「自分がいなくなっても回る」仕組みを作る AI時代のIT部門が生き残る条件:「AIリストラ」の足音とどう向き合う? IT部門の生存戦略
「AIに仕事を奪われるのではないか」。不安が語られる一方で、スタートアップや中小企業には「自分がいなくなってもシステムが回り続ける仕組みを作る」という価値観が根付く。属人化を抱え込む大企業のIT部門にとって、この発想は何を意味するのか。
この特集について
エージェンティックAIの台頭に伴い、これまでのIT部門における業務の在り方やキャリアの常識は、大きな転換期を迎えている。この荒波を生き抜く鍵は、旧来の役割から脱却し、AIには代替できない領域へと自らの役割をスライドさせることにある。IT部門が自らの価値を再定義し、主体的にキャリアを選ぶための道しるべを示す。
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「AIによってホワイトカラーの仕事が奪われるのではないか」「大企業のIT部門で定型業務を担う実務担当者の居場所はどうなるのか」。AIへの過度な期待と雇用不安が入り交じった言説が飛び交っている。だが、ITの現場を支える実務担当者やリーダーは、本当に恐怖を感じながら日々の業務に向き合っているのか。
今回話を聞いたのは、従業員数100人ほどのIT企業で、2人で社内のインフラとセキュリティの全般を統括する情報システム部門のマネジャー、H氏だ。技術の最先端を追いながら、「いざとなったら大型車を運転して稼げばいい」と笑う。
H氏が語ったのは、AIを全社で使い倒す現場のリアルと、「自分がいなくなってもシステムが回り続ける仕組みを作る」というスタートアップの価値観だった。自分の領域を守るために属人性を抱え込むような一部の大企業のIT部門に対し、H氏はその発想を今すぐ捨てるべきだと語る。
社長がAI勉強会を主催する現場
──Hさんの会社ではAIが活発に使われていると聞きました。社内での普及状況はいかがでしょうか。
H氏: 社内のAI活用はすさまじいレベルで進んでいます。もともと社員全体のITリテラシーが高いので、情シスである私たちが「このツールを使いなさい」と強制しなくても、現場のメンバーが自主的に使いこなしています。
そのカルチャーを象徴しているのが社長です。エンジニア出身の社長自らが、プレゼン資料の作成にAIを使ったり、Anthropicの生成AI「Claude」を用いたコーディング勉強会を主催したりしています。そこに社員が「ちょっとのぞいてみよう」と自然に集まり、非エンジニアにもAI活用が広がっていきました。
──非技術部門では具体的にどう使われているのでしょうか。
H氏: カスタマーサポートのメンバーは、AIを使ってGoogle Apps Script(GAS)を自分で書き、スプレッドシートの集計業務を自動化しています。開発チームでは、コーディングだけでなく設計書やテスト仕様書の作成にもNotionの生成AI機能「Notion AI」を組み込んでいますね。
──許可なくAIが使われる「シャドーAI」のようなセキュリティ面の懸念は出てきませんか。
H氏: リスクはありますが、厳しいルールで縛ることはしていません。ログは取得しているので、問題がありそうな挙動を見つけたら個別に声をかける程度です。
組織が急拡大しているフェーズなので、今後は多少ルールを整える必要も出てくるかもしれません。ですが私のポリシーとして「働きやすくて楽しく働ける環境」を提供し続けたい。過度な規制で現場の利便性を損なうことは本末転倒だと思っています。
現場が直面するAI活用の3つの壁
──理想的なAI活用に見えますが、実務レベルでの壁はありますか。
H氏: 幾つもあります。現場の目線で見ると、大きく3つです。
1つ目は仕様の壁です。AIにコードを書かせると、指示した仕様通りに書かれない、全く関係ない場所を勝手に書き換えてバグを出すという現象が日常茶飯事です。弊社のエンジニアが「ガードレール的なルール」を内製化して制御しています。少しずつミスは減っていますが、完全な自動化には至っていません。
2つ目はクレジットの壁です。実務上ではこれが最も難しい問題です。クレジットは利用量に応じて消費される利用枠のことで、強力なAIモデルがリリースされた直後は全社員が一気に使うため、数時間で上限に達してしまいます。「AIがある前提」で業務を組み立てているので、枯渇した瞬間に社内全体の生産性が一気に落ち、業務が一時的に止まります。
3つ目はコストの壁です。今は利用料金が比較的安価なので許容できていますが、今後は値上げの波が来るでしょう。もしライセンス料が3倍に跳ね上がったら、「人を雇った方が安くないか」というトレードオフの局面が訪れます。そのとき、AIを使い続けるべきか人手にするべきかの判断が必要になると思います。
絶対に手動で残す業務とは
──定型業務の中で、あえてAIに触らせず人の手元に残している領域はありますか。
H氏: あります。アカウントの発行やアクセス権限の付与といったSaaSの権限設定回り、そして人事データの取り扱いです。今でも手動で操作し、マネジャーが目視で最終確認する仕組みにしています。
──権限付与はAIが得意そうなルーティン業務に見えます。
H氏: ミスが発生したときの影響が大きく異なるためです。AIが意図しない挙動を起こして、一般社員のアカウントに人事データへのアクセス権やシステムの最高管理者権限を誤って付与したら、一発で致命的なセキュリティインシデントになります。インシデントに直結する業務は、人間の最終承認と手動操作を守るべきです。
20年前に大型免許を取った理由
──IT実務担当者がこれからの時代に居場所を確保するために必要なスキルは何でしょうか。
H氏: 「基礎技術の理解」と「物理(フィジカル)スキル」です。
AIに定型業務や保守業務を任せて自分が楽をすること自体は大賛成です。しかし中身を理解せずに丸投げすると、インフラやシステムがブラックボックス化します。AIが止まったり、コストが急騰して使えなくなったりしたときに、自分で中身を開けてトラブルシューティングできるインフラやプログラミングの基礎は、人間が持っておかなければなりません。基礎が分かっている人間が、AIを本当の意味で乗りこなせます。
もう一つは物理領域です。デバイスのキッティングやネットワークの物理配線、データセンターの保守管理は、画面の中の知的作業が自動化されても残ります。最近は「クラウドしか分からないので物理ネットワークは分かりません」という若手が増えていますが、クラウドの裏側では必ず物理サーバが稼働し、誰かがケーブルを挿しているんです。
──物理が最後の砦になる、というのは面白い視点です。
H氏: 実は私自身、20年ほど前の20代の頃に「ITはいずれ自動化されて、自分がPCの前でやる仕事はなくなるのではないか」という予感がありました。そこで大型第一種免許を、教習所に通わず運転免許試験場での直接受験で取得しました。
今でもプライベートでは、行きつけのラーメン屋の券売機の設定が壊れたら修理を手伝いに行きます。飲食業界は利益率が高くないので、大手チェーンでもない限りAIを簡単に導入できません。「飲食×IT」や「ローカルな物理環境×IT」という、AIの手が届かない領域にコミットできるITスキルこそが、人間側に残る強みだと考えています。
属人化を捨て、引き算の技術力へ
──特集の第1回では、「AIに自分の仕事を奪われまいと、業務をブラックボックス化して属人化を維持しようとする大企業内の動き」が論点として挙がりました。この現象についてどう思われますか。
H氏: 非常に大企業らしいと思いますし、そう考えてしまう心理も分かります。縦割り組織で「自分の領域はここだけ」と決まっていると、そこをAIに奪われれば社内評価が下がる、別の部署に飛ばされるのではないかと怯えて城を守ろうとする。評価軸が「コードをどれだけ書いたか」「定型業務をどれだけこなしたか」になっているからこそ起きます。
スタートアップや中小企業のカルチャーは逆です。最大の美徳は「自分がいなくなってもシステムが回り続け、会社が落ちない仕組みを作る」、つまり属人化は悪だという考え方です。AI時代に生き残るIT部門の担当者は、自分の仕事を守るために属人化させる内向きのマインドを捨てるべきです。AIを活用して自律分散的に回る仕組みを作り、浮いたリソースでビジネス部門と直接対話する方向へシフトする必要があるのではないでしょうか。
──最後に、IT部門の読者に向けたメッセージをお願いします。
H氏: 「高度なITアーキテクトや年収数千万円の上級IT人材を目指さなければ生き残れない」という言説がありますが、そんなことはありません。私自身、最先端の技術に触れて楽しく仕事ができれば満足で、派手なキャリアを目指しているわけではないんです。
今後のIT部門に必要なのは、技術を上限なく詰め込むことではなく、会社の財務や成長フェーズを見極めて、あえて「やらない判断」ができる引き算の技術力です。会社の規模に見合わない高額なセキュリティ製品を導入して利益を圧迫すれば、セキュリティは守れてもビジネスとしては主客が逆転します。「今のフェーズならここまでの対策で止めておく」という判断を下し、その理由を経営層に納得のいく言葉で説明できること。これが、AIには真似できない、経営に寄り添うIT人材の価値だと思います。
取材を終えて
H氏の話は、AIを称賛するものでも脅威論でもなかった。クレジットが尽きれば生産性は落ち、料金が上がれば人手との比較が必要になる。権限付与のように影響の大きい業務は手元に残す。その上で、浮いた時間を基礎技術の維持と物理領域、そしてビジネス部門との対話に振り向ける。
AIに何を任せ、何を任せないかを自分で決められる状態をつくること。それが、AIを前提とした組織でIT部門が担う仕事になるのではないだろうか。
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