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インタビュー

シトリックス大古会長に学ぶ「不況期における企業の成長戦略」

この極寒の経済環境に光明を見いだしたいと考える企業は少なくない。海外展開にその可能性を見いだす企業は多いが、「いいものだから高く売れるはず」という考えではもはや立ちゆかない。本稿では、シトリックス・ジャパンの取締役会長である大古俊輔氏に不況期における企業の成長戦略を聞いた。

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 2008年以降続いている世界経済危機は、2010年に入って一見落ち着きを取り戻しつつある。しかし、その実態は、二番底を何とか回避しているといった程度のものであり、企業にかつてのような力強さはいまだ見られない。

 マクロ経済の先行きは今なお不安を残すが、だからこそ企業は一過性のトレンドに目を奪われるのではなく、経済社会の底流で起こっている構造変化を的確にとらえ、この極寒の経済環境に光明を見いだす必要がある。

 経済社会で起こっている構造変化は、例えば「グローバル化」といったキーワードなどで語ることができる。オフショア開発などもその一端といえるし、製造業などでは生産拠点を海外にシフトする動きも盛んである。円高傾向にある経済環境への対応として海外に生産をシフトする流れは今後も続くだろう。

 しかし、日本企業の多くは、アジアの新興国を人件費が安い製造拠点とは認知していたものの、市場として開拓しようとする意欲がおしなべて希薄だった。内需だけでは成長が見込めないと気づくに至り、こうしたアジアの新興国市場に進出し始めた企業のケースが近年になって散見されるが、各社の戦略を俯瞰すると、その多くが収益構造の変革には至っていない。特に、IT業界では技術のコモディティ化が激しい。そのため、「いいものだから高く売れるはず」という考えでは、志半ばで倒れてしまうことになるだろう。

 ピンチの後にはチャンスあり――これは戦いの原則である。身を縮めてこの経済環境にじっと耐え、チャンスを待つのも1つの戦術だが、こうした不況期における企業の成長戦略としてそれは本当に有効な選択肢なのだろうか? それを知るには、グローバル企業のトップに話を聞くのが有効な方法の1つだろう。

 前置きが長くなったが、以下では、シトリックス・ジャパンの取締役会長である大古俊輔氏の話を交えながら、不況期における企業の成長戦略はかくあるべきかを、主にITの活用という観点から考える。大古氏は、1977年に日本IBMへ入社、マーケティングやセールスのマネジメント職を歴任した後、2005年にシトリックスの代表取締役社長に就任。2009年3月には取締役会長に就任しており、その優れた洞察力と経営手腕には定評がある。

「価値のあるものに投資する」――ではその“価値”とは?

大古氏
Amazon EC2と同様の機能を提供するOSS実装「Eucalyptus」に注目しているという大古氏。パブリッククラウドであるAmazon EC2と、Eucalyptusを用いたプライベートクラウドを透過的に扱えるフレキシブルなコンピューティングモデルを提供したいという意図がうかがえる

―― まず、シトリックスにとっての2009年を振り返っていただきたいと思います。企業のIT需要は高まりを見せているにもかかわらず、実際には厳しい経済環境を背景に、ITインフラへの投資予算は抑制姿勢が続いてます。シトリックスにとって昨年はどういった出来事が印象的でしたか?

大古 われわれの観点でエポックメイキングな出来事を1つ挙げるとすれば、2009年の前半にCitrix XenServerを無償化したことです。ユーザーはソフトウェアが持つ付加価値に対して対価を払うわけですが、コモディティ化したものに対して対価を求めるのは、昨今の厳しい経済情勢からして成り立ちません。

 経済的合理性を考えると、単にライセンスが無償であるというだけで他社のハイパーバイザーからXenServerに移行するユーザーはいないでしょう。現実的なシナリオとしては、(他社のハイパーバイザーとの)共存ということになります。実際のところ、われわれも仮想化技術が自社のものでなければならないとはまったく考えていません。もちろん、Xenserverは無償ですので、われわれとしてはそれをお勧めしますが、実際には他社のハイパーバイザーであってもよいのです。それらを包含して運用できるフレキシブルなコンピューティングモデルを提供することがわれわれの考える「価値」なのです。

―― 市場が冷え込んでいるということは、売り上げも鈍化するわけで、設備や雇用が相対的に過剰になるということでもあります。日本では、設備廃棄や雇用削減がそれほど大胆に進められないため、これらに対する戦略は重要です。

大古 われわれの顧客企業の方々とお話した印象では、「本当に必要なのか」という投資の見直しを図りつつも、その上で価値のあるものに投資していると感じました。例えばPCの投資ですが、これまでなら順番に置き換えていったわけですが、競合見積もりをとって、最も安いものを購入すればよい、という従来の発想の延長線上にある考えを少し見直した方がよいのではないかという動きが確実に出てきています。といっても、単にコスト削減を考えるといったものではなく、IT投資であれば、新しいソフトウェアあるいはアプリケーションを動かす基盤を強化すべきであるというのは経営者の共通認識です。

 インフラ投資とスポット投資の大きな違いは、その時間軸です。大規模なインフラ投資は、例えば今から評価を開始して、パイロットを経て3年後に展開、そこから少なくとも5年以上使うシステムを構築するために行います。つまり、少なくとも8年先を見据えた投資となるわけです。現在のテクノロジーや個々のデバイスに依存するようなテクノロジーに縛られてはならないのです。

―― その意味では、デスクトップ仮想化などはかなりフレキシブルですよね。

大古 以前は、どちらかといえば特定のアプリケーションの最適化ということでXenappへの注目が高かったのですが、昨今ではデスクトップ仮想化を行うXenDesktopがIT全体のインフラの話として受け入れられる素地が非常に増えたと感じています。

 アプリケーションとそれを動かす基盤であるデスクトップ環境そのもの――具体的にはOSやユーザープロファイルですが――を含めて全体最適化を図る動きが出てきて、その中で投資対効果を上げると同時に、新しいアプリケーションに対する基盤を作ろうということで仮想化技術は用いられますね。

 仮想化技術というのは、いってみればフレキシブルなコンピューティングモデルを実現する要素技術です。例えば、iPhoneの中に入っているチップがどこのもので、その価格が幾らかだなんてエンドユーザーはあまり気にしませんよね。それを気にするのはベンダーだけです。エンドユーザーはiPhoneそのものに対して価値を感じるのです。

 仮想化技術も同様で、先のiPhoneの話に照らせば、チップが仮想化技術であり、iPhoneがフレキシブルなコンピューティングモデルということになります。仮想化技術だけを取り上げて語ることは適当ではないことはご理解いただけるでしょう。われわれが考えているのは、アプリケーションをどうフレキシブルに使えるようにするか。それがシトリックスが創業以来変わらず考え続けてきたことです。

―― iPhoneがよい例ですが、5年前には存在しなかったものが、コンシューマーだけでなく、ビジネスユースでも活用が進んだのは印象的です。ワークスタイルの変化と併せて考えると、これまでの考え方ではゆがみが生じますね。

大古 この業界では「いつでも、どこでも」といったいい方が好んで使わる傾向がありますが、3年ないしは5年後に存在している最新のデバイスやユーザーインタフェースでも利用できるアプリケーション基盤を構築できるかどうかを考えると、この命題は実は非常に難しいということが分かります。

 わたしがシステムエンジニアとして働いていたころは、午前0時から午前3時という時間に、バッチ処理を行うため、会社で仕事せざるを得ませんでした。非人道的ですらありますよね(笑)。その後PCが登場するわけですが、それはデスクトップPCであり、万人向けのツールではありませんでした。それでも、メインフレームをタイムシェアリングで使っていたことを考えれば、自分の机の上にPCがあるというのは革命的な進化だったのです。

 しかし今日、わたしたちはさまざまな形でPCというデバイスに縛られています。会社支給のPCを外で使おうとすれば、申請が必要ではないですか? あるいは、ビジネスユースと個人ユースのPCは明確に分けられていますよね。会社から支給されるPCに選択肢がないことを残念に思った方も少なくないでしょう。

 一方で、iPhoneのようなデバイスも登場し、必要な人が必要なときに必要なアプリケーションを使う、という観点で考えると、単純に会社に縛り付けることがよいのではなく、それぞれのニーズに応じて、一番最適な環境で仕事ができるようにするフレキシビリティをどう確保するかがITシステムの大きな課題となっています。

 自分の一番調子がよい時間に仕事がしたいという考えは尊重すべきですし、それが結果的に生産性の向上へとつながるのです。これまでは、PCというデバイスに縛られていたので現実的には会社に縛られていたわけですが、今後はそうしたフレックスのワークスタイルの構築に取り組むことが重要であると思います。

 自宅にいても会社のデスクトップ環境が使えるというのは、生産性向上という点で非常に有用です。実際の仕事というのは、単にリモートでメールにアクセスできればよい、というレベルで完結しないものが大半ですよね。例えば社内のファイルサーバにあるファイルを参照したりといったようなニーズにもきとんと応えるフレキシビリティの高いシステムを作っていくのがトレンドになるでしょう。

―― シトリックスが考えるそうした価値はどの程度市場に浸透しましたか?

大古 これまでお話ししたような内容、つまりはシトリックスの戦略なのですが、これを既存の顧客だけでなく、より多くの方に知っていただくための努力はまだ足りないかなと感じています。ある部門ではわれわれのソリューションはよく知られているが、別の部門ではまったく知られていないというケース、例えばエンジニアリング部門では使われていても、販売や営業の部門には知られていなかったりといったことも多いです。これでは、会社のITインフラとしては知られていないも同然です。そこはもっと知っていただくよう努力しなければならないでしょう。

 ただ、行ってお話しするとご理解いただける。これは自信につながりました。

 新しい分野を開拓しようと考えるなら、既成の概念や通念が必ず抵抗勢力となります。デスクトップの仮想化についていえば、例えば物理的なPCという存在がそうした抵抗勢力なのです。そうした通念を1回で打破するのは困難です。「継続は力なり」ではありませんが、繰り返して辛抱強く取り組んでいくことはわれわれのケースに限らずいえることだと思います。

「最後の審判者は市場」


シトリックスは創業以来の伝統として、「アプリケーションビュー」で物事を見ていると大古氏。アプリケーションレイヤーのフレキシビリティと顧客志向が成長の鍵であるとも

―― 従来の日本企業が提供してきた製品というのは、高付加価値を売りとしていました。しかし、グローバル展開を考えたとき、その多くはコモディティ化に伴い優位性を失い、価格競争に陥りやすい市場で戦わなくてはなりません。これは日本企業が従来参入を避けてきた苦手領域でもあります。こうした環境下で優位に立てる企業風土があるとすれば、それはどういったものだと考えますか?

大古 提供する「価値」が誰にとっての価値かを知っているかどうかではないでしょうか。お客様から見て価値のあるものを提供しなければなりません。ユニクロの例を挙げるまでもなく、成功している企業は例外なく「顧客志向」です。ともすれば、上司や会社がお客様であるかのように錯覚することもあるでしょうが、上司や会社を向いて仕事をしていてはプロフェッショナルではありません。あくまで顧客のために働くことが重要です。もともと日本の企業文化には、「お客様第一主義」という考えがありますよね。それをいつでもどこでもフレキシブルにやろうというのがわれわれの考えです。

―― 顧客志向とはつまりどういうものであると解釈していますか?

大古 秋田県の大潟村はご存じですか? かつて琵琶湖の次に大きな湖だった秋田県の八郎潟を干拓してでき上がった広大な農地なのですが、「米を増産し、国民全体に行き渡らせる」はずの国家プロジェクトはその後減反政策へと大きく方向転換し、入植者は大変な苦労をされたそうです。

 減反政策に従ってしまうと、入植者の生活は成り立ちません。しかし、それにあらがうとしても、干拓地の地質は畑作に適していませんし、農家にとっての金融機関であり、商社でもあった農協から相手にされなくてはやはり立ちゆかなくなります。まさに八方ふさがりです。

 そこで入植者は、自分の本当のお客様は誰だろうと自問します。そして導き出した答えは、直産直販でした。わたしは新聞でこちらの広告を目にしたのですが、厳しい環境下にあって自ら先駆けて消費者の声を聞こうとしたその行為に心打たれるものがありました(編注:このエピソードについて詳しく知りたい方はこちら

 さらに感動したのは、十数年前のことです。日本で不作が発生し、タイ米などが輸入されたことがありましたよね。そのとき、大潟村の農家たちは、自分たちが食べる米を消費者に回したということを後になって知りました。供給が不足しているときに値上げすることもなく、です。これこそが本当の顧客志向であり、ライフタイムバリュー(顧客から永続的に取引を続けてもらうことによって得られる利益・価値のこと)なのです。顧客とワンショットで付き合うのではなく、信用していただき、ずっと付き合っていただける企業、これはシトリックスもそうなるべきであると考えていますし、企業の志向すべき方向性なのではないでしょうか。

 「最後の審判者は市場である」――これは、IBMをよみがえらせた男、ルイス・ガースナー元CEOの言葉です。作り手が考える「付加価値」と顧客が求める価値にギャップが生じているように感じるのなら、市場の声に耳を傾けるべきです。それが、本当の意味で顧客志向につながるのですから。

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