AIに仕事を“任せる”時代へ AWSのCEOマット・ガーマン氏が語る、次世代AI基盤の全貌：AWS re:Invent 2025

AWSの年次イベントにて、CEOのマット・ガーマン氏は自律的に実務をこなすAIエージェントが普及する未来を展望した。インフラから開発環境まで、ビジネス価値の創出に直結する最新発表の要点を解説する。

[村田知己，ITmedia]

　Amazon Web Services（AWS）は2025年12月1〜5日（現地時間）、年次イベント「AWS re:Invent 2025」を開催中だ。2日目の基調講演ではCEO（最高経営責任者）のマット・ガーマン氏がAWSの製品アップデートを次々と発表した。

AWSのCEO マット・ガーマン氏（出典：筆者撮影）

　ガーマン氏は冒頭、AWSの年間売上が1320億ドル（約20兆円）に達し、前年比20％の成長を遂げていると発表。企業が利用するAIが単なるチャットbotから、自律的にタスクを遂行するAIエージェントへと移行しつつある現状を強調した。本稿では、ガーマン氏が発表したAIインフラやAIプラットフォーム、データ活用、エージェント開発環境における主要なアップデートについて解説する。

「AIアシスタントはAIエージェントへ」　実用段階に入った生成AI

　ガーマン氏は講演冒頭、AI技術の進化について次のように述べた。

　「AIエージェントの出現によって、AIの進化の軌跡が変わった。技術的な驚異（technical wonder）から、実質的な価値（real value）を提供するものへと変化している」

　この言葉の通り、今回の発表は企業の実業務をAIエージェントが代行し、より直接的に人間の工数を減らすことを目指した環境整備に主眼が置かれている。

NVIDIA最新世代チップの導入と独自チップの進化

　AIワークロードを支えるインフラ面では、NVIDIAとの協業強化と自社開発チップのロードマップが示された。主な発表内容は以下の通りだ。

• 「NVIDIA GB300」への対応：　「Amazon EC2」の「P6e」インスタンスにおいて、NVIDIAの「Blackwell」世代の「GB300 NVL72」を搭載したシステムを提供
• 「AWS AI Factories」：　企業が自社のデータセンターにAWSのAIインフラを構築できるサービス。機密保持やコンプライアンスの観点からオンプレミス環境を必要とする公共部門や規制産業などのニーズに応える
• 独自チップ：　自社開発のAIプロセッサ「AWS Trainium3」を搭載した「UltraServers」を発表。前世代と比較して演算能力で4.4倍、メモリ帯域幅で3.9倍の向上を実現し、電力効率（トークン/ワット）も4倍に改善したという。さらに次世代の「AWS Trainium4」についても言及し、Trainium3比で、FP8（8ビット浮動小数点形式）で3倍、FP4（4ビット浮動小数点形式）で6倍の計算性能で提供予定

推論プラットフォームで利用できるモデルを拡張

　AIの推論環境のアップデートとして「Amazon Bedrock」（以下、Bedrock）のモデルラインアップ拡充と、自社モデル「Amazon Nova」の第2世代が発表された。

• Bedrockへの新モデル追加：　Googleの「Gemma」シリーズやMistral AIの「Mistral Large 3」などのオープンウェイトモデルが新たに追加された。ガーマン氏は「全ての用途に適合する単一のモデルは存在しない」と述べ、適材適所でモデルを選べる選択肢の重要性を強調
• 「Amazon Nova 2」ファミリー：　2024年に発表された自社モデルの第2世代が登場
• Nova 2 Lite（一般利用開始）：　コスト効率と低レイテンシを重視したリーズニングモデル。OpenAIの「GPT-5 mini」など他社の軽量モデルと比較しても遜色ないか、優れたパフォーマンスを発揮するという
• Nova 2 Pro（プレビュー開始）：　推論能力を高めたモデル。複雑なタスクやエージェント的なツール利用に適している
• Nova 2 Sonic（一般利用開始）：　音声対話に特化したSpeech-to-Speechモデル
• Nova 2 Omni（プレビューの早期アクセス開始）：　テキスト、画像、動画、音声を同時に入力し、テキストと画像の両方を生成できる推論モデル。複数のモダリティを単一モデルで処理することで、複雑な文脈理解を可能にする

Adobe シャンタヌ・ナラヤン氏（出典：筆者撮影）

　基調講演にはAdobeのCEOを務めるシャンタヌ・ナラヤン氏が登壇し、同社製品のAIアシスタント機能の基盤として「Amazon SageMaker」やBedrockを採用していると説明した。同社の生成AIモデル「Firefly」の学習・推論にはEC2インスタンスが、データストレージとして「Amazon S3」が利用されているという。

企業の独自データを「学習」に組み込む新コンセプト

　モデル自体に企業のドメイン知識を持たせるための新しいアプローチとして「Amazon Nova Forge」（以下、Nova Forge）が発表された。

　従来、モデルに独自知識を持たせるには「事前学習」（Pre-training）か「事後学習」（Fine-tuning）の2択が主流だったが、Nova Forgeは「Open Training Model」というコンセプトを導入。AWSが用意したベースモデルの学習プロセスの中に、企業独自のデータをブレンドできる。これにより、モデルの汎用的な推論能力を損なう「破滅的忘却」の問題を起こさず、専門知識を深く理解したモデルを構築できるという。発表時点では米国東部（バージニア北部）リージョンで提供を開始する。

ソニーグループ 小寺剛氏（出典：筆者撮影）

　ソニーグループはこの技術を先行して採用し、コンテンツ制作やコンプライアンス業務の効率化に向けた検証を進めているという。

　基調講演には同社のCDO（最高デジタル責任者）を務める小寺剛氏が登壇し、「Amazon Bedrock AgentCore」（以下、AgentCore）によるAIプラットフォーム構築、AWSのサービスで構築したデータ基盤「Sony Data Ocean」などの取り組みも併せて紹介した。

WRITER メイ・ハビブ氏（出典：筆者撮影）

　企業向けAIエージェントプラットフォームを提供するWRITERのCEO、メイ・ハビブ氏も同じく登壇した。ユーザーはBedrockで提供されている主要モデルやカスタムモデルを使ってワークフローを構築できるようになるという。

エージェント開発の実用性を高める機能群

　自律型エージェントの開発・デプロイ・運用基盤であるAgentCoreには、大規模利用を想定した機能群が追加された。その他、AWSが定義済みのエージェント機能など、多くのAIエージェント関連サービスのアップデートが発表された。

• 「Policy in AgentCore」：　AIエージェントによるツール利用に関するポリシーを定義する機能。エージェントがツールやデータにアクセスする前に評価・制限を行うことで、予期せぬ挙動を防ぐ。「1000ドル以上の返金をブロックする」といったポリシーを自然言語で定義できる。Agent Coreを利用できる全てのリージョンでプレビュー開始
• 「AgentCore Evaluations」：　エージェントの挙動を継続的に監視・評価する機能。正確性や有用性、有害性などの観点でエージェントの挙動を分析し、問題を未然に検知
• 「Frontier Agent」：　自律的に数時間〜数日にわたって動作するAIエージェントサービス群。米国東部（バージニア北部）リージョンでプレビュー開始
• 「Kiro Autonomous Agent」：　プルリクエストとそれに対するフィードバックから学習し、複数のリポジトリにまたがって動作する開発支援エージェント。「Kiro」だけでなく「GitHub」「Slack」「Jira」などのツールでも動作
• 「AWS Security Agent」：　セキュリティに関する専門知識を基に、ドキュメントのレビューやペネトレーションテスト、修正コードの提示などを実行するエージェント
• 「AWS DevOps Agent」：　システムに問題が発生した際に自律的に検知し対応するエージェント。「Amazon CloudWatch」や「Datadog」「Splunk」などのオブザーバビリティツール、ドキュメント、コード、CI/CDパイプライン構成、過去のインシデントのパターンなどの情報を基に動作

　今回のイベントに際して、その他にも多くの製品アップデートが発表されている。AWS News Blogで一覧されているため、自社が利用しているサービスの情報を確認してほしい。

ガーマン氏が語った今後の展望

　ガーマン氏は「将来的には、あらゆる企業のあらゆる部門に数百万、さらには数十億のエージェントが存在するようになるだろう」とし、AWSはそのためのインフラからアプリケーション層までを包括的に支援していく姿勢を示した。これによって開発者の「The Freedom to Keep Inventing」（発明し続ける自由）に貢献したいとする。

　大きな開発者コミュニティを持つAWSで「人間の代わりに働ける」AIエージェントが普及すれば、企業の開発プロセスに大きな影響を与えるだろう。

　Policy in AgentCoreのように、既に日本のリージョンで利用できる新機能もある。AWSユーザーの読者は、本稿の内容も参考に自社で利用しているサービスに便利なアップデートがないかどうかを確認してほしい。

取材協力：アマゾン ウェブ サービスジャパン