サービスの定義――必要以上のリスクを負わせず、顧客の目標を達成する:差のつくITIL V3理解(2/2 ページ)
ITIL書籍「サービス・ストラテジ」で定義されている、サービス戦略のための活動について説明しよう。
サービス・ポートフォリオ
さてここで、非常に重要な用語と概念の解説をしておかなければならない。それは「サービス・ポートフォリオ」、「サービス・パイプライン」、そして「サービス・カタログ」である。下の図は、書籍「サービス・ストラテジ」に記述されている図を簡略化したものである。
サービス・ポートフォリオとは、サービス・プロバイダによって管理されているすべてのサービスの一覧のことである。事業価値の面からプロバイダのサービスを説明・記述するために必要な管理の仕組みやツール全般を含む。
もともとポートフォリオ(portfolio)とは、紙ばさみや折りかばん、ファイルなどのことである。持ち運びのできるポータブル(PORTable)な紙(FOLIO)の組み合わせだ。それが転じて、将来に渡って価値のある情報を集めて一覧にしたもの、というような意味になった。金融の世界では、各種の金融資産の一覧表のことを指したり、その情報を活用してローリスク・ローリターンの商品とハイリスク・ハイリターンの商品を用いてバランスよく資産運用する手法のことを指したりする。
サービス・ポートフォリオにも同じようなことが言える。サービス・プロバイダが提供するサービスと、そのサービスにまつわるすべての情報が含まれる。この中には、サード・パーティと契約し、サード・パーティが提供するサービスも含むことになる。
サービス・ポートフォリオは、さらに3つの段階に分けられる。
「サービス・パイプライン」は、特定のターゲット市場または顧客に向けた、検討中、または開発中のサービスの一覧である。この段階ではまだサービスの提供は始まっておらず、提供に必要なサービス資産の割り当ても行われていない。将来提供するかもしれないサービス、あるいは提供すると決めてサービス資産(予算やITインフラストラクチャ、人材など)の割り当て待ちのサービスなどが含まれる。サービス・パイプラインの情報は、通常顧客には提供されない。どのようなサービスをどのように提供するか、というサービスの設計部分を管理するのは、「サービス・デザイン」の範疇である。
「サービス・カタログ」は、サービス・ポートフォリオのうち、顧客に見える部分である。提供可能な、稼働中の(あるいは提供が決定し、サービス資産の割り当ても終わり、開発やテストが進行中の)サービスの一覧である。一般の「製品カタログ」に近い。サービス・カタログに載せるサービスは、サービス・プロバイダが責任を持って提供できる(正しく価値を提供できる)サービスに限られる。そのため、サービス・パイプラインからサービス・カタログへ内容を移行するには、必ず承認を伴わなければならないとともに、きちんと計画された手順を踏んで移行しなければならない。そのための管理は「サービストランジション」の範囲である。また、稼働中のサービスの面倒を見るのは「サービス・オペレーション」の範囲である。これらについては、改めて説明したい。
最後の「廃止されるサービス」という考え方も重要である。サービスが顧客に価値を見出さなくなったり、時代遅れになったり、何らかの取り除くことのできない致命的な欠陥を見出したりした場合は、そのサービスは段階的に停止されたり、廃止されたりする。廃止が決まったり、実際に廃止されたりしたサービスも、通常は顧客に見せることはない。しかしそのようなサービスも消し去ってしまうのではなく、サービス・ポートフォリオの文書の中に残しておくべきである。なんらかの事情で復活し、運用される場合があるし、将来提供されるサービスの参考になる可能性もあるからである。提供されていたサービスを停止したり、廃止したりする手続きも、「サービス・トランジション」の役目である。
ちなみに、この「廃止されるサービス」がサービス・カタログに含まれるかどうか、が議論される場合がある。ITIL書籍にも、廃止サービスはサービス・カタログの一部であるかのような記述と、そうでない記述の両方が混在している。先に示した図はITIL書籍からの引用だが、これによると廃止サービスはサービス・カタログの一部であるかのように見える。しかし廃止サービスは新規の顧客やSLAの更新時などには適用されない「顧客に見えないサービス」であるとも定義されている。現実的には、例えばG2世代の携帯電話のように、「新規には契約できないが既存の顧客にはサービス提供されている」というようなものもあるので、ここは厳密に切り分けない方が適当かもしれない。
※本連載の用字用語については、ITILにおいて一般的な表記を採用しています。
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谷 誠之(たに ともゆき)
IT技術教育、対人能力育成教育のスペシャリストとして約20年に渡り活動中。テクニカルエンジニア(システム管理)、MCSE、ITIL Manager、COBIT Foundation、話しことば協会認定講師、交流分析士1級などの資格や認定を持つ。なおITIL Manager有資格者は国内に約200名のみ。「ITと人材はビジネスの両輪である」が持論。ブログ→谷誠之の「カラスは白いかもしれない」
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