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日清食品グループはいかに「デジタルを武装」したか 改善点を洗い出す、現場主導の組織づくりDX Summit14 レポート(1/2 ページ)

日清食品グループは、徹底的に改善点を洗い出してデジタル化を推進することで、年間10万時間にあたる業務工数を削減した。現場主導の組織づくりについて具体的な手法を紹介する。

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 日清食品グループは、デジタル化推進専門組織を編成して現場主導のデジタル化推進に拍車を掛けている。その状況と背景について、日清食品ホールディングス 情報企画部 デジタル化推進室 兼 日清食品 ビジネスソリューション本部 ビジネスストラテジー部の山本達郎氏が語った(所属部署は講演当時。2023年3月から日清食品ホールディングス 情報企画部 デジタル化推進室 室長)。

本稿は2022年11月8日に開催されたITmedia主催のデジタルイベント「DX Summit vol.14 『本当に成果が出る』DXの進め方」における同氏講演「“DIGITIZE YOUR ARMS” 現場主導のデジタル化推進と組織づくり」を基に編集部で再構成した.

IT部門任せにしない、デジタルを活用する「現場主導の組織づくり」

 日清食品グループは、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)経営の実現に向けた事業構造改革の一環として全社活動テーマ「NBX」(NISSIN Business Transformation)を掲げ、ビジネスモデル自体の変革に加え、効率化による労働生産性の向上に向けたさまざまな取り組みを進めている。

日清食品ホールディングスの山本氏

 山本氏は、「日清食品グループは、労働生産性の向上を図るため、現場主導でデジタル化を推進している。そのきっかけとなったのは強烈なトップメッセージだった」と振り返る。「経営トップ自らが『DIGITIZE YOUR ARMS(デジタルを武装せよ)』のメッセージを全社に向けて発信することで、IT部門任せでなく従業員一人一人が自主的に業務を見直し、自らデジタルを勉強して活用する組織文化の形成、意識改革の必要性を訴えている」(山本氏)

 そうしたメッセージと活動の重要性が社内報や朝礼などで繰り返し伝えられ、従業員の意識改革や行動変容を促したという。

図1 経営トップから発信されたスローガン(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)
図1 経営トップから発信されたスローガン(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)

 現場主導でデジタル化を推進する背景としてRPA(Robotic Process Automation)やローコード/ノーコード開発ツールの台頭によって、誰もが業務の自動化やシステム開発に取り組める環境が整ったことを挙げた。日清食品グループはRPAツールの「UiPath」やサイボウズのローコード/ノーコード開発ツール「kintone」、Microsoftの「Microsoft PowerApps」を活用することで、IT部門のみならず非エンジニアである現場で働く従業員自らがRPA開発、アプリ開発にチャレンジし、業務の自動化や社内書類のペーパーレス、ハンコレス化に取り組んでいる。

図2 日清食品グループが採用している主なツール(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)
図2 日清食品グループが採用している主なツール(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)

年間10万時間の削減効果

 日清食品グループは、現場主導でデジタル化を推進した結果、年間28万枚分の書類のペーパーレス化と合わせてハンコレス化を達成した。決裁の稟申から承認までにかかる時間の大幅な短縮をはじめ、約500業務で年間約10万時間の業務工数が削減された。同社は、こうした取り組みは今後も拡大すると見込む。

 山本氏は、kintoneを用いたアプリ開発の事例を紹介した。「2020年2月、日清食品グループは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受けて国内で働く約3000人を原則的に在宅勤務へ移行させた。この移行に伴ってペーパーレス化やハンコレス化が必要になったことが、日清食品グループでkintoneによるアプリ開発が普及するきっかけとなった」

 当初こそIT部門中心だったが、やがて非IT部門の担当者が自らの業務を効率化するアプリを開発することで、ペーパレス化、ハンコレス化が進んだという。こうした取り組みは、年に1回開催される社内表彰制度「NISSIN CREATORS AWARD」で、創造性や会社への貢献度を評価されて優秀賞を受賞した。現在も、社内各セクションでkintoneによるアプリ開発が進められている。

現場主導のデジタル化を推進する専門組織の立ち上げ

 RPAやローコード/ノーコード開発ツールを活用した現場主導のデジタル化推進によってシステム開発の内製化が進み、短期間かつ低コスト開発が実現し、急激な事業環境の変化にもスピーディーかつ柔軟に対応できるようになった。また、現場で働く従業員によるRPA開発、アプリ開発が進んだことでIT部門はシステム間連携などを要する、より高度なアプリの開発に取り組めるようになった。今後はモバイルアプリの開発を進め、どこにいても業務ができるような環境を構築していく。こうした一連の取り組みによる成果に手応えを感じた日清食品グループは、推進力をより強化するため、2021年10月、IT部門である情報企画部内に「デジタル化推進室」を新設した。

 デジタル化推進室の全体統括は山本氏が務め、「ローコード/ノーコード・RPA開発支援チーム」と、「業務改善・デジタル化支援チーム」の2チームが編成された。

 ローコード/ノーコード・RPA開発支援チームは、全社を対象とした現場開発者の育成や開発支援、IT部門における開発(高度なアプリ開発)を担う。業務改善・デジタル化支援チームは、現場部門にデジタル化に関する企画を提案し、自ら現場に入り込んでプロジェクトをマネジメントする。現在は営業領域とR&D(Research & Development:研究開発)領域を支援しており、今後は支援領域の拡大も視野に入れている。

図3 「デジタル化推進室」体制(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)
図3 「デジタル化推進室」体制(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)

 デジタル化というと、現場部門には難しいイメージを持たれることも多い。そこで日清食品グループは「パズルのようにロボットやアプリを作っていこう」をコンセプトとしたロゴなどを活用し、「誰もが楽しくデジタル化にチャレンジできる土壌づくり」を進めている。

図4 デジタル化推進室のロゴ(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)
図4 デジタル化推進室のロゴ(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)

アジャイルアプローチと内製思考

 日清食品グループは、事業環境の変化に耐性のあるシステムを提供するため、アジャイルアプローチを取り入れている。

 アジャイルで開発することによって、現場の課題を迅速にシステムへと反映して、仮説検証をスピーディーに繰り返している。「ユーザーの意見を取り入れながらシステムを改良するのが理想だと考えている」(山本氏)

 また、日清食品グループ内で企画から構築、運用までを実施できるよう、外部のSIerに開発を委託するのではなく、技術支援や開発ノウハウを提供してもらうことで、社内にノウハウを蓄積する「内製思考」を基本としている。

 山本氏は「IT部門のみならず、現場部門が自ら課題を見つけて解決策を考え、実際に解決することを繰り返していくことで、デジタル化に取り組む社内文化を醸成していきたい」と語った。

デジタル化を推進する人材育成施策

 こうした取り組みを進めるに当たり、デジタル化を推進する人材が不可欠なのは言うまでもない。デジタル化推進室は、人材育成に向けた次のような施策に取り組んでいる。

「8つの重点領域・39カ条のチェックリスト」

 はじめに山本氏は現在開発中の「8つの重点領域・39カ条のチェックリスト」を紹介した。過去の成功、失敗事例から業務改善、デジタル化を成功に導く方法論やノウハウを「8つの重点領域・39カ条のチェックリスト」としてまとめ、デジタル化を推進するリーダー(以下、推進リーダー)が実践することで成功確率を上げようとする施策である。

 まず8つの重点領域を定め、領域ごとに洗い出した計39個のチェック項目から構成されるチェックリストを作成した。チェック項目ごとに活動ランク(1〜3)を設置し、ランク1は最も点数が高く5点、ランク2は3点、ランク3は0点として各領域の点数を集計する。各領域の集計結果から、推進リーダーの日々の活動に対して改善すべきポイントを明確化することで、今後の活動の成功確率向上を図る。

図5 「8つの重点領域・39カ条のチェックリスト」(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)
図5 「8つの重点領域・39カ条のチェックリスト」(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)

8つの重点領域

 8つの重点領域のうち、中核となるのは次の4点だ。

  1. 推進メンバーのモチベーション向上
  2. 業務調査、施策立案
  3. 業務設計、開発
  4. ユーザー展開

 重点領域の中核を担うポイントの一番目に「モチベーション向上」を位置付けているのが注目点だ。さらに、いきなりアプリを開発するのではなく、まず業務を調査し、施策を立案した後、業務設計やアプリ開発、ユーザー展開へとつなげていく。これらはアジャイル・アプローチによって成果を生み出す領域となる。この4点の中核の外側に位置付けるのが次の4点だ。

  1. プロジェクト計画
  2. プロジェクト管理
  3. 組織全体の巻き込み
  4. 外部の知見の活用
図6 8つの重点領域(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)
図6 8つの重点領域(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)

 これらの重点領域ごとにチェックすべき項目を洗い出してまとめたのが39カ条のチェックリストだ。

39カ条のチェック項目で活動ランクを点数化

 業務調査・施策立案領域におけるチェック項目の一つに「課題が整理できているか」がある。この項目の活動ランク2(3点)の活動は、「業務担当者へのヒアリングやツールを活用し、業務プロセスを見える化することで、『ムリ、ムダ、ムラ』を洗い出し、課題を整理している」だ。

 ランク1(5点)の活動は「ランク2の活動に加えてデザイン思考を取り入れたアイデア創出ブレインストーミング(以下、アイデア創出ブレスト。マニュアルを整備して推進リーダーが実践することを想定している)を実施し、業務担当者の不満、要望などを課題でグルーピングして整理している」だ。

 上記に挙げた活動をいずれも実行していない場合は、ランク3(0点)となる。

図7 39カ条のチェックリスト(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)
図7 39カ条のチェックリスト(出典:日清食品ホールディングス 山本氏の講演資料)

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