日本企業の“技術負債”にオラクルはどう向き合うか 通信・金融大手のクラウドリフトを支援:Oracle Cloud and AI Forum
AI時代におけるオラクルの優位性は何か。日本オラクル主催のフォーラムでは、KDDIと住友生命、NRIのキーパーソンが登壇。技術負債の解消や基幹システム刷新の舞台裏など、DX戦略の全貌が明かされた。
日本オラクルが2025年12月11日に開催した「Oracle Cloud and AI Forum」の基調講演に登壇した、同社取締役執行役員社長の三澤智光氏は、2025年10月に米国ラスベガスで開催された「Oracle AI World」を振り返り、AI時代におけるOracle製品の優位性を強調した。
同講演ではOracleのクラウド製品を活用する日本企業3社のキーパーソンも登壇し、従来のシステムで抱えていた課題や、Oracle製品を選んだ理由などを語った。
KDDIが抱えた“技術負債” 解決の糸口はクラウドと内製化
1番手として、KDDIの増田克哉氏(コア技術統括本部 情報システム本部 情報システム部長)が登壇した。
KDDIは基幹システムの疎結合型アーキテクチャへの刷新を進めており、Oracle Cloud Infrastructure(OCI)へのクラウドリフトを進めている。増田氏は、同社のIT運用における課題を説明した。
同社は2020年以降、通信事業の成長が鈍化する一方で、さまざまな事業に多角化を進めている。限られたリソースで新サービスの開発を優先してきたことで、IT部門では基幹システムの刷新に手が回らなかった。
「結果、いわゆる『2025年の崖』といわれる問題に直面し、基幹システムはレガシー製品を使い続け、技術負債が積み上がった」(増田氏)
さらにこれがIT部門の組織的な停滞につながった。事業成長に開発体制が追いつかなくなり、パートナーに依存した開発が拡大した。「IT部門の役割はパートナーコントロールが中心となり、ゼネラリスト的な仕事が増えた。その結果、IT部門の従業員のモチベーションが低下し、定着率の低下につながっていた」(増田氏)
システムの更新コストも問題だった。新たなアーキテクチャへ移行するコストを試算したところ、約1000億円、移行期間は7年かかることがわかった。
これらの課題に対応しながらシステムのモダナイゼーションを図るには、クラウドとAIを活用するしかないと同社は考えた。「約3年前、クラウドとAIの急速な進化が大きな波となって押し寄せた。この波をうまく利用して、自社の基幹システムを刷新しようと計画したのが、プロジェクトの始まりだった」と増田氏は話す。
従来の開発パートナー中心のシステムから、ローコード開発やSaaS、AIを使った内製化を図ることで、IT部門の役割を変革し、従業員の自立と競争力底上げを目指した。「ミッションクリティカルな基幹系システムのOCIへのクラウドリフトを、内製で実行する決断をした。多くのシステムをリフトする必要があり、回数を重ねるごとに生産性を上げ、それを標準化、コード化した」(増田氏)
内製化のプロセスでは、日本オラクルに加えて米国オラクル本社の担当者にも支援を仰ぎ、標準化を進めているという。
要件定義と設計、構築、試験、保守・運用の各フェーズにおいて60〜80%の工数、工期の削減が視野に入っている。既にクラウド移行が完了したシステムでは、インフラ利用料を約50%削減できたという。
AIによる開発効率化も進めている。「社内で運用している独自のAIを、開発にかかわるドキュメントの生成やシステムの影響調査に活用し、品質を確保しながら生産性を向上させる。最終的には、エージェンティックAIを使って開発の全工程自律化を目指している」(増田氏)
同社は、基幹システムのクラウド化と内製化を同時に実行し、開発力を社内に取り戻すことで、事業成長につなげようとしている。「クラウド移行を早期に完了し、次はAI活用やセキュリティなどに本腰を入れたい。そのために、現場で活躍できる人材をできるだけ多く輩出できるよう、人材の変革に取り組んでいる」と増田氏は語った。
住友生命がオラクルのERPを選んだ理由
住友生命は2025年、会計システムを「Oracle Fusion Cloud Enterprise Resource Planning」(Oracle Fusion Cloud ERP)に刷新することを決定。開発に着手している。同社取締役代表執行役副社長の角英幸氏が登壇し、ERP刷新の背景と目指す方向性を説明した。
同社は、顧客をはじめ従業員やパートナー全てのウェルビーイングに貢献する保険会社グループになる、というパーパスを掲げている。そのためには、従業員がより創造的な業務に従事できることを重視しており、日々の業務の生産性向上は不可欠だ。
同社の場合、顧客情報などを管理する基幹システムをメインフレームで運用している。「メインフレームに関するIT人材の確保やセキュリティ面でも問題ない運用ができており、将来の変化にも対応できると考えている」(角氏)
会計システムもオンプレミスで運用していたが、こちらは世界標準に合わせるべきで、オンプレミスであることが変革のボトルネックになっていた、と角氏は話す。
「全国1500拠点とそれらを束ねる90の支社の業務に合わせて、バラバラに会計システムを構築してきた。そのため法令対応などで全てのシステムを改修しなければならず、非常に手間がかかっていた。そこで、Oracle Fusion Cloud ERPを中核に据えて会計基盤を刷新することにした。経費の検証業務を集約することで、削減した時間をより付加価値の高い業務にシフトすることを計画している」
同社が会計基盤にOracle Fusion Cloud ERPを採用した理由は3点ある。
1つ目は、一般企業と異なる保険業界の特殊な経理処理への対応だ。例えば生命保険会社が保険業法によって義務付けられている、事業分野や商品ごとに資産を区分けして管理、運用する「区分経営」に、Oracle Fusion Cloud ERPは柔軟に対応できた。
2点目は強固なセキュリティだ。「金融庁のガイドラインに対応し、365日のサポート体制も整っており、非機能要件も満たしていた」(角氏)。3点目は、提案の段階から、大手金融機関などのリアルな成功事例を共有してもらえたことだという。
会計システムの刷新は2026年4月の稼働に向けて開発が進んでいる。その後は同システムのデータを生かしたAIの導入を検討している。
「AIと人の強みを組み合わせて、事業を構築したい。AI活用は、3つの領域が有望だ。まず、お客さまの体験価値を高めて、満足度、推奨度を高めること。2つ目はそのためにお客さまとの接点を増やすこと。3つ目は、職員の生産性向上だ。Oracle Fusion Cloud ERPによってデータの一元化が進むため、AI活用の幅が広がることを期待している」と角氏は語った。
NRIの自社サービス基盤でOCIのセキュリティが生きる
最後のゲストとして登壇したのは、野村総合研究所(NRI)の大元成和氏(常務執行役員 IT基盤サービス担当 マルチクラウドインテグレーション事業部長 兼 NRIセキュアテクノロジーズ会長)だ。
金融機関向けのITサービス開発に強みを持つ同社は、Oracleのクラウド基盤サービス「Oracle Alloy」を日本で初めて導入。2024年2月から、自社データセンターでOCIを活用したサービスを提供している。2025年には、Oracle Alloyでセキュリティサービス「NRIデジタルトラスト」の提供を開始した。
「企業を狙うサイバー攻撃はますます複雑化し、被害が拡大している。企業はセキュリティの考え方を改め、侵入を前提とした防御戦略が求められている」と大元氏は語る。
NRIデジタルトラストは、企業が新たなサービスを開発、リリースする際に、標準的なセキュリティ対策やガバナンスの法令、ガイドラインに準拠した開発・運用環境を提供するサービスだ。今後も最新の脅威インテリジェンスや、有事の際のレジリエンス強化サービスなどを提供する。
セキュアなクラウドサービスを提供するに当たって、大元氏は、そのベースであるクラウド基盤としてのOCIのセキュリティの堅牢(けんろう)さを評価する。
「OCIは、クラウドのセキュリティを仮想化レイヤーでなく、ネットワークのレイヤーで分離する思想で作られているところが大きなポイントだ。サイバー攻撃をネットワークレイヤーで遮断でき、それをソフトウェアで制御することが容易になる」
現在、同社と日本オラクルは共同で「OCI ZPR」(OCI Zero Trust Packet Routing)の検証を進めている。OCI ZPRを使うと、ネットワークセキュリティグループのルール数を、従来の28から7へ削減できることが検証済みで、システムのシンプル化に寄与することが期待されている。
同社は2025年9月に、Oracle Alloyを利用した新サービスである金融AIプラットフォーム「YUIAI」をリリースした。「NRIが持つ金融の知見とデータを、お客様のデータと組み合わせてAIで分析などに利用できるサービスだ。金融の機微データを国内の当社データセンターで守りながら、安全にAIを活用できる」(大元氏)
YUIAIは、AIによるセキュリティ診断や監視、脅威モデリングなどに加えて、顧客企業固有のデータを使って「経営者」「アナリスト」などの視点から分析、評価する「多視点分析システム」の提供も開始している。
基調講演の最後に三澤氏は、「日本オラクルはこれからも、日本のためのクラウドジャーニーを支援するだけでなく、お客さまのためのAIを提供し、AIジャーニーも支えていきたい」と語り、日本企業のAI活用を支援する方針を示した。
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