つはGoogle。もう1つはYahoo!。それにAmazon、Microsoftのlive.com、Salesforce.com、eBay辺りを加えれば、もうほかに地球上にコンピュータなど不要になるだろう」という発言を引き、エンタープライズアプリケーション分野でのクラウドプラットフォーム提供事業者としてのセールスフォース・ドットコムの存在感をアピールすると同時に、このプラットフォームを活用してアプリケーションでの革新と差別化に注力すべきだという開発者にむけた行動指針を示した形だ。
クラウド自体をテーマとしたレクチャーシリーズの中での発言としてはスタンスの違いも少なくなかったと思われるが、既にクラウドをサービスとして提供している事業者はクラウドをどうとらえているのかを生の声として聞くことができたことの意味は大きかったのではないだろうか。
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