医師によるEUCの状況をレポート――iPadの活用もトレンドに:医療IT最前線(2/2 ページ)
煩雑な資料作成に追われる医療従事者の業務を効率化するために、医療分野のITはどのようにあるべきなのか。その取り組みの一つとして、医療従事者たちが自ら医療IT環境を構築していく方法が注目されつつある。その最先端を進むグループの事例研究会を取材した。
MS Officeが病院情報システムを代替する可能性を追求
Microsoft Officeアプリケーションを使って、短期間ながら病院情報システム(HIS:Hospital Information System、医事会計やオーダリングなどからなる総合的なシステム)の代替運用を実現し、さらなる可能性を研究した成果を発表したのは、国立成育医療研究センター病院 医療情報室の山野辺裕二氏だ。
国立成育医療研究センター病院では2008年に病院情報システムの更新を行うため、48時間に渡ってシステムが使えなくなることになった。しかし医療機関としての業務を休むことはできない。そこで暫定的な代替システムとして使われたのが、ExcelやWordと、メールサーバやファイルサーバを組み合わせた簡易版のHIS。Excelマクロを駆使して、自動的にWordを立ち上げて入力を促し、その結果をメールで送信、記録はファイルサーバに保存するといった内容だ。
「この代替HISは手書き運用を大幅に減らし、多くのオーダをペーパーレスにすることに成功しました。しかも、マクロなどは解説書レベルの知識でできる範囲です。ただし、このときは個人認証などが完全でなく、電子保存の完全性が課題として残っていました」(山野辺氏)
そのため、このときの運用では、伝票や記録は全て紙に印刷し、それを原本としていた。紙で出力した情報は、新システムの稼働後にスキャンして取り込んだりコピー&ペーストしたりして登録したという。
山野辺氏は、このときの代替HISをベースに、Active Directoryによる認証やSharePointによる文書管理、Exchangeでの更新通知などを使ってどれだけ機能を向上できるか、実際に試しながら検討しているという。
「Information Rights Managementによるセキュリティや、BizTalkによる他システムとの連携機能まで加えれば、既存のHISが持つ機能のほとんどを代替できると思われます。今後も、実際の運用現場で少しずつ実証する方針です」(山野辺氏)
iOSデバイスとFileMaker Goの組み合わせが医療現場を変える実例
この研究会では、iPadやiPod touchを使って医師や看護師の活動を効率化するといった内容のデモも数多く行われた。特に目立ったのは、FileMaker Goを用いたものだ。
救急外来での優先度決定(トリアージ)を開院当初から紙ベースで行っていた阪神北広域こども急病センターでは、後に紙からノートPCに移行、さらに現在ではFileMaker Goの登場を受けて、主にiPod touchを用いたトリアージシステムのテスト運用を行っているという。
「トリアージは患者1人あたり2〜3分で行わねばなりませんし、カルテではないので数多くの項目を扱う必要もありません。できるだけ迅速に判定できるよう、最小限の項目を入力するだけで判定を行えるようにしています」と、阪神北広域救急医療財団の中村肇氏は説明する。
ノートPC時代に使っていたFileMaker ProからFileMaker Goへの移行は非常に簡単だったという。トリアージを行うのは看護師なので、携帯性を重視して端末は基本的にiPod touchを使うが、iPadに対応した画面も作っているという。
「画面の大きさが違うため画面構成も一部変えています。間違った入力をしないよう、できるだけ画面を固定、文字入力も最小限とし、計算が必要な項目では計算入力画面も設けています。FileMaker Goのレスポンスは、少しモタつくところもありますが、おおむね良好で、ノートPCにも劣りません」(中村氏)
一方、J-SUMMITSの代表でもある名古屋大学医学部附属病院 メディカルITセンターの吉田茂氏は、iPadとFileMaker Goを組み合わせて入院患者の回診を支援するシステムを開発中だ。
「病院内の無線LAN環境を前提として作っていますが、回診前の詰所で院内のシステムからデータをローカルに取り込み、回診中はオフラインでレスポンス良く操作、戻ったら再びデータを戻す、という使い方を基本に考えています」と吉田氏は話す。
このシステムには、患者の情報を元に巡回する順序を決めるロジックも作り込んでいる。例えば感染症の患者を後にするなどといった回診時の禁忌などが盛り込まれており、医師の判断を助けることが可能だ。
また、検査画像の取り込み機能も開発中で、完成すれば完全にオフラインでの利用が可能になる。回診中にiPadの画面で患者に画像や検査履歴を見せて説明する、といった風景が、今後の病院では日常的に見られるようになるのかもしれない。
「Noと言わない」を目指す集団
今回の研究会はJ-SUMMITSの総会も兼ねており、その活動報告なども行われた。
「今回のキャッチフレーズは『NOと言わないJ-SUMMITS!』。我々としては、パッケージベンダーの営業のように『できません』とは言いたくありません。我々に相談があったら、まず『Yes』から答えましょう」と、吉田氏は会の活動について触れた。
また、閉会の際、J-SUMMITS東海北陸支部長で松波総合病院 産婦人科の松波和寿氏が会員たちに向けて語った言葉も印象的であった。「せっかくこうして集まったのだから、良いものを作ったら、それを共有して皆で使おう。一から作るのをやめよう。そして後継者を育てていこう」(松波氏)
関連記事
- 医療ITは“院内を横断する架け橋”になっているか?
システム開発を外部委託した場合、しばしば生じるのが意思疎通の問題である。業務側の常識が開発側の常識だとは限らないからだ。そして人命を扱う医療機関の場合「不具合がありました」では済まされない。いかにして、この問題を乗り越えるべきだろうか? - キヤノンS&Sで基幹系とフロント系の橋渡しをするFileMaker
キヤノンS&Sは、約6000人もの規模でFileMakerを利用しているという同製品の“国内最大級”とも言えるユーザーだ。その活用範囲は、フロントから、一部基幹系をフォローする部分にまで及ぶという。 - 医療の質向上にプログラマーとしての経験を生かす――新日鐵広畑病院 平松医師の取り組み(後編)
ナレッジベースを使いこなすには、データの蓄積が鍵となる。新日鐵広畑病院の平松医師は、「入力すれば便利に使える」という条件を設け、ユーザーが自発的にデータを入力するようにしたという。 - 医療現場の視点で開発したナレッジベース――新日鐵広畑病院 平松医師の取り組み(前編)
基幹系システムの主な目的は、業務プロセスの効率化。しかし業務に関する過去の情報が蓄積されていても、それを提供する機能が限定的であることが少なくない。医療現場の意思決定を支援するシステムを、医師自身が構築した例を紹介する。 - FileMaker製オンライン医療DBを通じ“産・官・学”の連携を図る
頻繁に変更が加えられるシステムにおいて、ランニングコストの増大を抑えるには、ユーザー自身が手を加えられる環境を構築し、SIerへの発注を減らすのが効果的だ。情報の鮮度が求められるオンラインデータベースをFileMakerで刷新した例を紹介しよう。 - FileMakerでワークフローを自動化した六本木のクリエイティブカンパニー
いったん作った業務システムは、ある程度の期間はそのまま使い続ける、というのが一般的だ。しかし、ユーザー自身が使いながらシステムを改善し続けられるようなシステム基盤であれば、継続的に業務効率改善を進められる。導入から数年、ユーザーによりカイゼンし続けられたシステムを紹介しよう。 - FileMakerで作る業務システム、成功の秘訣はSIerとの「二人三脚」
企業がシステム開発を外部に委託する際、しばしば問題となるのがベンダーとのコミュニケーションだ。しかし、業務とシステムの両方に詳しい人物がかかわっていれば、この問題も難しくなくなる。社員がFileMakerを通じて“通訳”し、ベンダーに伝えた結果、使い勝手の良いシステムを作り上げることのできた例を紹介しよう。 - 基幹システムを自作してみる――中堅メーカー、東新油脂の場合
一人ひとりが作ったDBが、ボトムアップで全社共有DBへと発展していく――FileMakerのユーザーには、そんなケースも少なくない。東新油脂では、FileMakerを使いこなした社員たちが、最終的に基幹系システムを自らの手で構築するまでに至った。その陰には、社長や工場長といったトップからの支援もあったという。 - 導入事例:「進化するのは、変化に強い種だ」――FileMaker Conference 2009
10月30日、国内初となる「FileMaker Conference 2009」が開催された。最新バージョンであるFileMaker 10やBento 3の機能的特徴のみならず、ユーザー企業による「FileMakerで達成した業務改善」のリポートに聴衆は耳を傾けた――。 - 自家製DBを、CRMにまで高める――エイアンドティー
臨床検査製品の開発・販売を行うエイアンドティーでは、FileMakerを顧客情報管理DBとして導入し、それを営業ワークフローや日報と連携させ、業務を改善したという。 - 患者のための“手作りデータベース”――札幌市 もなみクリニック
医療関連のシステムといえば、電子カルテやオーダリングシステムなどが一般的だが、多額の投資を必要とするものだ。しかし札幌市の「もなみクリニック」では、院長自らがFileMakerを使って独自のDBを構築・運用しているという。 - 阪大の産学連携プログラム、受講生管理はFileMakerで
新しい仕組みを作り上げていくために試行錯誤を続けるような性質の業務においては、柔軟性に乏しい業務アプリケーションでは対応しきれないケースがある。大阪大学では、こうした用途にFileMakerの使い勝手や開発性の高さを役立てているようだ。 - 「現場の改善と同時にシステムを育てる」――FileMakerを選んだ日本原燃
FileMakerは使いやすいデータベースとして、個人から中小規模企業まで広く使われてきたが、近年では基幹系での利用も増えている。今回は、その使いやすさを生かし、基幹系データベースに連携するフロントエンドとして利用された、日本原燃での事例を紹介する。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.