リスクを取って砂漠の中のオアシスを見つける、それがビジネス成長――アプレッソ 代表取締役社長 小野和俊氏:長谷川秀樹のIT酒場放浪記(4/4 ページ)
安定したエンジニア生活から一転、アプレッソに代表取締役として引き抜かれ、ベンチャーの荒波にもまれることになった小野氏。「心が動いたらブレーキをかけない」をポリシーとする小野氏が編み出した、一点突破でスキルを伸ばしていく“ラストマン戦略”や、事業成長の見極め方、エンタープライズソフト市場の価値構築法とは?
ビジネスの価値を高めるエンタープライズ系ソフトの真価追求
長谷川: MBOの後、事業の転機といえば、2013年のクレディセゾングループ入りですよね。正しくはセゾン情報システムズの子会社になったということですよね。なぜ業務資本提携を受けることになったんですか。
小野: シンプルにいえば、VCへの償還期限が来たからですかね。当時で通常8年のところ、ITバブルもあってアプレッソも10年になっていて、ちょうどその期限が来るところだったんです。
それで、資本政策として、一般企業と同じようにIPO(新規上場)またはM&Aによるエグジットを検討していまして。そこにセゾンさんとのお話があって、話が進んだというわけです。
以前から、セゾンが持っているファイル連携の「HULFT」とデータ連携のDataSpiderを組み合わせたら面白いだろうと思って、開発や営業などでも協力関係を築いてきたので、自然な成り行きでした。
長谷川: もう1つの選択肢であるIPOは考えなかったんですか。
小野: ええ。実はエンタープライズ系のソフトウェアって、株価がつかないんです。ネット系が300億円とかつくのに、エンタープライズ系は「終わった」と思われているんですよね。株価ばかりじゃないですよ。かつてソーシャルゲームバブルの時には、いろんなVCから「まだ“エンタープライズ”やってるの?」って言われて落ち込んだこともありました。
でも、やっぱり僕はエンタープライズ系が好きなんです。HULFTもそうですが、地味で堅実。それでビジネスを支えて価値を高めているわけです。ITって、エンターテインメントばかりでなくて、やはり「役に立つ」というのが最も大きな価値だと思うんですよ。
長谷川: ああ〜、僕もそれは同じだなあ。質実剛健な気質とか、文化は好きですね。だから、この業界をもっと元気にしたいと思いますよね。
小野: そう、僕はエンタープライズ側の人間として、流行に振り回されるんじゃなくて、作り上げた作品を実直に磨き上げていくことで、普遍的な価値を提供したい。「不易流行」という言葉がありますが、それがエンタープライズ再興の鍵だと思っています。つまり、目的や提供する価値を変えることなく、向上させながら、クラウドなどの新しい仕組みにも対応していく。先日「HULFT IoT」を発表したばかりです。
長谷川: えっ、そうなんですか。それは詳しく聞きたいですね。
小野: それはまたあらためて説明に伺います(笑)。とにかく堅実な実績あるものを新しい物につなげることが楽しくて仕方ないですね。逆に実体のないチャラチャラしたことには興味がないんです。
長谷川: その辺りはすごくシンパシーを感じますね。ちなみに、資本提携でセゾン以外にはアプローチはなかったんですか?
小野: 実は大手ネット企業からのオファーがありました。でも、それは小野個人に対するCTOへのオファーに近いところがあって、ソリューションとしてのDataSpiderは振り回される気配が濃厚だったんです。もしかすると消される可能性もあるかもしれませんし。だから、質実剛健にコツコツやるエンタープライズの文化の中で大事にしてもらえる方を選んだわけです。
長谷川: 小野さんがセゾン側のCTOにもなって、アプレッソの文化も消さずに変わらずにいられそうですしね。
小野: はい、それはマストでしたから。その上でHULFTとDataSpiderの融合によって、エンタープライズにおけるシナジー効果を上げていきたいと思ってます。
ちょっとここでは詳しくはお話できませんが、あと「小野×セゾン」でも、いろいろ期待される役割も広がってきているので、まずは社歴や事業内容を勉強しているところです。他社のカードを研究したりね(笑)。
長谷川: おお、それはまたクレジットカード談義もしたいですね。僕も実はけっこう好きで、個人的にも研究しているんですよ。
小野: いいですね。いま、カードビジネスについてもイノベーションを起こせることであれば、貪欲に連携したいと思っているんです。ぜひ、情報やアイデアをいただければうれしいですね。
“エンタープライズの逆襲”を同時多発的に!
長谷川: 話を戻すと、僕も自分の経歴、経験からいくと、やっぱりエンタープライズソフトウェアだなと。中でも小売業向けのPaaSを作りたいと思っています。
小さいところはパッケージソフト、大きいところは元の姿が見えないくらいカスタマイズって、二極化しているんです。それをフロントとエンジンで分けて、エンジンの方をAPIという形で提供できれば、自由度を担保しつつ、好きなように構築することができるでしょう。そうすれば、業界的にも生産性が飛躍的に向上すると思うんですよね。
小野: それは「リテール・アズ・ア・サービス(RaaS)」というしい概念のサービスになりますね。
そういえば、シリコンバレーのインキュベーター「Plug and Play Tech Center」が掲げる3大テーマって「IoT」「FinTech」「Brand & Retail」でしたよね。
長谷川: そう。僕も夏にPlug and Play Tech Centerを訪問した時、ChatWorkの山本社長にいろいろとPlug and Play Tech Centerの方々を紹介していただいて「こんなにリテールの世界って大きな可能性を秘めているんだ」と再認識したところだったんです。
小野: いいですね、いいですね。ぜひ、やっていただいて、エンタープライズ系ソフトを活性化しましょうよ。“エンタープライズの逆襲”、ぜひともリテール業界でも同時多発的にやっていただければ心強いです。
長谷川: もともとこの構想には、僕自身の業界内での紆余曲折が起点にあるんですよね。
米国の大手リテールに多数導入されていた「リテック」という販売システムの営業をしていたことがあったんです。200億円以上の企業が対象で、パッケージライセンスとSI費用で最低でも数億円するというシロモノだったんですが、とにかくカスタマイズしないと使えなくて、時間もコストもすごくかかったんです。
小野: それは苦い経験ですね。それで東急ハンズでは、自社開発を基本にされていたんですね。
長谷川: その通りです。パッケージのカスタマイズというのに不信感があったんですね。
とはいえ、やはり再利用は便利だし、スピードにもつながる。ネット系のAPI利用にも刺激を受けたこともありますが、揺り戻しがあって、両者の“いいとこどり”ができないかと思っているんです。
小野: なるほど。そこまで明確な構想があるなら、早々に事業化すればいいじゃないですか。どんな事業もスタートして成熟させるまでには最低5年はかかるといいますよね。それに「構想」にはやはり賞味期限があると思うんです。
長谷川: なんだか、さっきからアジテーションされているような……。
小野: いや、僕のポリシーは、「心が動いたらブレーキをかけない」ですから! 本気でいいなと思っているんですよ。ソラコムさんもそうですが、人ごとだから客観的に価値も見えるし。長谷川さんの考える“RaaS”の構想も、熱いうちに実現すべきだと思いますね。
長谷川: ああ、なんかドキドキしてきた(笑)。どちらがゲストなのか分からないことになってます……。
小野: 僕自身、DataSpiderを思い付いたのは、EAIの“使えなさ”へのいら立ちがあったからなんですよね。で、多分、そういう人は山ほどいたと思うんです。でも、形にしたのは僕だけだった。それがいま、DataSpiderとなって評価されているわけで。
アイデアが熱いうちに打つことは大切だと思うんですよ。あと、いま慕ってくれる人に遠慮することも大切ですが、も、スタートして、それを面白がってついてきてくれる人も出てきて、ドラスティックな事業展開ができるの方が、よりたくさんの人を幸せにできる気がしませんか!?
長谷川: くわ〜、ここまでぐいぐいこられたのは、これまで26回続けている居酒屋対談で初かもしれませんな……(笑)。
小野: 大学時代弁論部の部長でしたから、アジテーションは癖なんですよ(笑)。っていうわけじゃなくて、本当に心からそう思っています。僕自身もセゾンに入って、その中でITの技術が一番分かる“ラストマン”として、いろんなイノベーションに関わろうとしているところで、仲間がほしいんです。
長谷川: 流通と決済って隣接していますし、エンタープライズソフトを軸に、さまざまなイノベーションを起こすべく、ぜひ、切磋琢磨し合ったり、協力し合ったりしていきたいですね。
小野: ぜひよろしくお願いします。次は決済をテーマに話しましょう。
長谷川: そうですね。今日はほんとうにありがとうございました。
ハンズラボ CEO 長谷川秀樹氏プロフィール
1994年、アクセンチュア株式会社に入社後、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。2008年、株式会社東急ハンズに入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業の責任者として改革を実施。デジタルマーケティング領域では、Twitter、Facebook、コレカモネットなどソーシャルメディアを推進。その後、オムニチャネル推進の責任者となり、東急ハンズアプリでは、次世代のお買い物体験への変革を推進している。2011年、同社、執行役員に昇進。2013年、ハンズラボを立ち上げ、代表取締役社長に就任。(東急ハンズの執行役員と兼任AWSの企業向けユーザー会(E-JAWS)のコミッティーメンバーでもある。
【取材・執筆:伊藤真美】
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