ITチームに「強いリーダー」は必要か? AI、クラウド時代の組織の形を考える:甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」
日本では政治やビジネスにおいて長らく「強いリーダー」が必要だとされてきました。果たして、ITチームにも強いリーダーシップは必要なのでしょうか。
この連載について
IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?
もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。
ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。
この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。
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ビジネス界では昔から「リーダーシップ論」が盛んです。ECサイトのビジネス書籍のランキングでは「リーダーシップ」に関する本は長年にわたって高い人気を保っています。筆者はその領域の専門家ではありませんが、一口に「リーダーシップ論」と言ってもいろいろな説があり、年々変化しているようです。
ただし、その中でも、「組織変革にはリーダーシップが必須で、強いリーダーシップがよりよい成果を挙げる。そのためにもリーダー人材育成が重要である」というリーダーシップ論の基本は変わらないようです。
「リーダーシップ」に過度に期待する日本企業
では、AIやクラウドなど新しい技術が次々に登場し、開発環境や開発方法が変わりつつあるITチームにとっても、よりよい成果を挙げるためには強いリーダーシップが必要なのでしょうか。
よく考えてみてください。ITチームにとって、「リーダーシップが強いけれどテクノロジーには全く疎くエンジニアの経験もない人」と「リーダーシップは全くないが先進テクノロジーを駆使する天才的なエンジニア」のどちらが必要でしょうか。もちろんどちらもいればベストですが、そんなチームはなかなか存在しないでしょう。「リーダーシップがあり、先進テクノロジーを駆使できるエンジニア」はさらに稀有(けう)だと思います。
とかく日本企業は昔から「リーダー」に期待しすぎる傾向があります。プロジェクトがうまくいかなかった場合、「リーダー不在」で全て説明しようとする傾向があると感じるのは筆者だけではないと思います。
言い訳のための「リーダーシップ待望論」になっていないか?
もちろん、筆者もリーダーシップの必要性は理解していますし、企業内で継続的にリーダー育成を図ることの重要性も分かっています。しかし、リーダー育成には時間がかかりますし、リーダーの素質がない人やリーダーになりたくない人も多いでしょう。そして最も切実なのは、今自らが所属するチームにリーダーシップのある人がいる企業は少ないということです。リーダーシップのある人がいなくても、チームは何らかの成果を挙げないといけません。
リーダーシップのある人がチームにいなければならないとすると、リーダーシップのない人がリーダーになったチームは何もできないのでしょうか。リーダー以外は組織変革やチーム活性化には役立たないのでしょうか。
多くの場合、「リーダーシップ論」を声高に述べる企業人は、「リーダー待望論」を語っているのに他ならないと筆者は考えています。「リーダー不在」をうまくいかない言い訳の材料の一つにしているといってもよいでしょう。
そもそも、筆者は、リーダーに過度の期待はしない方がよいと考えています。冒頭に述べたようなリーダーシップを扱ったビジネス書には「リーダーシップの成功事例」が華々しく語られていますが、実際には「リーダーシップを強力に発揮したおかげで失敗した事例」の方がはるかに多いはずです。
リーダーシップなんていらない
現代においては、AIやクラウドなどの先進テクノロジーを駆使すれば、ITが好きな人であれば誰でも迅速にプロトタイプ・アプリケーションを開発できます(もちろん、高レスポンス、可用性を求める大規模アプリケーションの開発には高度なスキルや経験が必要です。)
強いリーダーシップを持つリーダーがいなくても、同じ思いを持つ人々がとことん議論して助け合えば、誰も考えつかなかったビジネスアイデアとそれを証明するプロトタイプを短期間で開発することは難しくない時代になっているのです。そのようなプロトタイプ・アプリケーションを実演したり、PoC(概念実証)で得たデータを経営陣や部門長に説明したりすれば変革を起こすことは可能だと筆者は考えています。
「リーダーシップなんていらない」と考え、現在のメンバーだけで最大の結果を出せるよう、今のメンバーに最適なやり方をチームメンバー全員が知恵を絞って考えるべきです。教科書やビジネス書なんて信用しないで、自分自身で考え抜いたやり方を信じましょう。
筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
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