JR「鉄道座席予約システム」に見る“温故創新” 「乗客がビットに見えた」エピソードから学ぶこと:Weekly Memo
JRと日立製作所が設計・開発して1960年に稼働させた「鉄道座席予約システム」が「IEEE Milestone」に選定されたことを受けて記念式典が開催された。その内容からIT分野の「温故創新」について考察する。
「温故創新」――。「古きをたずねて新しいことを創る」という意味のこの言葉は、「温故知新」にとどまらず「創造」を促すものだ。この言葉が思わず頭に浮かんだイベントを取材したので、今回はITの温故創新を考察する。
「IEEE Milestone」に選定された「MARS-1」とは
そのイベントとは、「みどりの窓口」で知られるJR座席予約システムの原型となった「MARS-1」(マルスワン:Magnetic-electronic Automatic Reservation System 1)が、世界的な技術専門家組織であるIEEE(アイ・トリプル・イー:Institute of Electrical and Electronics Engineers)の「IEEE Milestone」に選定されたことを受けて、2026年5月18日に都内で開催された記念式典のことだ。
記念式典では、MARS-1の設計・開発およびその後の運営に携わってきた鉄道総合技術研究所(旧・国鉄の鉄道技術研究所)、鉄道情報システム、日立製作所がIEEEから銘板を贈呈され、受贈者代表挨拶とともに記念講演を実施した。受贈者代表挨拶では、鉄道総合技術研究所の渡辺郁夫氏(理事長)、鉄道情報システムの池田孝行氏(代表取締役社長)、日立製作所の永野勝也氏(執行役専務)が、それぞれ次のように述べた。
「MARS-1は日本の鉄道における情報処理の高度化と効率化に大きく貢献したばかりでなく、その後の国内の情報処理の発展にも寄与した画期的な成果だ。とりわけ、コンピュータの利用がまだ黎明(れいめい)期だった時代に、コンピュータによる鉄道システムの革新の可能性をいち早く見出した。列車の座席予約業務の自動化に結び付けた先見性と挑戦は世界的に見ても極めて先進的なものとなった」(渡辺氏)
「MARS-1は世界で初めてオンライン・リアルタイム・トランザクション処理を実用化した鉄道座席予約システムとして誕生した。コンピュータ技術が黎明期にあった当時、即応性と信頼性を両立し、座席の二重発売を防ぎながら安定運用したことは誠に画期的な挑戦だ。日本の情報処理技術史のみならず、世界のオンライン処理技術の発展に大きな足跡を残したと考えている」(池田氏)
「MARS-1は鉄道技術研究所の論理設計に基づき、日立製作所が回路設計と製作を担当した。社会インフラへのコンピュータの利用を切り開いた画期的なシステムだ。当社としては、MARS-1はまさに創業の精神である『和、誠、開拓者精神』の下、各事業部門が一体となって開発に取り組んできた。今後は新たにAIを活用したシステムの開発や社会実装が求められるだろう。そんな新時代においても歴史的な技術資産の精神を受け継いで、安全で信頼性の高いシステムを開発することをお約束する」(永野氏)
今も進化し続ける鉄道座席予約システム「MARS」は、鉄道技術研究所の穂坂衛博士が発案した。その原型となるMARS-1は1960年に運用を開始した。その後、国鉄の分割民営化によりMARSは鉄道情報システムに運営が引き継がれた(図1)。
当初、MARSは4本の列車、1日3600座席、最大15日先までの予約に対応していた。その後、収容列車数や収容座席数を増やし、1965年には新幹線の座席予約システムとしても使用されるようになった。その後も機能追加による提供サービスの拡大やITの進化に合わせたシステム構成の変更、処理能力の向上を続け、1985年に「指定席予約システム」から「旅客販売総合システム」(MARS 301)へと進化した。
MARS発案者による「考え続けたエピソード」とは
現在の「MARS 505」の2025年度実績における収容列車数は約8700本だ。1日当たり平均約1060万コールのオンライン・トランザクションを処理し、134万座席分の切符を販売し、1日当たりの平均取り扱い金額は約100億円だという(図2、図3)。
さらに、稼働率99.999%の高可用性を維持し、災害時にも途切れずサービスを提供するための備えを継続的に実施。切符のインターネット販売やチケットレス化、増加する外国人旅客への対応など、新たな販売領域に対応している(図4、図5)。
なお、IEEE Milestoneは「電気・電子をはじめとする技術領域において達成された画期的なイノベーションの中で、開発から25年以上経過し、社会や産業の発展に多大な貢献をした歴史的業績を表彰する制度」だ。日本ではこれまでに「八木・宇田アンテナ」(1924年発明)や、「東海道新幹線」(1964年開業)、「野辺山45m電波望遠鏡」(1982年完成)など、1995年以降で58件が選定されている。
この記念式典で最も筆者の印象に残ったのは、鉄道総合技術研究所のグループ会社であるジェイアール総研情報システムの後藤浩一氏(代表取締役社長)による「MARS-1の開発経緯とその情報処理技術への貢献」と題した記念講演だ。同氏は、MARSを発案した穂坂博士をめぐるエピソードについて次の通り話した。
「穂坂博士は1955年、研究室の懇親会のための軽井沢旅行で上野駅から列車に乗った。座席が取れず、立って見ていた車内の風景から、座席指定の問題を解消する方法をひらめいた。座席の割り当て、空席の検索を高速に取り扱えるコンピュータの可能性に気付いたのだ。その際、座席の乗客が“ビット”に見えたという。また旅行後、同じく懇親会に参加した上役から『お前は軽井沢で何か考え事ばかりしていた』と言われたそうだ」
座席の乗客一人一人がコンピュータにおける情報量の最小単位である「ビット」に見えたというのは、まさしく穂坂博士の頭の中にロジックやアルゴリズムが浮かび上がってきたということだろう。それだけ、列車の座席予約業務をどうすれば自動化できるかを一生懸命考え続けていたということだ。
MARSはすなわち、コンピュータで鉄道の座席予約業務を自動化するといった「これまでできなかったことをコンピュータでできるようにした」ものだ。コンピュータは今で言うIT、そしてこれからはAIの時代だ。AIを使えば「もっとこれまでにできなかったことができるようになる」だろう。そこで人間が考えるべきなのは、「何のためにそれをやり、それをどのようにしたいのか」ではないか。
温故創新の「創新」は、「イノベーション」を意味するとの捉え方もある。新しいことを創り出すには、穂坂博士のように「これまでできなかったことがどうすればできるようになり、世の中に貢献できるか」を一生懸命考えることが肝要だ。AIを使えば、相当のことが実現できそうだ。それこそ、人間にとって面白い仕事なのではないか。
著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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