収益力を考えた価格管理は何を優先すべきか:データで導くプライシングの技術(4)
今稼ぐ力を最大化するための価格管理において何を優先すべきだろうか。価格決定に影響する要素から何をどう優先するかその判断指針を整理する。
本連載は「両利きの経営」の実現に向け、DX推進などの新しい取り組みと合わせて、いま「稼ぐ力」を高めるための施策の1つとして、データを駆使して合理的なプライシング(値付け)を実現する技術を紹介していきます。
記事はプライシングの意思決定が難しい題材の1つとして長いサプライチェーンと長期間のアフターセールスでのサポート期間を持ちながら、周辺環境の変化や多用な競合製品の影響を受けやすい自動車OEMメーカーと自動車部品を例に考えていきます。第1回は現在の価格決定の課題を、第2回はBtoB商品の価格決定ロジックの考え方を、第3回は市場状況の変化が激しい現代において、周辺環境を加味した価格決定やモニタリングを継続する意義、立場別で見た価格決定交渉の要点とITソリューション活用に向けた環境整備の考え方を見てきました。
前回までは、アフターセールス領域の価格管理・価格施策を中心に、「価格最適化ソリューション」(Pricing Solution)の有効性を論じてきました。
製品の製造から市場投入に至るまでの事業プロセスの収益性の度合いを表す「スマイルカーブ*1」でみると、アフターセールス領域は、企画・開発と並んで収益性の高い事業としてカーブの両端を担う事業領域です(下図の右グラフ)。
収益性向上の施策を検討するに当たっては、「聖域」とされやすい企画・開発領域よりも着手しやすいと考えられるため、さらなる高収益化を考える上では「主戦場」と言えます。
また、顧客接点の面では、アフターセールス領域は、「両利きの経営」における「探索(Exploration)」として、新規事業を検討する糸口にもなり得ます。
*1 スマイルカーブ:製品の企画・開発から市場投入までの事業プロセスの収益性の度合いを示す曲線グラフ。収益性を縦軸に、事業プロセスを横軸にしたグラフで、企画・開発などの「川上」事業の収益性が高く、加工・組み立てなどの中間事業は収益性が低く、販売やメンテナンスなどの「川下」事業は再び収益性が高くなるとされ、曲線がU字形になり、笑顔のように見えることからスマイルカーブと呼ばれる。
ここであらためて前回までのキーワードを総括しておきましょう。
- 価格に最も影響する要因・価格交渉力としての「競合度」(競合製品:Competitive Products/純正製品:Captive Products)
- ベンチマークするべき「同等モデル用の同等部品」(アップルトゥアップル〈Apple to Apple〉問題の解消)
- 品目の仕様(Spec)や機能の複雑性に対応した価格設定「スペックウォーク」(Spec-Walk)
- 品目の適用モデル価格に対応した価格設定「モデルウォーク」(Model-Walk)
- プレミアムといった消費者心理を考慮した「価格設定」(Pricing)
- 顧客価値を反映した「価格ドライバー」(DRIVER)の設定(ビジブルかインビジブルか)
- CASEのE(電動化)とA(自動運転)、共用部品比率の増加、地域別価格設定(Local-Pricing)への対応
- コスト変動や不採算をリアルタイムにモニタリングする価格観点の採算管理
- 価格施策の分析対象品目スコープと分析優先順位の考え方
- 価格管理のITソリューションによる効率化、高度化、精緻化の期待効果
既存事業の収益回復・維持を図る「深化」(Exploitation)を、価格ソリューションでどう実現していくかを、ご自身の事業の将来を想像しながら読み進めていただければ幸いです。
最終回の本項では、これまで述べてきた考え方をベースに、「価格管理や採算管理のプロセスを刷新し、価格施策を実行に移す際の対象スコープと優先順位の考え方」を紹介します。
筆者紹介
石井元毅 PwC シニアマネージャー Industrial Products & Auto
製造業界を中心に多岐にわたるプロジェクトに従事。プロジェクト企画構想から、日本・海外へのシステム導入支援、要件定義〜開発管理、システム稼働後のBPR・組織再編の支援など、大規模かつ長期にわたるプロジェクトを数多く経験している。大手製造業むけ基幹業務および価格管理・販売管理プロジェクトをリードする。PwC製造業部門の価格管理Solutionの主担当として活動中。
奥村健一 PwC シニアアドバイザー Industrial Products & Auto
36年余の日系自動車OEMに勤務。AS部門でのビジネスプラン、価格戦略、SCM関連業務の経験が比較的長く、加えて新システム企画・開発・導入および物流改革プロジェクトマネジメントも複数回遂行。またグローバル経験も豊富で、欧州に10年、インドに2年駐在した。特にインドでは日系自動車OEMの新配給店のアフタセール総責任者(VP)としてオペレーション、システムの立ち上げ、および事業管理を担った。PwCでは主にAS価格戦略Projectを担当。
山西知之 PwC シニアマネージャー Industrial Products & Auto
日系自動車メーカー、グローバルコンサルティングファーム、独系自動車メーカーを経て現職。約20年にわたるインダストリーとコンサルティング経験を通じて自動車業界に精通。アフターサービスパーツの戦略的価格改定、自動運転モビリティサービス事業立上げ支援、インド市場調査を含めた新規参入サポート、独系OEMでのDealer Management System(DMS)刷新/改修、Ideal Network Planning(INP)、販売店標準会計基準改定、ディーラースタンダート改定/監査など構想から実行まで多数のプロジェクトをリード。
戦略に基づく価格施策の実行が“絵に描いた餅”とならないように、対象の選定やその前提情報の分析をどういう優先順位で絞り込み、現実的な施策遂行と期待効果の刈り取りにつなげていくかを、事例をベースに解説します。
価格施策の分析対象品目スコープと分析優先順位の考え方
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