「業務の前提そのもの」をどうアップデートする? IBMが説く「AXの要件」を考察:Weekly Memo
IBMが企業のAXにおける新たな指針として「AIオペレーティングモデル」を打ち出した。その内容から、企業がAXに向けて取り組むべき要件を探る。
企業はAX(AIトランスフォーメーション)に向けて、どのように取り組めばよいのか。この疑問に対し、IBMが新たな指針として「AIオペレーティングモデル」を打ち出した。その考え方やアプローチの仕方が、企業のAXの取り組みにとって指針になると感じたので、今回はその内容を取り上げ、考察したい。
IBMが打ち出した「AIオペレーティングモデル」とは
「企業のAXは、一部の人や組織だけがAIを活用するのではなく、業務単位でこれまでの前提をリセットし、AIを主体に業務を再設計することが成功のカギとなる。業務の前提そのものをアップデートするこの考え方が、IBMの『AIオペレーティングモデル』だ」
日本IBMの村田将輝氏(取締役副社長執行役員 Chief AI Officer)は、同社が2026年6月2日に開いた「AIオペレーティングモデル」の記者説明会で、こう切り出した。AIオペレーティングモデルは、米IBMが同年5月初旬にボストンで開催した年次イベント「IBM Think 2026」で発表した同社のAXのコンセプトおよびソリューションだ。日本IBMがこの内容について会見で説明するのは、今回が初となる。
村田氏は続けて、AIオペレーティングモデルの戦略的な位置付けについて次のように述べた。
「IBMは、AIオペレーティングモデルの構築および移行を促進するテクノロジーやソリューションを提供し、AIファースト企業へのお客さまの転換を実現する。IBMの戦略はハイブリッド・マルチクラウド、マルチモデル、マルチAIエージェント環境が基本となる。複雑性が加速度的に拡大するAI時代において、お客さまが主権を持つ次の標準となるオペレーティングモデルを共創したい」
AIオペレーティングモデルは、AIに今の状況を理解させる「インテリジェンス」、AIを組み込んで実行する「アクション」、AIを止めずに運用する「オペレーション」、責任を持ってAIと働く「トラスト」といった4つの能力から構成される(図1)。
同氏は人間の役割について「AIが主体となる業務設計になると、人間の役割は『AIに目的を与える』『AIの動きを監督する』『最終の品質に責任を持つ』という3つに集約されると考えている」と述べた。「AIオペレーティングモデルが提供する4つの能力は、これら3つを支援するものでもある」(村田氏)
以下、4つの能力についてひもといていこう。インテリジェンスとアクションについては日本IBMの野村幸平氏(理事 エグゼクティブ・アーキテクト)、オペレーションとトラストについては同社の菱沼章太朗氏(執行役員 兼 技術理事 ソフトウェア・エンジニアリング事業部長)が説明した。
「今後は多くのAIエージェント同士が連携して、業務を遂行する世界が広がる」
野村氏はこう述べて、まずAIを組み込んで実行する「アクション」から次のように説明した。
「アクションはそうした世界において増え続けるAIエージェントを、企業活動の中で運営し統制するための能力だ。この能力が必要な背景には、AIの民主化と分散化の動きがある。AIの民主化によってAIが現場主導で広がることで、部門や業務ごとに異なるAIエージェントが急速に増える。また、AIの分散化によってAIの活用はマルチモデル、マルチエージェント、ハイブリッド・マルチクラウドが前提となる」
同氏はAIの民主化と分散化が進む中で、AI活用の新たな課題は「どのAIが何を実行しているか」「どのデータやツールにアクセスしているか」「どこで問題やコストが発生しているか」といった「運営と統制」になると説明した。
そこで求められるのが、「コントロールプレーン」という考え方だ。コントロールプレーンとは、分散したAI全体を一元的に見える化・運営・統制する、「AIが動く仕組み全体」を統合管理する中核能力となる機能だ。「言い換えれば、増え続けるAIを企業として運営するための司令塔となる存在だ」(野村氏)という(図2)。
IBMはこのコントロールプレーンを実現する中核技術として「IBM watsonx Orchestrate」(以下、watsonx Orchestrate)を提供している。ただ、野村氏によると「これまでwatsonx OrchestrateはAIエージェントを作成して実行するためのプラットフォームとして進化してきた。このたびその役割をさらに拡張し、企業全体のAIエージェントを運営し統制するコントロールプレーンとして再定義した」とのことだ。
その上で同氏は、「とりわけ重要なのは、IBMの考え方として、特定のエージェントやモデルに依存しないということだ。実際の企業のIT環境を見ても、利用するAIは一様ではなく、さまざまなエージェントが存在しつつある。また、それらを利用する業務システムやツールも企業ごとに異なり、モデルも多様化している。watsonx Orchestrateはこれらを企業全体で統合管理できるようにする」とし、「ここにおけるIBMの強みは、既存の資産を生かしながらハイブリッドなマルチベンダー環境全体にまたがるエージェントやモデル、システムを統合的に運営できることにある」と力を込めた(図3)。
さらに、「IBMはこのコントロールプレーンを単独で考えているわけではない。AIを企業活動に組み込むためにデータやセキュリティ、ガバナンス、運用まで含め、マルチエージェント、マルチモデル、ハイブリッド・マルチクラウド時代を見据えて統合AI基盤というアーキテクチャに取り込んで来た。そして今、エージェンティックAI時代が到来し、これまでの取り組みが実を結ぶ形になってきた。IBMはこれまでの知見や個別のテクノロジーだけでなく、企業全体でAIを運営するための統合AI基盤を今後も進化させていく」と述べた(図4)。
AXの中で人間が果たすべき3つの役割とは
AIに「今」を理解させる「インテリジェンス」については、野村氏は次のように説明した
「以前は人間が起点となってAIを利用していた。今後は、企業のさまざまな業務に対してAIエージェントが自律的に動くようになる。しかし、AIエージェントが自律的に業務を実行するには企業全体の最新状況を正しく理解する必要がある。ところが、業務データは個別のシステムに分散しているのに加え、リアルタイムの変化が共有されなければ、AIは古い情報を前提に誤った判断や処理を続ける可能性がある。こうした課題を解消し、AIに今の状況を継続的に理解させることが企業競争力に直結する」
AIエージェントが「今」を理解するための条件とは何か。同氏は、「コネクテッド」「アンダスタンド」「トラステッド」の3つを挙げた(図5)。
AIを止めずに運用する「オペレーション」については、菱沼氏が「さまざまなAIエージェントが重要な業務を担う中で、その動きをいかに止めないようにするか。そこで今、特に懸念されているのがセキュリティと運用だ」と述べ、次のように説明した。
「セキュリティについては、従来は専門家の手によって脆弱(ぜいじゃく)性を見付けてきた。それが今話題の高性能なAIによって従来のセキュリティワークフローが大きく変わり、専門チームが修復できる以上の大量の脆弱性が見つかる恐れが出てきた。こうしたことから、脆弱性管理の課題は『どの脆弱性の被害が大きく発生の可能性が高いのかという優先順位付け』と『時間の制約がある中でいかに早く修正するかという早期修正』に移行する」
その上で、同氏は脆弱性管理を再考した形として図6を示した。ポイントは、自動検出から自動修復までの間の管理として「影響を可視化し業務への影響を最小化する」ことと、「リスクとコストを最小化する修復案を出す」ことだ。
責任を持ってAIと働く「トラスト」については、菱沼氏は次のように説明した。
「(AXを進める)IT環境では『非人間アイデンティティ(NHI:Non Human Identity)』に対し、デジタルアイデンティティが付与される形になる。AIが業務の主体になれば、セキュリティの中心が人間から『エージェント+人間』に変化するため、NHIの可視化と統制が次世代セキュリティの重要な課題になる」
同氏はNHIの課題として、「過剰な権限の放置」「実行時認可の欠如」「なりすましと不可視の委任」「説明責任制の欠如」の4つを挙げる(図7)。その上で、「AIオペレーティングモデルにおける信頼(トラスト)の本質は、『そのAIにどこまで何を許すのかを厳格に管理すること』にある」と強調した。
また、NHIを前提としたゼロトラスト設計として5つの原則を挙げ(図8)、「必要な瞬間にだけ必要最小限の認証情報を払い出し、終われば失効させるというのが基本的な考え方だ」と説明した。
これまで紹介したAIオペレーティングモデルが提供する4つの能力については、考え方やアプローチの仕方を中心に説明してきたが、IBMはそれぞれに対して効果的なソリューションを用意していることを申し添えておく。
このAIオペレーティングモデルが提供する4つの能力こそが、企業がAXに向けて取り組むべき要件だというのが、筆者の今回の訴求ポイントだ。
最後に改めて取り上げておきたいのは、村田氏が述べたAXの中で人間が果たすべき役割だ。「人間の役割は『AIに目的を与える』『AIの動きを監督する』『最終の品質に責任を持つ』という3つに集約される」という話は、筆者の日々の取材でも耳にするようになってきた。非常にクリアな説明だったので、重ねて書き記しておきたい。
著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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