費用対効果は? ナレッジは誰のものか? 「IBM Watson」の課題:Weekly Memo(2/2 ページ)
AI(人工知能)技術を活用した「IBM Watson」が日本語で利用できるようになり、日本企業のデジタル化が大きく進みそうだ。一方で課題もある。筆者なりに2つ挙げておきたい。
蓄積されたナレッジは“共有資産”になるか
3つ目のコメントは、日本IBMの吉崎敏文 執行役員ワトソン事業部長が語ったWatsonの今後の普及に向けた最重要ポイントだ。
「Watsonのアプリケーションがどんどん利用されるようになると、企業ごとや業界ごとにナレッジが蓄積されていく。その蓄積されたナレッジこそが、企業や業界にとっての競争力の源泉になる。今回の日本語サービスの提供開始を機に、日本でも各業界をけん引する企業にどんどんWatsonを使っていただき、ナレッジの蓄積を進めていきたい」(吉崎氏)
ちなみにIBMはナレッジの集合体を「コーパス」と呼んでいる(図参照)。このコーパスという言葉もWatsonをめぐるキーワードとして覚えておいたほうがよさそうだ。
さて、一方で筆者が気になったWatsonの課題とみられる点というのは、タイトルにも挙げているように、「費用対効果」と「ナレッジは誰のものか」の2点である。
まず、費用対効果については、これからWatsonの活用が本格的になっていくにつれて結果として表れてくるだろうが、現時点で明確になっている事例を筆者は見たことがない。それというのもさまざまな分野で効果のほどは期待も含めて事例が示されつつあるが、どれだけ費用がかかっているか明らかにされていないケースがほとんどだからだ。今後、費用対効果という点で明らかなユーザーメリットを示していけるかどうかが、Watson普及のカギとなりそうだ。
もう1つのナレッジの扱いについては、先述した吉崎氏の話の延長線上にあり得る課題だ。どういうことかというと、個々の企業がWatsonを使って蓄積するナレッジはその企業が所有するものになるだろうが、それで例えば業界としてのナレッジが蓄積されるのか。すなわち“共有資産”として、さらに言えば“公共資産”としてナレッジを活用できる形になるのかどうかだ。加えて言えば、IBMが所有するWatson活用のノウハウにおける権利も発生するだろう。
果たして、そうした共有あるいは公共の資産形成を考えたとき、そのナレッジは誰のものになるのか。もし企業にとって競争力の源泉になるならば、どこも外部に出そうとしなくなるのではないか。そんな疑問が頭に浮かび上がってきたので、会見後、吉崎氏に聞いてみた。すると次のような答えが返ってきた。
「個別の企業がWatsonを使って蓄積したナレッジは、基本的にその企業の所有物になる。ただ、当社側のノウハウに関わる部分もあるので、実はナレッジの扱いについてはそれぞれの契約で詳細に取り決めている。グローバル企業の中には、自らが蓄積しているナレッジそのものをビジネスにしようとしているところもある。いずれにしても、私たちとしては蓄積されるナレッジを業界ごとの共有資産としても生かせるような環境づくりにも注力していきたいと考えている」(吉崎氏)
この話はナレッジの所有権にとどまらず、その運用管理体制を含めて、もっと大きな議論のテーマになりそうな気がする。なぜならば、熟成されたナレッジは非常に高いビジネス価値になり得るからだ。IBM流に言うならば「コグニティブビジネス」時代を迎えようとしている中で、ナレッジを活用する基本的な仕組みについては注意深く見ておきたいところである。
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