CSIRT小説「側線」 第10話:シンジケート(前編):CSIRT小説「側線」(3/3 ページ)
機密情報を失いかねない危機にさらされたひまわり海洋エネルギー。海外でも同じ手口のインシデントが発生していることを知ったインベスティゲーターの鯉河平蔵は、インターポールで詳しい話を聞くためにシンガポールに飛んだ。
@チャンギ国際空港
空港に着いた鯉河は、出口で迎えの人をすぐに見つけた。太っている男だ。
「こんにちは。お世話になります。鯉河です」
太った男は笑顔で応えた。
「シンガポールへようこそ。デーブ奥須(でーぶ おくす)です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。デーブさんはこちらの人ですか?」
デーブは名刺を鯉河に渡した。そこには奥須美津雄と書かれていた。
「いいえ。純粋な日本人です。こちらの習慣に合わせて最初はニックネームとして、biz奥須(びず おくす)と紹介していたのですが、ほら、この身体ですので、誰もbizとは呼んでくれずにデーブと呼ばれています。失礼なことに、最近ではさらに短縮されてデブオクスと呼ばれる始末です。あっはっはー。でも仕事は速いですよー」
陽気な男だ。デーブはその名称はまんざらでもないようだ。
「ところで鯉河さんはシンガポールは初めてですか?」
駐車場の車に向かいつつ、デーブが聞く。
「いや、何回か来たことはありますが、来るたびに大きくなっていますね」
「はい。今は第5ターミナルの建設中です。2025年開業を目指しています」
感心しながら鯉河が言う。
「チャンギ空港はシンガポールの国としての意気込みを感じます。前回、来た時に説明していただいたのですが、エアラインが利用する空港事務所には空港のサービスとしてセキュリティ監査サービスが付いていると聞いています。不適切なところがあれば指摘していただけるようです。
また、これはあってはならないことですが、航空機の事故の場合などの、家族や関係者の待機部屋も無料で用意されていて、不安な気持ちの家族を支えるための心のケアをする医師もいるそうです。あらゆるサービスを空港の付加価値として提供してシンガポールをアジアのハブとして機能させる、という目標と実現スピードには感心するばかりです」
用意された赤い車に2人は乗り込み、デーブが話す。
「シンガポールは水の問題があり、いままでマレーシアから水を輸入していたのですが、今では海水を淡水化する技術も進んでおり、自国でまかなえる日も遠くないです。車についてはごらんのように渋滞が日常であり、車の税率を非常に高くして自家用車を抑制しようとしているのですが、なかなか解決しません」
しばらくして、インターポール事務所に到着した。インターポールは、2015年4月にサイバー犯罪対策に特化した組織「IGCI」がシンガポールに開設されている。もともとインターポールは現実世界の国境を超えた犯罪の捜査や捜査協力を行ってきたが、国境を超えたサイバー犯罪の脅威が増大する現在、これに対応すべき超国家的組織が必要であるというのが設立理由だ。
ちなみにIGCIの初代総局長が日本人であることはあまり知られていない。
【第10話前編 完 後編に続く】
イラスト:にしかわたく
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