なぜ銀行が「オープンソース」に全力投球するのか レガシーシステムとの“相性”は?:CIO Dive
厳しい規制が多く、慎重な銀行業界がオープンソースを採用する理由は何か。レガシーシステムを抱える業界がオープンソースに期待するものとは。
かつて開発者コミュニティーに限られていたコード共有の慣習だったオープンソースは、現在は投資銀行や商業銀行、クレジットカード会社などの決済企業にも広がっている。世界の大手銀行がITのモダナイゼーションを進める中で何が起きているのか。
規制の厳しい銀行が門戸を開いた理由
「かつて銀行業界は知的財産に対して慎重な姿勢を貫いており、一定の制約が存在した。15〜20年前にわれわれが使っていた多くのライブラリは、おそらく社内で開発されたものだった」
Morgan Stanleyの著名なエンジニアであり、マネージングディレクターでもあるドブ・カッツ氏は、過去10年間にわたるオープンソースの着実な普及を目の当たりにしてきた。
厳しい規制が多く、慎重な銀行業界がオープンソースを採用する理由は何か。
金融業界に向けてオープンソースソフトウェアの採用を推進する非営利団体Fintech Open Source Foundation(FINOS)のガブリエレ・コロンブロ氏(エグゼクティブディレクター)によると、各銀行がオープンソースに前向きになるにつれ、金融業界全体にその動きが広がったという。
「オープンソースが業界にプラスになることは明らかだ。あらゆる業界関係者が利益を得る。ビジネスの分野や業種が異なっても、ITインフラの基盤部分には共通点が多い。統一された標準を協力して作り上げることで、より多くの恩恵を受けられる」(コロンブロ氏)
慎重で規制が厳しいことで有名なこの業界が、共有を前提とするソフトウェア開発の手法を受け入れるまでには時間がかかった。しかし、クラウド移行の急速な進展と、シリコンバレー流のオープンな開発手法に慣れたITエンジニアの流入が重なったことで、2018年にFINOSが設立されて以降(注1)、オープンソースの導入が拡大している。
2020年にLinux Foundationと提携したFINOSは(注2)、2025年1月に加盟企業数が100社を突破するという節目を迎えた(注3)。これはオープンソース移行の進展を示す一つの指標だ。
FINOSの加盟企業には、世界の金融サービス業界を代表する名だたる企業が名を連ねている(注4)。主要メンバーとしてCitiやGoldman Sachs、JPMorgan Chase、Morgan Stanleyが挙げられる。さらにBlackRockやCapital One、Discover and Bank of Americaの証券部門に加え、AWS(Amazon Web Service)やMicrosoft、Google Cloudといった3大ハイパースケーラーを含む多くのテクノロジー企業も参加している(注5)。
コロンブロ氏によると、FINOSは加盟企業のリーダーシップにならう形で、金融業界におけるオープンソース開発や標準化の普及を後押しすることを目指しているという。
2024年に生成AIの導入が広がる中で、FINOSは生成AIに関するオープンガバナンスのガイドラインとコンプライアンスフレームワークを策定した(注6)。AI関連の取り組みは、パブリッククラウドにおけるコンプライアンスやレジリエンス(注7)、セキュリティ管理の標準化に向けた取り組みに続く形で進んでいる。
「オープンソースは技術的な即面だけで重視されているわけではない。オープンソースがシステムの上位層に浸透しているのを実感している。組織におけるより上位の意思決定層でもその価値が注目され、理解されるようになってきている」(コロンブロ氏)
「少ない方がより豊か」
オープンソースの導入は、数十年にわたって蓄積されたITインフラにクラウドプラットフォームを配置するハイブリッドエコシステムを合理化する動きと密接に関係している。銀行は、長年蓄積してきた技術的負債を解消し(注8)、システム間連携の課題を取り除くために、オープンソースの活用に前向きになっている。共有コードがシステム上位層に広がる中で、その流れが進んでいる。
Accentureは、2025年1月に発表した銀行業界のトレンドに関する年次レポートで「オープンソースは、銀行がテクノロジーのニーズの進化に合わせてシステムを柔軟にカスタマイズする力を維持しながら、従来の独自システムの制約から解放される手段となっている」と述べた(注9)。
同レポートの著者であり、Accentureのグローバルバンキング部門に所属するマイケル・アボット氏(リーダー兼シニアマネージングディレクター)は次のように述べた。
「銀行業界の未来はオープンソースシステムによって再構築されつつある。銀行はレガシー技術から脱却し、Linuxのようなプラットフォームをコンピューティング基盤として受け入れ始めているのだ」
Accentureによると、Linuxは主要なオペレーティングシステムとして既に広く使われている。同社は、2028年までに世界中の物理および仮想サーバの83%がこのオープンソースコードで稼働するようになると予測している。2020年の時点で、Linuxで稼働するサーバは約4分の3未満だった。
「銀行システムの複雑さは、さまざまなオペレーティングシステムを含むハードウェア層に由来する。共通のOSに移行すれば中核となる環境がシンプルになり、レガシーな銀行が抱える構造的なコストの課題に取り組む唯一の方法になるだろう」(アボット氏)
競争優位性に関わらない分野での「共有」
FINOSのメンバーは、オープンソースの理念を自身の行動で体現している。
Citiは、2023年に共通クラウド管理プロジェクトを主導し(注10)、2024年にはオープンソースのコンポーネントを基盤としたデジタル資産管理プラットフォームを展開した(注11)。2025年1月時点で、同行は社内プロセスの簡素化とデータ運用の改善を目的とした数年にわたる大規模な計画であるIT改革プロジェクトの一環として2000件のレガシーアプリケーションを廃止した(注12)。
JPMorgan Chaseは米国の大手銀行として初めて、2023年にFINOSが開発したオープンソースのデジタルレポーティングツールを活用した(注13)。同社は2024年にスリ・シヴァナンダ氏を全社的なCTO(最高技術責任者)として迎え入れた(注14)。現在、同社のペイメント部門のCIO(最高情報責任者)を務めるシヴァナンダ氏は、2023年に独自のデータシステム「JunoDB」をオープンソース化したフィンテック企業であるPayPalからJPMorgan Chaseに加わった人物だ(注15)。
FINOSは2024年に、Morgan Stanleyの開発者が社内で構築し、オープンソースコミュニティと共有したデスクトップ接続プラットフォーム「ComposeUI」を認証した(注16)。
「われわれには、競争上の優位性に関わらない分野で協力できることがたくさんある。こうした考えを持つようになったのは、規制の厳しい業界にとって大きな前進だ」(カッツ氏)
オープンソースへの貢献は、銀行業界の枠を超えて広く影響を与えている。カッツ氏は「人々は、あなたたちが公開しているものに注目している。それが新しい人材を引き付け、従業員のやる気の向上や定着にもつながる。そして、チーム全体のスキルアップにも役立つ」と述べた。
コロンブロ氏は「現場レベルでは、オープンソースのメリットは『誰もが知っている秘密』と言えるほど、広く知られた常識になっている」と指摘する。
アボット氏もこれに同意する。「なぜ世界中の銀行が、規制やコンプライアンスに基づいたアプローチをオープンソースとして共有しないのだろうか。データを共有する必要はない。コードなら共有してもよいはずだ」(アボット氏)
(注1)Community meet FINOS, the fintech open source foundation (May 2018)(FINOS)
(注2)FINOS Joins the Linux Foundation(The Linux Foundation)
(注3)FINOS Surpasses 100 Members as it Unveils 2025 Vision to Drive AI, Cloud Interoperability, and Regulatory Innovation in Financial Services(FINOS)
(注4)Our Members(FINOS)
(注5)AWS joins Microsoft, Google Cloud in open-source push for finance tech(CIO Dive)
(注6)Banking tech alliance drafts enterprise AI adoption guidelines(CIO Dive)
(注7)FINOS moves to rationalize financial industry cloud controls(CIO Dive)
(注8)Data overload thwarts digital transformation in banking(CIO Dive)
(注9)Banks fire up coding assistants as AI costs plummet(CIO Dive)
(注10)FINOS Announces Formation of an Open Standard Project for Financial Services Common Cloud Controls to Address Compliance and Cloud Concentration Risks(FINOS)
(注11)Introducing Citi Integrated Digital Assets Platform (CIDAP): Driving Innovation and Building Solutions with Blockchain(Citi)
(注12)Citi deploys AI coding tools to 30K developers in modernization push(CIO Dive)
(注13)JPMorganChase implements revolutionary open source solution to transform regulatory reporting(J.P. Morgan)
(注14)JPMorgan names firmwide CTO(CIO Dive)
(注15)Developer Updates May Edition(PayPal Developer)
(注16)BlackRock and Morgan Stanley lead the charge in industry interoperability with FDC3 2.0 Conformance Certification, announces FINOS(FINOS)
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