生成AIでさらに「進化」 単なるチャットツールから脱却したビジネスチャットの“裏側”に迫る:アナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(2/2 ページ)
すっかり仕事に欠かせない存在となったビジネスチャットツール。シンプルなチャット機能という従来の姿から機能拡張によって「進化」を遂げたビジネスチャットツールは、生成AIの組み込みによってどう変わるのか。その“裏側”をみてみよう。
“裏側”をのぞく:現場でも導入進み、「特化型」も登場
さて、ビジネスチャットツール市場の“裏側”に回ってみたい。裏道を歩く上で迷わないためにちょっとした軸を設定して整理してみよう。本稿では「働く場所軸」(オフィス、現場)と「利用デバイス軸」(PCメイン、スマートデバイスメイン)の2軸を設定した。大きく分けて右上と左下にだいたいのプレーヤーを位置付けられるものの、あくまでもこれは傾向にとどまる旨を付け加えておく。
後に示すように、実はビジネスチャットツール市場はビジネスチャットとしての位置付けから現在ではグループウェアや情報基盤に近い位置付けに“進化”が進んでいる。それを受けて、2つの領域に分けたプレーヤーが互いの領域に進出し始めている点が、ただし書きを付けた主な理由だ。
領域1 「オフィス×PCメイン」
まずは「オフィス×PCメイン」からみていこう。オフィスで働く以上、「Microsoft Office」ツールを多用する点からPCは必須となる。オフィスワーカーは、あえてオフィスに出勤しなくてもIT環境が整えば在宅などで働ける点でテレワークと相性がよい。とはいえ、チームで仕事をする以上、周囲への相談や進捗(しんちょく)確認、ディスカッション、あるいは雑談の機会も必要となる。そうした点をカバーする機能が求められる。
具体的には、ビジネスチャット機能に加えてオンライン会議に必要なビデオカメラ機能や画面共有機能などは、突発的に実施されるミーティングをイメージして構築した機能だといえるだろう。矢野経済研究所も在宅勤務と出勤のハイブリッドワークを実施しており、日々のメンバーとのチャットに加えて取材などの際はオンライン会議機能も利用している。ビジネスチャットは不可欠なツールとなっている。
本領域ではMicrosoftの「Microsoft Teams」(以下、Teams)やSalesforceの「Slack」、Googleの「Google Chat」などが主なプレーヤーとなる。
領域2「現場×スマートデバイスメイン」
次に「現場×スマートデバイスメイン」をみてみよう。オフィスワーカーは在宅勤務やハイブリッドワークへの移行が進む半面、販売や物流、医療や介護などの現場を抱える業界はテレワークの実施が難しく、チャットツールの利用に結び付きにくい。こうした業界で普及しているITツールはPCではなく、スマートフォンを含むスマートデバイスであることも多く、求められるUI(User Interface)も領域1とは異なる。
そこで、業務効率化などの観点から、隙間時間を利用してカレンダーや音声通話、Web会議などが手軽に利用できるUIや、CRM(Customer Relationship Management)を含めたバックオフィスツールとの連携などが実現することで、現場で働く従業員にもツールの導入が広がってきている。
ワークスモバイルジャパンの「LINE WORKS」はスマートフォンベースである点に加えて、LINEと同様のUIを採用している。また、バックオフィスツール事業者との連携として、製薬会社のMR(医薬情報担当者)が利用するデファクトツール事業者と連携することで大手薬品メーカーを中心に導入が進んでいる。
LINE WORKS以外にはチャットワークの「Chatwork」、NTTビジネスソリューションズの「elgana」(2023年11月1日よりNTT西日本にて運営)、TikTokを運営する中国のByteDanceの「LARK」など複数のソリューションが存在する。
業界特化型も登場
上記に挙げた業界問わず広がる汎用(はんよう)的なビジネスチャットツールがある一方、金融業界や医療・介護業界、建設業界など業界特化型のビジネスチャットツールも多数登場している。
金融業界ではSYMPHONYの「Symphony」が知られている。高いセキュリティ要件やコンプライアンスが求められる中、第三者の盗聴を防止するエンド・ツー・エンドのメッセージ暗号化や不適切表現のフィルタリング機能を備えるなど、グローバル規制に対応している。三菱UFJ銀行やみずほ銀行など銀行や証券会社を中心に導入が進んでいる。
ビジネスチャットから情報基盤への「進化」
ビジネスチャットはチャットを中心に機能の充実に取り組んできたものの、テレワークの導入なども相まって企業にとって不可欠なツールとなるにつれ、現在は情報基盤に“進化”を遂げつつある。
機能拡張の面ではワークフローの構築やメタバースを取り込むことによる現実世界とバーチャル世界との連携など、さまざまな取り組みが行われている。また、サードパーティーのアプリケーションとの連携も積極的に進めており、例としてTeamsは、名刺管理ツール「Sansan」の一部機能や、Adobeの電子署名の利用などを中心に連携先を拡充している。Slackは、同じグループのSalesforce製品や「Tableau」製品との連携強化を進めている。
直近では生成AI(人工知能)の取り込みも進む。MicrosoftはOpenAIに複数回にわたって出資、2023年8月には戦略的提携を行った他、生成AIで支援する「Microsoft 365 Copilot」の提供を予定している。また、Salesforceはユーザーが自由に生成AIベンダーを選択できる中立性を確保するという方針を掲げている。
ワークスモバイルジャパンもLINEのAIカンパニー事業であるLINE CLOVAを吸収統合し、「LINE WORKS」で仕事をサポートする「LINE WORKS AI秘書」(仮称)の開発を進めている。生成AIとの向き合い方は各社で異なるものの、ビジネスチャットツールが情報基盤として拡張する上で生成AIの取り込みは必須条件になりつつあるようだ。
最後に
ビジネスチャットツールの市場規模予測推移の“裏側”をのぞいてみたが、いかがだっただろうか。ビジネスチャットツールは今や情報基盤へと“進化”を遂げつつある。それに伴って、導入範囲もオフィスワークから業務効率を重視する現場に広がり、幅広いユーザーのニーズを満たそうとしている。今後とも同市場の急速な“進化”を楽しみにウォッチしていきたい。
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