SIerは「丸投げ先」でも「忠実な実行エンジン」でもない “クラウド力”を高めるための関係構築:甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」
多くのSIerが顧客との「共創」を掲げる一方で、ユーザー企業にとってSIerは課題の「丸投げ先」となっているのが実態だと筆者は喝破します。クラウドを活用してビジネス価値を向上させるために、ユーザー企業はSIerとどのような関係を築くべきでしょうか。
この連載について
IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?
もちろん常識は重要です。一生懸命に仕事をし、新しく出会ったさまざまな事柄について勉強した結果、身に付いたものだからです。
ただし、常識にとらわれて目の前にあるテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。
この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで考え直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。
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今、ITの世界に「生成AI(人工知能)」という大きな波が来ています。このイノベーションはIT産業を大きく変革すると筆者は感じています。クラウドはAIより先にやって来た大きな波で、既に世界規模ではIT業界に大きな変革をもたらしています。しかし、国内では過去体験やこれまでのやり方に執着しているユーザー企業がまだ多く、クラウドを「単なる商材」と見なしているSIerも少なくありません。このような状況に、筆者は大きな危機感を持っています。クラウドを起点にして新しい挑戦をすべき時が来ているのです。
クラウドは「単なる商材」ではなく、SIerは「ITの外注先」ではない
前回および前々回の連載で、クラウドの価値は「スピード」「アジリティ」「イノベーション」の3つであり、クラウドをクラウドたらしめる要素は全てビジネス価値につながると述べました。ユーザー企業がこれらのクラウド価値を最大限に生かすためには、クラウドを自社主導で活用することが重要です。クラウド事業者の選定はもちろんのこと、設計や構築、運用、保守の全てでユーザー企業がイニシアチブを取るのです。
従来のオンプレミスサーバーの時代はマルチベンダーが基本でした。複雑なハードウェア構成やITベンダー独自の仕様を駆使した設計など特殊な技能が必要なことも多く、ユーザー企業でイニシアチブを取ることは困難でした。SIerにソリューション選定(ハードウェアやソフトウェアなど)や設計や構築、運用、保守を任せるユーザー企業がほとんどでした。
しかし、クラウドでは全てがソフトウェアベースとなり、事業者が提供するWebポータルの作業だけでさまざまなことが実現できるようになりました。もちろん、利用するクラウドサービスのテクノロジーや活用、設定方法を習得する必要がありますが、オンプレミス時代とは大きく異なり、ITの基本知識と学習意欲があれば、誰でもクラウドを活用できます。
DX(デジタルトランスフォーメーション)では、新しいビジネスアイデアを試すためにアプリケーションを迅速に開発することが大きなポイントとなります。このような時代において、アプリケーションの主要要件をまとめてRFP(Request for Proposal:提案依頼書)を作成し、複数SIerに提案依頼していては時間の無駄になります。アプリケーション開発を担当するSIerが決まっていたとしても、見積もり作成などに時間を費やせば大きな時間ロスにつながります。アプリケーション開発を迅速かつ柔軟に行うためには自社主導でクラウドを活用するのが成功の近道なのです。
SIerを「中長期的パートナー」に位置付ける
もちろん、アプリケーション設計や構築、運用、保守の全ての作業を自社要員(IT子会社を含む)でまかなえる国内ユーザー企業は非常に少ないのが実態です。アプリケーション開発やクラウドなどのエンタープライズITの専門家集団であるSIerのスキルや経験はユーザー企業にとって頼りになることは間違いありません。
これまではSIerを「各種作業の外注先」と捉えてきたユーザー企業も多く、顧客の要望や指示にできるだけ応じるように努力してきたSIerも多くあります。その結果、ユーザー企業にとってSIerは「丸投げ先」であり、SIerは顧客が依頼する案件忠実な「実行エンジン」に陥っていることがよく見られます。
多くのSIerがユーザー企業との「共創」を目指していますが、この崇高な目標とはほど遠い現実があります。ユーザー企業はSIerの作業工数見積もりやエンジニア単価の妥当性に疑義を持ち、SIerはビジネス維持のためにクラウドなどの先進テクノロジー採用に消極的な姿勢を示します。お互いの価値を高めあう関係になっていないのが現在の日本のエンタープライズIT業界なのです。
ユーザー企業がクラウドを自社主導で活用する際にSIerを専門家集団と見なし、設計から構築、運用、保守に関する相談相手やコンサルタント先としての中長期的パートナーに位置付け、SIerもユーザー企業が成果を獲得するために真摯(しんし)で辛辣(しんらつ)な提言を積極的にする――。このような相互関係を築くことが今、求められていると筆者は考えます。
時間はかかるでしょうが、クラウドをきっかけにこのようなポジティブな相互関係を確立し、DXのようなビジネス価値の高い取り組みに、ユーザー企業とSIerがタッグを組んで「スピード」「アジリティ」「イノベーション」を実現してほしいと筆者は願ってやみません。
ユーザー企業もSIerも「クラウド力」が必要な時代
冒頭にも書きましたが、これからの企業はAI活用の巧拙で大きな差が生じると思われます。AIより前に来た「大きな波」であるクラウドでも、その活用度で「企業力」に大きな差が出ています。筆者が所属するITRの調査でも、ビジネスで成果を出している企業ほどクラウドを積極的に活用しています。もちろんクラウドを使えば誰でもビジネスがうまくいくわけではありません。ビジネスで成果を出している企業ほど、ITがビジネスに必須であることや、先進テクノロジーをビジネスに積極的に適用すればどのような成果が上がるかを熟知しているためであるとITRは分析しています。
先述したように、ユーザー企業が自社主導でクラウド活用できるかどうかで大きな差が生じることは間違いないと筆者は考えています。SIerは、クラウドに関して他社よりも専門的なスキルや経験を蓄積してなければクラウド活用に長(た)けたユーザー企業のパートナーにはなれず、「作業の外注先」にとどまってしまうでしょう。ユーザー企業もSIerも「クラウド力」が必要な時代になっているのです。
筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
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