宇宙に飛び出す高専生のピギーバック衛星:日曜日の歴史探検
子どものころロケット花火が好きだった方であれば、宇宙やロケット、そして人工衛星にひそかな興味を持ち続けているかもしれません。H-IIAロケット15号機のピギーバック衛星として高専生が製作した「KKS-1」、通称「輝汐」は若い力が詰まっています。
三菱重工業と宇宙航空研究開発機構(JAXA)がH-IIAロケット15号機の打ち上げに成功してはや3日。今回の打ち上げはメディアでも多く取り上げられました。
H-IIAロケット15号機では、宇宙から温室効果ガスを観測するための「いぶき」(GOSAT)を主衛星とし、そのほかに7基の衛星がともに宇宙へと向かいました。ロケットで人工衛星を打ち上げようとする場合、積載量(ペイロード)の範囲内で複数の人工衛星をロケット内の空間に搭載し、同時に打ち上げる「ピギーバックペイロード」を行うケースが徐々に増えつつあります。このとき相乗りで搭載される衛星を指してピギーバック衛星と呼びますが、H-IIAロケット15号機では7基のピギーバック衛星のうち、6基が公募で選ばれました。
このうち、東大阪の中小企業が産学官連携で開発した「まいど1号」は一躍有名になりましたが、ここでは別のピギーバック衛星を取り上げましょう。東京都荒川区にある都立産業技術高等専門学校荒川キャンパスの学生たちが製作した「KKS-1」(Kouku-Kousen-Satellite-1)、通称「輝汐(きせき)」です。
学科を問わずこのプロジェクトに集まったのは、学生12名、教員3名。プロジェクトチームというよりは部活動のノリですが、高専生“らしい”気合いと根性で人工衛星を開発してしまったのだから驚きです。メンバーの中にはまだ1年生の学生も含まれているようで、若さあふれる熱意と実力に脱帽するばかりです。
彼らが製作した輝汐は一辺約15センチ、重さ約3キロと、ちょうどキューブ型のベアボーンPCくらいのサイズです。上図をみても、かなり小さな衛星であることが分かります。ミッションとしては、宇宙から地球の画像を撮影することも掲げられていますが、開発者や研究者の注目は、推力機構としてのマイクロスラスターと3軸姿勢制御の実験にあります。
小型衛星における推進系や姿勢制御系の技術は現在最も熱い分野の1つです。例えば観測衛星であれば観測対象にセンサーを向ける必要がありますし、地上との通信を行うために通信アンテナの向きを制御する必要があります。
衛星の姿勢制御には幾つかの方法があり、一般にはヒドラジンのような液体燃料を推力として利用する方法がよく用いられますが、この場合、液体燃料が尽きれば姿勢制御が行えなくなります。大型の衛星であれば(活動期間に見合った)十分な液体燃料を搭載できるかもしれませんが、小型の衛星に搭載できる液体燃料はごくわずかです。また、地球の磁場を利用した磁気トルカなどの方法もありますが、これだと地球磁場の影響範囲でしか活動できなくなるので、汎用的ではありません。いずれにせよ、小型化する衛星にあって、効率のよい推進系や姿勢制御系の技術は模索が続いている状態にあります。
KKS-1では、X軸、Y軸、Z軸の3軸制御機構を備えたリアクションホイール(姿勢制御装置)を備え、推力は低電力の半導体レーザーを固体火薬に当てることで得ようとしています。後者は実証実験レベルだと思いますが、こうした実験で効率のよい推進力となり得ることが実証できれば、リアクションホイールと合わせた高度な動きも可能になります。こんな意欲的な取り組みを若い学生が手掛けているというのは何だかうれしくなりますね。
小型衛星の取り組みはどちらかといえば大学や民間が主体となって取り組んでいます。宇宙からのデータ計測や宇宙環境での実験計測に興味を持つ企業も少なくありません。しかし、コスト面などから打ち上げにまで至ることが少ないのも事実です。大学などで人工衛星の開発を手掛けた方の中には、打ち上げを目にすることなく卒業を迎えてしまった人も多いでしょう。だからこそ、官が主導するロケット打ち上げのピギーバックペイロードで宇宙に運んでもらうというのが待望されているわけです。
JAXAではこうしたピギーバック衛星を打ち上げる機会を増やすと発表していますが、それも主衛星の打ち上げ計画に依存するものなので、まだまだ狭き門であることは変わりません。ただ、今回の打ち上げが大きな話題を呼んだように、宇宙を視野に入れた考え方が、現実味を帯びてきているのかもしれません。
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