リスクを取って砂漠の中のオアシスを見つける、それがビジネス成長――アプレッソ 代表取締役社長 小野和俊氏:長谷川秀樹のIT酒場放浪記(3/4 ページ)
安定したエンジニア生活から一転、アプレッソに代表取締役として引き抜かれ、ベンチャーの荒波にもまれることになった小野氏。「心が動いたらブレーキをかけない」をポリシーとする小野氏が編み出した、一点突破でスキルを伸ばしていく“ラストマン戦略”や、事業成長の見極め方、エンタープライズソフト市場の価値構築法とは?
事業成長のため、恩人と袂を分かつ
長谷川: あれ、元の出資者の方はどうなったんですか? その方に長谷川さんも誘われていらっしゃったんですよね。
小野: 2003年に長谷川が社長になるタイミングでM&Aのコンサルタントに入ってもらい、MBO(マネジメント・バイアウト)という形をとって、出資者の方とは別々の道を歩むことになりました。
長谷川: えっ、それはいろいろと大変だったんじゃないですか。
小野: まあ、いろいろありましたが……。ベンチャーキャピタル(VC)などの第三者から出資を受けるにあたり、企業としての公平性、妥当性は大変重要なポイントとなることがよく分かりました。つまり、事業を実際に行う人が責任を担い、成功に伴うリターンを受け取る、それができていないと企業の成長は望めないだろう、というわけです。それで元の出資者さんにもご納得いただくことができました。
長谷川: なるほどね、やっている人が頑張れる環境というのは、出資する側にとっても重要ということなんですね。
小野: そうですね。僕はお金には執着しない方ですが、事業の成長に絶対にブレーキをかけたくなかった。個人的な理由で経営に非合理的な判断が入ることは、どうしても避けたかったんです。
長谷川: 自分で責任持って事業をハンドリングしようとすると、その壁にぶつかりますよね。顧客や自分が採用したメンバーに「NO」を言われるのはつらいけど、合点がいく。でも、出資者から個人的な横やりが入るとなれば、僕もやはり闘いたくなるだろうな。とはいえ、その横やりが元の恩人からだったりすると、「お世話になったから」と義理を感じてしまうのも人間ですからね。
小野: そうですね。おそらくあの時のMBOが成功したのは、僕が「こうしたい」と主張するのではなく、VCなどの第三者が入ることで、事業の公益性や組織の公平性に対する妥当性が担保されたからではないかと思います。
長谷川: 岡目八目じゃないけど、冷静に人ごととして客観視すれば、適正なバランスが見えますもんね。
小野: ええ、例えば、ソラコムの玉川さんが古巣のAWS(Amazon Web Services)を卒業したことって、「自分のため」ではなくて、「社会に新しいサービスを生み出すため」だと思うんです。イノベーションが起きる時って、ピピッときた人がやるのが早いと思うんですが、そこに他の人への遠慮や気遣いが入ることで減速するとしたら、社会にとっては大きな損失だと思うんですよね。それをAWSの皆さんにも理解してもらえたから、温かく卒業式まで上げてもらえた。
長谷川: ASCII.jpでも「玉川、AWSやめるってよ!」って記事になってましたもんね。
小野: もちろん、玉川さんも丁重な姿勢で臨んだんだと思いますよ。僕も個人資産を投じてくれた元の出資者には感謝していましたし、それに見合うような見返りを提供しないといけないと思っていました。
長谷川: 小野さんのその経験は、企業内で事業を立ち上げてMBOを考える人や、出資を受けてベンチャーを起業した人とかに、参考になりそうですね。
小野: 24歳で何も知らずに出資者がいる会社の代表取締役になった身としては、スタートアップ時の資金面での苦労をしなかった代わりに、恩人と袂を分かつ際の痛みを経験したというところでしょうか。
結果オーライで、当時の自分の選択に後悔はないのですが、もしこれから起業するならば、まずは自分の自由度を下げない範囲で始めたいですね。
長谷川: なるほど。でも、VCなどの出資ってファイナンス面じゃなくて、「有名なVCが出資したスタートアップ」というマーケティング的な側面があるじゃないですか。
小野: うーん、僕には自分の自由度と引き換えにするほどの価値は感じられないですけどね。例えば長谷川さんなら、「あのAWSを使い倒した人が!」というので十分だと思いますよ。何もない学生ベンチャーならともかく、ブースター的なマーケティング効果なんて、先ほどの砂漠の例えでいえば、「水筒を溢れさせている」ようなものだと思います。
長谷川: うわ〜っ、臆病者ってことですかっ? なんだか、アジテートされている気分になってきた(笑)。
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