「リスキリング」よりも大切なこと “器用貧乏”にも“会社に都合のよい人間”にもなりたくないあなたへ
最近、急に聞く機会が増えた言葉「リスキリング」について、筆者は「本来のあるべき姿から遠ざかっているのではないか」と指摘します。そもそもビジネスパーソンにとっての「スキル」とは何なのか。楽しいビジネス人生を送る上で今、われわれはまず何をすべきなのでしょうか。
この連載について
この連載では、ITRの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)が企業経営者やITリーダー、IT部門の皆さんに向けて「不真面目」DXをお勧めします。
「不真面目なんてけしからん」と、「戻る」ボタンを押さないでください。
これまでの思考を疑い、必要であればひっくり返したり、これまでの実績や定説よりも時には直感を信じて新しいテクノロジーを導入したり――。独自性のある新しいサービスやイノベーションを生み出してきたのは、日本社会では推奨されてこなかったこうした「不真面目さ」ではないでしょうか。
変革(トランスフォーメーション)に日々真面目に取り組む皆さんも、このコラムを読む時間は「不真面目」にDXをとらえなおしてみませんか。今よりさらに柔軟な思考にトランスフォーメーションするための一つの助けになるかもしれません。
「『不真面目』DXのすすめ」のバックナンバーはこちら。
「リスキリング」という単語が多くのメディアに登場しています。ITmediaにもリスキリングに関する記事がいろいろ掲載されています(注1)。リスキリングに関しては解説記事が多くありますので、ここでは詳しく述べません。
“氾濫”する「リスキリング」
内閣府は「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」を2022年10月28日に閣議決定しています。ここには「在職者のキャリアアップのための転職支援として、民間専門家に相談して、リスキリング・転職までを一気通貫で支援する制度を新設」や「働く人が自らの意思でリスキリングに取り組み、キャリアを形成していくことを支援する企業への助成率引上げなど、労働者のリスキリングへの支援を強化」という記述があります。
つまりリスキリングとは、ビジネスパーソンが自らの意思で取り組むことにより自身のキャリアアップを目指す活動といえます。
しかし今、盛んになっているリスキリングには「DX推進のために従業員がリスキリングする」や「人材不足を補うためのリスキリング」という視点が強いのではないかと筆者は感じています。本来一人一人のキャリアアップの視点で捉えるべきものから、企業が現在必要とする人材を補充するという視点に変わっているのです。
よく分からない「再」スキリングの意味
リスキリング(Re-Skilling)という単語を見て筆者が一番疑問に感じるのは「再」を意味する「リ」(Re)の部分です。「再」というには元のスキルが何を指すかが明確でなければ「再」スキリングなどできるはずがありません。
しかし、現時点で自身にどのようなスキルがあるのか明確に説明できるビジネスパーソンは日本にどのくらいいるのでしょうか。
そもそも「スキル」とはどういう意味でしょうか。筆者は、スキルとは他の人と比べて差別化できる技能のことだと考えています。この意味からすると平均的なスプレッドシート機能を知っていることはスキルとはいえません。「Microsoft Excel」のマクロを駆使して単時間でアプリケーションを開発できるレベルならスキルといえるでしょう。
ただし、日本の多くのビジネスパーソンが自身のスキルと考えているのは、一般的教養や知識のレベルであることが多いのではないでしょうか。
リスキリングの前に自分の専門性を定義しよう
ではスキルは何のためにあるのでしょうか。スキルを持つための最終目標が不明瞭であれば、何を身に付けても、それは単なる器用貧乏にすぎません。
筆者は、スキルは専門性を作り上げるためにあると考えています。「日本企業には専門家が少なくジェネラリストが多い」とよく言われますが、筆者もその通りだと考えています。
ここではジェネラリストと専門家のどちらが良いのかといった議論はしません。しかし、単純に考えれば、ジェネラリストでは面白くないと思うのです。複数の企業や社会に通用するジェネラリストは存在しません。ジェネラリストとはある会社の中だけで通用するといってもよいでしょう。ジェネラリストとは会社都合で部署から部署へ振り回された結果ともいえます。楽しいビジネス人生を過ごすのであれば、スベシャリスト一択と考えるべきです。
このような考え方からすれば、冒頭に紹介したような「DX推進のためのリスキリング」は会社にとって都合のよいシナリオにすぎません。こうしたリスキリングに巻き込まれる前に、自身のスキリングの先に何を求めるのかを早く明確にすべきなのです。
子ども時代のようにスキルを高めていこう
多くの大人は、子ども時代に多くのスキルを身に付けてきています。学校などの教育機関によって強制的に“持たされた”スキルも多いでしょう。その中でも自分の得意とする趣味でスキルを獲得してきた歴史を振り返ってみましょう。
多くの大人が子ども時代に、
- 〇〇(特定の趣味)に興味を持つ
- 〇〇で上達したいと夢見る
- そのためには何が必要なのか調べる
- 〇〇に関する学びや練習を繰り返していろんなスキルを獲得する
- スキルを蓄積した結果、やりたかった〇〇で楽しむ
という流れを経験しているはずです。
しかし、ほとんどのビジネスパーソンはこのような流れでスキリングすることはありません。会社の研修制度や人材育成プログラムに身を任せる限り、自身の専門性など獲得できるはずはないのです。
(注1)「リスキリングに5年で1兆円」 政府の号令に中小企業は何から取り組むべきか:笛吹けど踊らず? - ITmedia ビジネスオンライン(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2301/10/news021.html)
筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウド・コンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手がける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
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