スマートシティ大国オランダに学ぶビッグデータの利活用戦略:ビッグデータ利活用と問題解決のいま(3/3 ページ)
EU諸国の中でオランダは、地域主導型スマートシティから築き上げた付加価値サービスの上に、クラウドやビッグデータの新技術を組み合わせながらグローバル展開を図っている。同国の事例を紹介しよう。
制御系とIT系の融合が先行するオランダのセキュリティ/リスク管理
スマートシティプロジェクトではインターネットの発展とともに培われてきた情報通信技術と、堅牢な社会インフラ設備を支えてきた電子制御技術の連携・融合が不可欠であり、情報セキュリティやプライバシー/個人情報保護の観点からも重要なテーマである。
オランダには、2012年にEUにおける重要インフラのセキュリティ強化のために設立された欧州サイバーセキュリティネットワーク(ENCS)があり、欧州ネットワーク情報セキュリティ庁(ENISA)などと連携しながら、スマートグリッドを始めとする重要インフラと制御システムのサイバーセキュリティ対策強化を推進している(ENISAのプレスリリース参照)。ENCSは、日本の技術研究組合制御システムセキュリティセンター(CSSC)とも連携している(「CSSCとオランダのサイバーセキュリティ対策推進組織ENCSがLOIを締結」を参照)。
また、地域住民の参加意識が高いオランダは、EU諸国の中でもプライバシー保護に厳格な国として知られている。例えば、スマートグリッドについてオランダ政府は、当初はスマートメーターの設置義務化を検討していたが、2009年4月にプライバシーおよびセキュリティの観点からオランダ議会上院が、スマートメーター導入義務化案を否決するという事態が起きた。その後2010年11月、スマートメーターの自主的導入に関する法的な枠組みが規定されてプライバシーに関する選択権が顧客にあることが明確化され、現在は2020年までに80%のスマートメーター普及をめざす導入プロジェクトが進行中である。
他方で健康医療分野をみると、オランダは歴史的に患者団体の力が強く、安楽死法など患者の権利を尊重する法律の整備が早くから行われてきた。プライバシーについても、1994年に成立した医療契約法の下で、患者の知る権利、患者のプライバシー権、苦情処理などについて厳格な規定を設けており、原則として、患者の情報、記録については、患者の同意なしに医師がアクセスできない仕組みになっている。
筆者が関わっているクラウドセキュリティアライアンス(CSA)のオランダ支部でも、このような国柄を反映して情報セキュリティの専門家だけでなく、制度的な仕組みづくりに造詣の深い法律専門家が積極的に参加しており、プライバシー対策の国際標準化に大きく寄与している。
日本のスマートシティの海外事業展開を推進するためには、オランダの事例を参考にしながら、ビッグデータ利活用を支えるセキュリティ/リスク管理対策を整理してパッケージに組み込むことが必要だろう。
次回は、昨今話題になっているサイバーセキュリティとビッグデータ利活用の関係を取り上げる。
著者者紹介:笹原英司(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身、千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所などでビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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日本クラウドセキュリティアライアンス ビッグデータユーザーワーキンググループ:
http://www.cloudsecurityalliance.jp/bigdata_wg.html
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