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「やらされDX」から脱却できない日本企業 AI活用がDX成果につながらない根本原因【PwC調査】

PwCコンサルティングは、2021年から毎年「DX意識調査〜ITモダナイゼーション編」と題した企業調査レポートを発行している。同社は2025年12月に最新の調査結果を発表し、併せてその結果に基づく企業への提言をまとめた。

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 生成AIの登場により、企業のデジタル活用はかつてないほどに加速しているかに見える。しかし、その実態は楽観視できるものではない。PwCコンサルティングが実施した調査では、日本の大企業におけるDX成熟度はこの5年間「停滞」しており、生成AIの急速な普及が必ずしもDXの成果や人材育成に結びついていないという現実が浮き彫りになった。

DX成熟度の「先進企業」は5年連続で8%程度

 この調査は2025年5月、売上高500億円以上の企業でITに関連している課長以上の人を対象に実施している。半数以上を売上高2500億円以上の企業が占めており、日本の大企業のDX推進に対する自己評価を知ることができる。業種は製造業が全体の24%と突出して多く、それ以外は分散している。回答者の所属部門は事業部やIT・デジタル推進部門が中心だ。

 同調査は2021年の初回から、「自社のIT成熟度」を質問しているのが特徴だ。これはITモダナイゼーションに関する3つの要素「アジャイル開発手法の活用」「パブリッククラウドの活用」「クラウドネイティブ技術の活用」について、企業にそれぞれの状況を聞いた結果をまとめている。全ての技術を全社で活用している企業を「先進」、全ての技術を一部の本番環境で活用していれば「準先進」、それ以外を「その他」の3グループに定義し、成熟度によって企業のDX推進、モダナイゼーションの状況を分類している。


PwCコンサルティング 中山裕之氏

 過去5回の成熟度の推移を見ると、先進企業の割合は8%前後で変わっていない。また2022年から2023年の間で準先進の割合が大きく増えたものの、直近の2年は逆に減少に転じている。「この結果を見ると、日本企業のITモダナイゼーションは停滞、あるいは後退していると言わざるを得ない」と同社執行役員パートナーの中山裕之氏は語る。

 次に、DX推進の成果に対して「期待通り以上」と答えた企業の割合は、先進企業で90%以上、準先進で約50%、その他で約20%と、成熟度によって大きく違っている。これは毎年、同じ傾向を示している。

 デジタル人材の育成や採用についても、成熟度で顕著な差が出た。「期待通り以上」が先進企業では88%に達しているのに対して、準先進では13%、その他ではわずか2%という回答で、全体平均では15%という結果だった。「人材育成がうまくいっている企業の99%は、DX推進の成果を期待以上、また期待通りと答えており、人材育成とDXの成果は密接に関係していることが分かる」と中山氏は話す。

 一方、PwCコンサルティングの別チームが2025年春に実施した調査では、生成AIへの取り組みについて「活用中」と答えた企業が2023年ゼロだったのに対し、2024年43%、2025年56%と急拡大している。「この結果を見ると、生成AIの利用は広がっているが、それがDXの成果やデジタル人材の育成につながっていないことが問題である」と中山氏は指摘する。

2極化が進む企業のデジタル、AI活用

 ではなぜ、日本企業のDX推進、ITモダナイゼーションは停滞し、デジタル人材は育っていないのか。本調査ではDX推進やデジタル人材育成の課題についても詳しく聞いており、その理由の一端が分かる。

 まずデジタル人材育成の障壁については、「日々の業務に追われて時間が割けない」という回答がトップだが、2位に入った「座学のみで実践の場が少ない」に中山氏は注目する。

 「実践の場としては、システムの内製化が考えられる。先進企業の内製化率は86%に達しているが、その他では21%にすぎない。全体として内製化率は徐々に増えているが、いまだに外部企業に依存している企業が多いことが、停滞の一因だと考えられる」(中山氏)

 次に同氏が指摘するのが、開発環境確保のスピードだ。開発環境の整備が1週間以内で完了する割合は、先進で98%、準先進73%であるのに対し、その他は37%と大きな差がある。

 「クラウドが一般的な時代、ITインフラは即時に確保できると考えがちだが、社内手続きに時間を要し、リードタイムを要する企業は少なくない。こういうところに、デジタルの力を生かし切れない企業の問題が浮き彫りになっている」と中山氏は話す。同様に、アプリケーションの更新サイクルも、1週間以内に更新する企業は先進企業の91%に対して、その他は23%と差がある。

 生成AI活用の中身についても、先進企業とその他では大きな差が生じている。生成AIをコードの生成に活用する企業は、先進企業で38%なのに対し、その他は22%にとどまる。

 「先進企業は2025年に生成AIのコード生成利用が大きく伸びた。これは、あらかじめ企業としてのルールやガイドラインの文書を生成AIに読み込ませ、そのルールに従ってコードを生成させるケースが増えたからだと推測される」(中山氏)

 一方、その他の企業では、AI活用が議事録の作成など付帯的な業務にとどまっているという。先進企業ほど、本気でコア領域に生成AIを使っていく姿勢が出てきたことで、AI活用でも格差の広がりが確認できる。

 調査のまとめとして中山氏は「IT内製化比率の低さが人材育成の低迷につながり、それが先端技術への対応遅れとなって、最終的にDX推進の成果が出ないことにつながる。この悪循環を断ち切る必要がある」と語った。

ITの位置付けを再定義し、組織を変革する


PwCコンサルティング 鈴木直氏

 この調査結果を受け、日本企業がDX推進を成功させるための指針について、同社ディレクターの鈴木直氏が説明した。

 鈴木氏は、「過去、企業のITは業務を支援する脇役的な存在と認識されてきた。しかし昨今の成長企業は、ITをサービスそのものや顧客体験の中核に位置付けている。企業はITが競争優位の源泉であることを認識し、単にシステムをダウンサイジングしたり、クラウド化するだけでなく、競争力を生み出すためのITを再定義する必要があると考えている」と語る。

 ITを戦略的に位置付けるために、IT組織そのものの変革が必要だという。具体的には、「オペレーション戦略」「マネジメントスタイル」「デジタルスキル」の3つの領域で変革を進めることが提言された。

 まずオペレーション戦略について、IT部門は事業部門の要求事項をとりまとめ、外部の開発企業を巻き込んで開発、運用するという従来の形を見直すべきだと鈴木氏は言う。

 「環境変化が常態化しているため、仮説検証のサイクルを高速に回す必要がある。そのために事業部門は顧客やサービスの単位、つまりプロダクトでチームを編成し、ITの開発力を自ら持つことで、企画から開発・実装、運用まで一貫して担う態勢を整えるべきだ」

 そのときIT部門の役割はどうなるのか。鈴木氏は、事業部門のデジタル開発の前線を支える仕組みを整備することが重要な仕事になると話す。「新たな役割分担でIT部門は、事業部門のチームが安全に開発するためのプラットフォームを構築し、認証など共通サービスを運営管理する。また、事業部門のチームの技術者を育成し、伴走から自走化の支援をする。さらに、事業部門ではまかなえない高度な技術を担う専門人材のチームを編成する。この3つの役割を持つべきだ」

 とはいえ、事業部門とIT部門の役割を変えれば、それだけでデジタルの開発が進むわけではない。それを解決するのが、次のマネジメントスタイルの変革だ。

 前述したように、事業部門でプロダクト単位の開発チームを編成したら、開発と改善のサイクルを高速で回していく必要がある。「従来の計画駆動型のプロジェクトマネジメントから、開発サイクルとビジネス成果を両輪で回していくアジャイル型のプロダクトマネジメントへシフトすべきだ」と鈴木氏は話す。

 ここでいうプロダクトとは、企業が販売する商品やサービスに限らない。社内の業務システムも同じプロダクトと捉え、顧客である社内ユーザーのニーズに対応しながら改善を繰り返すことが必要だという。

 「こうしたサイクルを回すためには、やはり開発や運用に関わる意志決定を内製化していくことが欠かせない」(鈴木氏)

アジャイル開発に必要な人材の4つの役割


PwCコンサルティング 岡田裕氏

 このようなIT内製を前提にした組織に対応する人材をどのように育成すべきか、同社ディレクターの岡田裕氏が説明した。

 前半の調査結果でも、デジタル人材の育成に苦慮する企業が多いことが示された。岡田氏は「人材育成は一朝一夕には進まない。しっかり計画を立てて進める必要がある」と話す。

 組織の変革で示したアジャイル型のプロダクトマネジメントを継続的に実行するためには、業務とITが一体になる役割を持つべきだと岡田氏は説明する。具体的には、「プロダクトオーナー」「スクラムマスター」「リードエンジニア」「デベロッパー」の4つの役割に分けられるという。

 「内製化を実現するためには、ビジネスに責任を持つプロダクトオーナーと、システムに関する責任を持つリードエンジニアの2つの役割を、内部に持つことが必須だと考えている」鈴木氏は言う。他方、スクラムマスター、デベロッパーは、必要に応じて外部のリソースを活用してもいいが、管理は社内で握るべきとする。この役割を前提に、各ポジションのスキルアップを計画的に進めていくべきだという。

 IT内製化に向けたチームが立ち上がった後も、事業の成長に合わせて組織をスケールさせ、開発の成果を獲得していかなければいけない。「開発チームに新規の人材を投入したり、別チームを編成したりする際は、ベースとなるスキルが十分にあることを考慮しないと、チームの士気が低下してプロジェクトの停滞を招く」と注意を促す。

 また生成AIの活用も、開発の内製化には重要な意味を持つ。岡田氏は、生成AIをドキュメントの作成支援などだけでなく、プログラムコードの生成やレビューなど、ITの俊敏性を高める領域へシフトすることを推奨する。

 「生成AIにはまだ100%の精度は求められないので、人の補助を得ながら段階的に使っていく必要があるが、使い始めることで自社としての実績を重ねていくことが大事だ」

 こうした組織、人材の変革に加えて、アジャイルな組織の運営にはコミュニケーションにも変革が必要だという。「目的に応じたコミュニケーションをとるべきだ。その会議が本当に対面でなければいけないのか、改めて考えてほしい。また、コミュニケーションを非同期にし、記録をAIで読み取ってナレッジ化することで、個人の時間を拘束せず、生産性を高めることができる」と岡田氏は話す。

 PwCコンサルティングの提言は、DX推進にはツールの導入よりも先に、アジャイルな組織構築や人材のスキル、働き方の変革に着手すべきだという主張が印象に残った。

 確かにAIやクラウドはツールであり、導入が目的ではない。使いこなす環境を整備することは重要だ。だが、いきなり組織変革というと、現場にはやらされ感を抱く人も少なくないはずだ。やはり経営トップがテクノロジーの動向を理解し、なぜ組織を変え、働き方を変えなければいけないのか、自分の言葉で語ることが求められている。

 その上で、変革を推進する人材を高く評価する制度を設けることも必要だ。経営も従業員も、変化することが自分にとって必要でメリットがあると納得しない限り、2026年のDX意識調査も同じような結果が出てしまうと感じた。

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