20年後のIT業界は隆盛か衰退か? 身に付けるべき力とは?――楽天 執行役員 楽天技術研究所 代表 森正弥氏:長谷川秀樹のIT酒場放浪記(3/4 ページ)
最先端の研究とビジネスをマッチングさせ、“半歩先行く”楽天の顧客体験を支える楽天技術研究所を率いる森正弥氏。その個性豊かな研究者たちをまとめるマネジメント術や、インターネットビジネスとITの未来を見据えた価値創出策とは?
「楽天カード」に見るカード事業の展望とは
長谷川: ところで、ちょっと話が変わりますが、森さんが入社された頃から「楽天カード」ってあったんですか?
森: ええ、まだその前身で「楽天KC」でしたが。「King of Card」という強そうな名前の(笑)。
長谷川: えっ、KCってそういう意味だったんですか。初めて知った。
森: そうなんですよ。当時からカード事業には、これから大きく発展しそうな期待感が社内に満ちてましたね。いまも会社の中で一番元気のある部署の1つです。
信販系の福岡チームと東京に新しくできた楽天側の開発チームがいい感じで融合して、さらには、2010年の社内英語化に伴って、さまざまな国からの優秀なエンジニアを確保できたのもよかった。そうしたチーム作りをけん引したのは、元アクセンチュアの後輩なんです。
長谷川: ほっほう、優秀な後輩がいるというのは、誇らしいですね。うちの息子も「楽天カードマーン♪」って歌ってますよ。
森: ありがとうございます。あれは、ミッションクリティカルな金融のレガシーシステムに、例えば「スマートペイ」や「楽天ポイントシステム」のような新しいO2Oサービスを連携させたのもよかったんですよね。それでカードサービスにさまざまな付加価値が付いて、窓口も広がって、全体として魅力的なサービスになった。
長谷川: 決済という部分でかなり強いポジションを得たと思うんですが、今後はどうしていこうとか、展望はあるんですか?
森: 決済回りでいえば、例えば決済手段を一括してマネジメントするとか、そのあたりは今後もやりようがあるでしょうね。
あと、いままでは隠れた部分だったのが、スマホアプリになったりしてユーザーエクスペリエンスに直結する恐ろしい領域になったので、かなり力を入れていかなければならないと思っています。
消費者指向はパーソナライズの時代へ “100万人100万様”のサービス提供を
長谷川: 楽天さんって、売り方が“体育会的”というか、メルマガも多いし、ページも長い、がんがん「こんなのどうですか?」って来ますよね。好き嫌いはあると思うんですが、ついつい買っちゃう。
その一方で、世の中的にはパーミッションマーケティングなんかの動きもあって。今後はどうなっていくんでしょうか?
森: 1つ大きな課題は、「パーソナライズ」でしょうね。出し方はもちろん、その量や頻度、内容など、至るところに「個人の好き嫌い」があり、多様な選択肢の中で、誰もが自分の選択肢を殺さなくてもよくなってきた。消費者の指向性が「自分には自分の好みがある」「自分なりのままでいい」という個別化された時代になってきてきます。
そんな中で、システムには、100万人いたら100万様の対応ができるサービスを実現することが求められてきています。そのためのデータ活用やプラットフォームやUXや。そこを目標に、うちもスタートを切りましたが、まだまだゴールは遠いですね。とにかくユーザー側の変化が激しいので、しばらく苦難の道が続くと思います。
長谷川: ユーザーの評価とか、面白い活用ができそうですよね。評判がいいところが検索上位にくるとか、自分の知りたいことに合った評価が表示されるとか。
「食べログ」とか、感性や好みが合うなというレビュワーがいるんですが、その人が勧めるレストランはドンピシャヒットするんですよ。
森: ええ、そのあたりはけっこう積極的に研究していますね。自分の趣味に合ったものもそうですが、逆に僕個人は、「評判の悪い映画」をレコメンドしてもらえると面白いなとか(笑)。そういうの好きなので。
長谷川: 確かに「おいしさ」「安さ」だけじゃなくて、「店主が面白い店」とかいろんな指標で評価してほしいですよね。
森: 個人的には「評判の分析」って人生をささげてもいいくらいのポテンシャルを感じている分野なんです。
2015年は、量は売れていないけどすさまじく高評価の「おせち料理」「バレンタインデーチョコレート」「お歳暮の贈り物」などを、数多ある商品から自動的にピックアップする技術を活用して特集にしたんですけど、反響がとてもよくて。こういう「いいもの・いい商品を発掘していく技術」は大切だなあ、と実感しました。
どうしてもインターネットの世界だと、水平化して低価格ばかりが目立ちます。でも、目立たないけどいいものを別の切り口から発見し、紹介していくことが必要だと実感しましたね。すでに技術的にも可能になっているので、今後はそうしたことにも力を入れていきたいと考えています。
長谷川: いいですねえ、まさに僕も次の“IT人”の役割ってそこにあるように思うんですよ。価格の比較とかって、いわば四則演算の世界じゃないですか。でも、それができないところに技術を投じて新しい価値を提供できたら、そりゃあ楽しいですよね。
森: リピート購買の研究なんかも興味深いんですよ。初回は製品そのものの価値より、広告やサーチの最適化なんかでいい数字が出たりするんです。
でも、リピートの頻度や割合、理由などの分析で、製品の「本当の価値」が見えてくる。例えば、10個しか作らないおせちは評価の数も10です。でも、毎年10人ともリピートしているとしたらすごいでしょう。そういう商品を紹介するのは、必ずしもすぐには大きな売上に貢献しないかもしれないですけど、社会的な使命感はあると思うんです。研究もしていて楽しいですし。
長谷川: さらにそれが個人の好みとフィットしていたら、超ニッチな製品とも出会えるし、消費者もハッピーですよね。
森: そうでしょう。あと作家の平野啓一郎さんがおっしゃる「分人」という概念も面白くて、人っていろんな顔を使い分けて消費活動を行っているんですよ。仕事とプライベートも違うし、人のためにモノを買う自分と自分のためにモノを買う自分って違う。そのデータが混ざっちゃうと、よく分からない人になる(笑)。
だから、パーソナライズが進んで、仕事とプライベートでモノを買う画面が変えられると、便利で楽しいことになるんじゃないかと思います。Facebookあたりがやり始めたら、すごいことになりそう。
長谷川: 俺もブラックなことつぶやきたいときがあるけど、名前と社名を背負っているから言えなかったりするし。裏アカウント作ろうかな(笑)。
森: 気分で分けられるのも「アリ」なんじゃないですか。つぶやかなくても、閲覧するものなどで個人情報ってどんどん蓄積するし、「楽しい気分のアカウント」には楽しいものばかりが、「ワイルドなアカウント」にはワイルドなものがレコメンドされる、みたいな。
長谷川: 脳波でピーッと測ってとか(笑)。
森: それ面白いですけどね。けっこう脳波ってノイズが出やすくて、正確に測定するの大変なんですよ。
関連記事
- 連載:「長谷川秀樹のIT酒場放浪記」記事一覧
- 人工知能で不動産ビジネスを変える――楽天出身のベンチャー「ハウスマート」の挑戦
IT化や効率化が遅れ、ユーザーの利益を優先できない構造になってしまった不動産業界。そんなビジネスモデルを変えようと挑戦する「ハウスマート」。その代表を務める針山さんは、不動産業界を一度離れ、IT企業に勤めたことで得た経験から起業に踏み切った。 - プロ経営者 松本晃会長の下、現場では何が起きていたのか――カルビー大変革の舞台裏
日本を代表するプロ経営者として知られるカルビーの元会長、松本晃氏。同氏がカルビーの経営に大なたを振るったとき、人事やIT部門はどんな施策でそれに対応しようとしていたのか。現場の取り組みに迫った。 - 経営の数字を変えないIT投資は意味がない ライザップIT部門のトップが語る「これからの情シスの役割」
「システム投資をする上で私自身がとても重要視しているのが、経営の数字をいかに変えていくか”。これを徹底してやってきた」――。これがライザップのIT部門を率いる岡田章二氏のポリシーだ。同氏は難しいといわれる“経営と一体化したIT投資”をどうやって実現しているのか。 - 日本のCIOは「CxO四天王の中で最弱」? この状況はどうしたら変わるのか
クックパッドの情シス部長とITコンサルの、「これからの情シスはどうあるべきか問題」を語る対談の後編。テーマはこれからのIT部門の役割や、攻めの情シスについての考え方、日本の「CIO不在問題」はどうすれば変わるのか――。2人の意見はいかに。 - 変化に強いシステムを目指し、マイクロサービス、サーバレス、内製化に挑戦 最先端技術に挑むダイソーの情シスたち
市場環境の変化が速い小売業界で勝ち残るためには、システムも変化に柔軟に対応できるものでなければならない。ならばマイクロサービス、サーバレス、内製化に挑戦しよう――。そんな大創産業の情シス課長、丸本健二郎氏の挑戦を追った。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.