AIはERPを駆逐するのか? 第三者保守ベンダーが主張する「ERPパッケージという概念の終焉」
生成AIとAIエージェントの普及はERPの存在意義を揺るがしている。Rimini Streetは、「イノベーションはERPの外側で起こる」と提唱し、その概念として「AIエージェント型ERP」を示す。同社CIOへのインタビューに基づき、AI時代におけるERPの役割の変化について紹介する。
生成AIとAIエージェントの普及は、従来のERPの役割を根本から変え、「ERPパッケージという概念の終焉」という議論にまで発展しつつある。ERPベンダーが自社製品へのAI機能の組み込みを進める中、SAPやOracleなどの第三者保守サービスを展開するRimini Streetは、「イノベーションはもはやERPレイヤーでは起こらない」とし、従来のERPがトランザクションを処理するデータベースのような存在となる「AIエージェント型ERP」が主流になると考えている。
本稿では、Rimini StreetのEVP & Global CIO(最高情報責任者)であるレカンドロ氏へのインタビューに基づき、なぜERPが役割を縮小し、イノベーションの主戦場がAIレイヤーに移るのかを解説する。また、AIエージェント型ERPの具体的なアーキテクチャと事例も紹介する。
生成AIやAIエージェントの登場でイノベーションへのアプローチが変わった
――Rimini Streetのサービス概要とグローバルCIOの役割とは。
レカンドロ氏: Rimini Streetは、SAPやOracle、VMwareなどに対する第三者保守サービスを提供し、サポート期限後のシステムの長期利用を可能にしている。独自アプローチであるスマートパスでは、保守サービスを通じて運用コストを削減し、その削減分をイノベーション投資へ振り向けるよう支援している。私自身は、25年以上のCIO経験に基づき、社内システムの効率化・標準化を推進するとともに、その経験を生かしてユーザー企業のCIOにも戦略的なアドバイスをしている。
──生成AIやAIエージェントの利用が広がっている。CIOとしてどう見ているか。
レカンドロ氏: イノベーションに対するアプローチが変わったと考えている。ERPを例にとると、これまではERPをアップグレードすることで新しい機能を手に入れ、それを活用することで新たな取り組みを実践してきた。例えば、「SAP ECC 6.0」を「SAP S/4HANA」に、「Oracle E-Business Suite」(EBS)を「Oracle Cloud ERP」にアップグレードすることで、クラウドやAIなどの新しい技術や機能を利用できた。
生成AIやAIエージェントの登場は、ベンダーが提供してきたアップグレードパスとは異なる選択肢を提供する。ERPの機能をAI経由で利用することで、必ずしもプラットフォームのアップグレードは必要なくなるためだ。
イノベーションはERPレイヤーではなくAIレイヤーで起こる
――それはSAP ECCのままでもイノベーションを実現できるということか。
レカンドロ氏: そうだ。これまではERPを新しいバージョンにアップグレードしなければ技術的な負債になっていた。AIを経由してERPを利用すれば、それらは技術的な資産になる。Rimini StreetはSAP ECCのサポートを2040年まで提供(保証)すると発表したが、それまでの間、既存のプラットフォームを技術的負債として維持するのか、技術的資産として活用するのかで企業経営に与える影響はまったく異なるものになる。
――CEO(最高経営責任者)のセス・ラビン氏は「将来的にERPという概念はなくなる」と話していた。同じ意味か。
レカンドロ氏: そうだ。もう少し詳しく述べると、生成AIやAIエージェントが進化していくと、ERPはトランザクションを処理するデータベースのような存在になっていくということだ。これまではデータベースの周辺にERPが存在したが、今後は、ERPはAIから利用される機能の一つになっていく。ユーザーがアクセスするのはERPのUIではなく、AIエージェントなどを管理するフロントエンドのUIになる。ユーザーは今以上にERPを意識しなくなる。
イノベーションはERPの外側で起こる。そういう意味で、従来のERPはなくなると主張している。その代わりに生まれるのが「AIエージェント型ERP」だ。
――イノベーションはERPの外側で起こるというところをもう少し説明してほしい。
レカンドロ氏: 生成AIやエージェンティックAIの進化こそがイノベーションの源泉になるということだ。例えば、SAPやOracleは、受発注などの業務ごとにプロセスやデータモデルを持っている。また、WorkdayやSalesforceなども人事や商談などの業務ごとにプロセスやデータモデルがある。ユーザーがそれぞれのアプリケーションにアクセスしているが、今後は、ユーザーに代わってAIがアプリケーションやデータベースにアクセスするようになる。ERPの役割はどんどん縮小し、ただトランザクションを処理するだけの存在になる。その分、ユーザーに近い生成AIやAIエージェントの存在感が増し、新しい機能やUIの開発が進む。
イノベーションはERPのレイヤーで起こるのではなく、その外側にあるAIのレイヤーで起こる。ERPは、AIエージェント型ERPと呼ぶべき存在になる。
AIエージェント型ERPで重要になるUI/UXとAIプラットフォーム
――実際、AIエージェントが進化することで「SaaSアプリケーションがなくなる」という議論もある。
レカンドロ氏: こうした変化は、銀行のシステムが勘定系システムの維持管理から、Webやスマホ向けアプリの開発にシフトしていったことを考えると理解しやすいだろう。銀行は、記録のためのSoR(System of Record)システムを維持するだけでなく、顧客向けSoE(System of Engagement)システムを拡充することで、サービスの在り方や収益の構造を変えた。同じことがERPを持つ企業全体で起こっている。
――AIエージェント型ERPではアーキテクチャや構成はどう変わる。
レカンドロ氏: 現在のERPは、APIやマイクロサービスを使って機能を連携させるコンポーザブルな形に発展している。
AIエージェント型ERPでは、UIの提供やプロセスの連携を生成AIやAIエージェントが担うようになる。アーキテクチャとしては、ユーザーに近い場所にまず生成AIの「UI/UXレイヤー」があり、次にAIエージェントなどを利用してプロセスを処理する「AIプラットフォームレイヤー」がある。AIプラットフォームレイヤーのプレイヤーは、ServiceNowやPalantirなどだ。次にデータを管理する「データファプリックレイヤー」がある。データファブリックには、データベースだけでなく、従来のERPも含まれる。
――それぞれのレイヤーではどのような取り組みをすればよいか。
レカンドロ氏: まずポイントになるのが、データファブリックレイヤーは、基本的には既存のシステムのままでよいということだ。SAPやOracleなどをアップグレードせずに、AIプラットフォームレイヤーやUI/UXレイヤーを改善することでイノベーションが起こせる。
銀行がSoRシステムにSoEシステムをかぶせるようにモダナイズしたのと同じだ。もちろんSoRシステム側の仕組みやプロセスを改善する必要も出てくる。その際にRimini Streetは、スマートパスとしてその支援をしている。
UI/UXレイヤーやAIプラットフォームレイヤーでの取り組みはまさにこれからだ。これから5年、10年をかけてAIに投資すべきだ。システムのアップグレードに投資するよりも、既存システムを資産として生かしながら、AIへの投資を優先すべきだ。
ServiceNowを活用してAIプラットフォームを構築した製薬企業も
――「SAP Joule」や「Salesforce Einstein」「Workday Illuminate」など、各社がAI対応を進めている。それらはどう活用すればよいか。
レカンドロ氏: それらは組み込みAIと呼ばれ、基本的にはそれぞれのサービスに固有の機能だ。Salesforce EinsteinとSAP Jouleが会話して問題を解決するということはできない。だからこそAIプラットフォームレイヤーが重要になる。
AIプラットフォームレイヤーによって営業データや財務データ、人事データなどを統合し、さらに認識AI、予測AI、生成AI、エージェントAIなどの使い分けが可能になる。AIエージェント同士が連携しながら、需要を予測して発注をしたり、適切な人材の配置を提案したりできるようになる。
――Rimini Streetでは、AIエージェント型ERPをサービスとして提供しはじめているのか。
レカンドロ氏: その第1弾として、ServiceNowと連携して、ブラジルの製薬メーカーApsen Farmaceuticaを支援した事例がある。SAP ECC 6.0をアップグレードするという課題に直面した同社は、既存システムを維持したまま、ServiceNowと連携してAIを活用したワークフローの自動化や業務のリアルタイム分析、運用コストの削減を実現した。その中でAIエージェントも活用している。
具体的には、ServiceNowを使ってAIプラットフォームレイヤーを新たに設け、そこでローコード/ノーコードツールで、在庫転送要求の処理などについて画面とワークフローを設計した。担当者が要求に対して申請や承認をすると、AIエージェントが自動で処理し、SAPに在庫転送を指示するといった仕組みだ。
それまでは電子メールや「Microsoft Excel」などを駆使してワークフローを処理していたため、大幅な効率化とコスト削減が可能になった。他のさまざまなプロセスに対してもAIエージェントによる自動化を拡大している状況だ。
――日本における生成AIやAIエージェントの展開についてどう見ているか。
かつて私が仕事で関わった企業もそうだが、日本企業は昔から機械学習をはじめとするAIの活用に積極的だ。生成AIやAIエージェントについてもPoCが活発に進められており、生成AIを活用したさまざまなプロダクトが生まれている。
一方、CIOとして企業でどう活用していくかという観点でいえば、まだ課題は多い。PoCでは取り扱うデータ量が少ないことや、バイアスが入り込みやすいという課題があり、本番稼働までもう少し時間がかかると見ている。
――最後にメッセージを一言。
レカンドロ氏: Rimini Street社内でも「Microsoft Copilot」をはじめさまざなAIを活用している。ServiceNowで顧客からの問い合わせをAIエージェントで効率的に処理したり、WorkdayのAIエージェントで人事プロセスを効率化したりしている。
AIを活用するための近道は、AIプラットフォームのようなレイヤーを作ることだ。エージェントの管理、ポリシー策定やガバナンス、AI推進委員会の運営などプラットフォームがあることでスムーズに進められる。Rimini Streetは、AIエージェント型ERPの実現に向けて顧客をサポートしていく。
訂正とお詫び
公開当初、「SAPはSAP ECCのサポートを2040年まで延長する」と記述しておりましたが、正しくは「Rimini StreetはSAP ECCのサポートを2040年まで提供(保証)する」でした。お詫びして訂正いたします。本文は訂正済みです(2025年12月3日9時00分更新)。
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