アクセンチュアに責任を問えるのか? 「124億円の訴訟」に学ぶ、システム開発失敗の原因:日本独特の商習慣が招いた「124億円の訴訟」【後編】(2/2 ページ)
「124億円の訴訟」からユーザー企業のIT部門は何を学ぶべきか。SIer側からシステム開発に長年携わってきた筆者が、本件における「開発失敗の真の原因」と「開発失敗がユーザー企業に与える、コスト以上のダメージ」を考察する。
現行機能保証はなぜ「鬼門」なのか?
本件だけでなく、現行の業務要件がユーザー企業の中で不明になっている可能性が高いことは前編でも述べた。また、日本通運は歴史の長い企業であるため、アクセンチュアとは別に既存のSIerが存在していたと推測される。顧客である日本通運が既存ベンダーから新たなベンダー(アクセンチュア)にチェンジしたと考えるのが自然だろう。これらの想定の基、考察を続ける。
既存のシステムを作り変える場合、
- 既存の機能をそのまま踏襲する(たとえば法律上規制された処理など)
- 既存の機能を異なる形で実現する
- 新たな機能を追加する
- 既存の機能を廃止する
この4つを整理し、最適に設計することになる。1、2、4を実施するには、既存システムの機能を整理する必要がある。
通常、新たなベンダーにシステム開発を依頼する場合は、ユーザー企業が既存機能を整理し、最適な設計になっているかどうかをユーザー企業がレビューする。それをベースとして、その後の工程を進めることが多い。
そのためには既存のSIerの協力を得る必要があるが、本件で十分な協力が得られたのかどうかは疑わしい。これは一般論だが、ベンダーをチェンジする場合は何らかの不満が大きくなったというケースが多い。この場合、ユーザー企業と既存SIerとの関係は良くない。
さらに、ユーザー企業に要件定義する能力があったかどうかも疑わしい。前編でも言及した通り、日本特有のSIビジネスという強固なビジネスモデルが長年続いてきた影響で、どういうものをどの粒度で定義すれば要件定義になり、設計・開発を進められるかを正しく理解しているユーザー企業はほとんどない。これはある意味当然で、要件定義をはじめとする工程は業界内でも定まっていない。さらに、大規模システムの開発は、ユーザー企業にとって数十年ぶりとなる場合が多く、多くの従業員にとって初めての経験となる。
つまり、現行機能の整理や要件定義に関しても、SIerとユーザー企業が一体になって進める必要がある。この辺りの方法論を確立しているベンダーでなければ、現行機能を保証しつつ大規模なシステム開発を進めるのは厳しい。
筆者の経験で言うと、現行機能保証の案件では、工程ごとに段階的に進め、テストに関しても現行との整合性をとる仕組みを考える必要がある。特に、現行要件の抜け漏れが発生しないように、要件定義工程は時間とコストをかけるのが重要だ。そのため、現行保証する部分はコストが通常の3割増しに跳ね上がる。当然、既存SIerの協力は必須となる。SIerから見ると、プロジェクト受託とともに、このような支援をユーザー企業から得られなければまずうまくいかない。
SIerへの「丸投げ」に近い役割分担で進める場合は、プロジェクトは到底うまく進まない。特に、ユーザー企業がテストに参加すると、いわゆる「要件変更」が多発して収拾が困難になる。致命的な機能漏れがあれば、システム全体に関わる問題となる可能性も高い。
そもそも、要件定義の機能品質が、リリースに値する機能品質(筆者はこれを「リリース最低品質」と呼んでいる)より下にあれば、リリースできない。そのため要件変更が多発するのだ。筆者は失敗の原因は、仕様が最低リリース品質を満たしていなかったことにあるのではないかと考えている。ただし、本件の仕様についてそもそも双方で合意していたのかどうかは不明だ。
失敗の「真の原因」は?
本件では、スケジュールが大幅に遅れている。これまで考察してきた背景事情があったために、現行機能の定義漏れなどの要件定義の品質問題があり、要件変更が頻発して仕様変更が繰り返され、そもそもの設計にも影響が及び、現場が混乱していたのではないか。
プロジェクト成功の命運は、要件定義の品質が握っている。現行機能保証は、要件定義の「最大の鬼門」であり大きな障害になる。
本稿では、大胆な推測の基に考察を進めてきた。筆者が今回想定したような事象は、既にあちこちで発生しているのではないか。既存ITシステムには限界が訪れている。老朽化したITシステムの変革なしには、企業そのものの存続が危うい。まさに「2025年の崖」である。極めて困難な道だが、変革は待ったなしだ。
筆者が考える本件の最大の問題は、高コストで柔軟性のない既存ITシステムが生き残り、ユーザー企業の新たなビジネス機会が台無しになったことだ。
筆者が思うに、今回の失敗の真の原因は、既存のSIerが「このままでは顧客の基幹システムが持たない」ことを認識しているにもかかわらず、ITシステム変革のリスクの高さと難易度に恐れをなして何もしなかったことにあるのではないか。
既存ITシステムが抱える問題を「見える化」し、ユーザー企業と向き合ってあるべき姿を明確にし、課題解決を図る本来の役割をSIerは担うべきではないか。SIerが、技術的な問題に正面から取り組み、新たな開発技術を身につけて、「既存ITシステムの変革」という日本企業に共通する課題に明るい未来を示せるように、真剣に取り組むことを心から望んでいる。
著者紹介:室脇慶彦(SCSK顧問)
むろわき よしひこ:大阪大学基礎工学部卒。野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)執行役員金融システム事業本部副本部長などを経て常務執行役員品質・生産革新本部長、理事。独立行政法人 情報処理推進機構 参与。2019年より現職。専門はITプロジェクトマネジメント、IT生産技術、年金制度など。総務省・経産省・内閣府の各種委員など、情報サービス産業協会理事などを歴任。著書に『SIer企業の進む道』『プロフェッショナルPMの神髄』などがある。
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