全部傑作じゃん……。タモリ氏がストーリーテラーを務め、毎回豪華なキャスト陣を迎えながら、不思議な物語が紡がれる人気シリーズ『世にも奇妙な物語』の最新作が、『世にも奇妙な物語 '26夏の特別編』として先日6月27日に放送されました。
独特な設定や風刺の効いたストーリー展開が印象的な当該シリーズですが、正直なところ、回によって当たり外れがありますよね。私自身、幼少期から何度も見るくらい大好きなシリーズなのですが、最近は少し物足りない印象でした。
しかし、驚くべきことに、今回は全部当たり。傑作ぞろいの最高の回で、今まで以上に風刺性が強まっている印象を受けました。そこで今回は、大傑作だった『世にも奇妙な物語 '26夏の特別編』の考察をしていきます。『おじさんになりたい』のラストの意味にも触れますので、ぜひご覧ください。
ライター、作家。Fav-Logではアニメや映画の考察、ゲーム、ファッション、スポーツ用品の記事などを担当。ライター業と並行して、小説や漫画原作のお仕事も引き受けています。『第33回シナリオS1グランプリ』奨励賞受賞、著作に『自殺が存在しない国』(幻冬舎)、原作担当作に『仕組みという名の檻の壊し方』(フローラル出版/ビジネス書グランプリノミネート作)、『嘘つきカノジョの影盛さん』(コミックシーモア/原作)など。好きな数字は「0」。Twitter:@kirimachannel
今回の『世にも奇妙な物語』を見て、私がいの一番に感じたのは「これって日常系じゃん」という感覚でした。何を言っているんだ……と呆れられたかもしれませんが、もちろん劇中の出来事自体は突飛な事だし、絵空事の類です。しかしそこに描かれている問題意識は、現実世界と地続きのものであるし、まったく他人事とは思えないものばかりでした。
母親をネットオークションで落札する『マザーズオークション』では、人間がスペック化され、数値化されて、モノ化される様が描かれており、『遺体は一体……』では公的機関の隠蔽や、蔓延するフェイク情報の問題意識も読み取れます。
『実家じまい』では、齊藤彩氏の『母という呪縛 娘という牢獄』や、三宅香帆氏の『娘が母を殺すには?』などで昨今関心が持たれている「母娘問題」を中心に、高齢者の孤独ないし棄民問題などが取り上げられています。そして『おじさんになりたい』で描かれる、家庭内暴力と地域の不在、繊細な子供たちなど……。
突飛な設定を取り払えば、そこに描写されている内容は、いずれも私たちが住む現代社会の姿そのものです。どの話も設定の説明なしに、すっと理解できてしまうのは、我々の日常風景だからではないでしょうか。あまりに違和感が無さ過ぎて、私なんかは、逆に怖いなと感じるくらいでした。
ネット上で人がモノ化され、陳列されている姿は、SNSやマッチングアプリで日々目撃している人も多いことでしょう。捜査機関や報道機関、政治とカネ、芸能界の闇など、2020年以降、昭和から力を持つ権威、既得権益が不正を働いているという事実が次々と暴かれていき、公的なものへの不信感が強まっている時代。『遺体は一体……』の隠ぺい工作を見ても、まあ、そういうこともあるだろうな程度に、すっと納得してしまうところがありました。
『実家じまい』と『おじさんになりたい』では核家族化による、密室のコミュニケーションで息が詰まり、家族が瓦解していく様子が見て取れます。『実家じまい』における、高齢者と若者の世代間対立など、いずれのテーマも全て現実的。実は奇妙な話ではなく、そこにあるのは私たちの実生活であり、隣近所で起こっているドキュメンタリーであると……そんな風に私には見えました。ゆえに今回の作品群は“日常系”だなというのが、私のやや奇妙な感想になります。
すでに総論的な事を述べましたが、各論としてもう少し深掘りしたいエピソードがあります。先ほども取り上げた『マザーズオークション』と『遺体は一体……』。両者に共通するのは、見ている情報の不確実さ、見ているものがフェイクかもしれないという感覚です。
まず『マザーズオークション』では、実家の物をネットオークションで勝手に出品して生活している、ニートの主人公・岸田亮(杉野遥亮)。ある日、ネットオークションで亮の母・信子(青木さやか)が出品されていることを目撃します。うざいと思っていた母親ですが、オークションに出され、誰かに買われてしまう恐怖感と、親のありがたみを知った、亮はバイトに目覚め、オークションに勝てるようお金を貯めることに……。
こうして無事社会復帰する亮でしたが、後に全部母親とその仲間たちが仕込んだことだったと明かされます。母親に感謝し、社会復帰できるよう、コントロールされていたわけですね。オークションで競り合っていたアカウントも、実は知り合いだらけの仕込み。こうしたカラクリに気づけないのは、亮が社会に出ず、ネット空間だけに生きているため、ネットというフィルターバブルの外をイメージできないことに由来します。
このエピソードから読み取れるのは、匿名アカウントへの不信感です。今やスマホ農場と言われるものも生まれ、アカウントやいいねを大量に生み出すことが、一般的にも知られている時代。AIの登場もあり、ネット上の存在への不信感が高まっている状況です。
また亮をはめた彼らが作っていたものは、まさにリアリティーショー的なものでした。亮という出演者の外側で演出している人がいることを意識させる、メタ的な構図だったかと思います。このリアリティーショーへの違和感は、昨今で言えば『推しの子』でも表現されていました。
現代は誰もが発信できるため、自分たちが加工や編集を行っている分、他人が作ったものに対して、リアルかどうか作り物かどうかの目線が入ります。互いが互いに対して、小さなフェイクを提示し続ける時代だからこそ、かえってリアル判定が厳しくなっているのです。加工や編集ができない「BeReal(ビーリアル)」が流行るのもそのためでしょう。
加工技術だけでなく、AIも登場し、小さな嘘、大きな嘘を互いに発信し続ける現代。私たちはどこかで「これは作り物? 本物?」と査定している感覚があるわけです。どうせ作り物だろという感覚が、最後の演者たちによる種明かしに現れていると、私は考えます。
ひと昔前の『世にも奇妙な物語』なら、毎回1話は入っている、家族思いの良い話として閉じられるエピソードだったはずですが、フェイクがまん延する現代、無防備に美談を信じることができなくなっているのかもしれません。
この嘘やフェイクにまみれていて「これは作り物? 本物?」と疑う目線は、殺人現場が刻一刻と変化してしまう『遺体は一体……』とも重なるテーマ性です。誰が本当のことを言っているか分からない、現代の情報環境の混乱と、本物を希求する潜在的な想いが、両作に表れているように感じました。
最後に『おじさんになりたい』の不思議なラストについて、考察していこうと思います。この話は、8歳の縫川小春(永尾柚乃)が「おじさん」(松尾諭)になれる、不思議な着ぐるみを見つけ、おじさんとなって家庭内暴力を振るう父親へ立ち向かう物語です。
まず前段として、男女共同参画局が掲載しているDV相談件数や、こども家庭庁が発表する児童虐待相談対応件数とその推移などを見ると、両者ともに、その件数は増加傾向にあることが伺えます。
こうした危機的な状況に置かれた子供たちが「おじさんになりたい」、そして力を付けたいと希求するのは、非常に心が痛みますが、リアルな想いなのかなと、心がギュッとなりました。可愛さやカッコよさじゃなく、力が欲しいというのが、なんとも切ない気がします。
さて、そんな中、小春は家庭内暴力を振るう父親へ、果敢に立ち向かっていきます。しかし話し合いで解決するかと思いきや、父親は「気を付けるよ」と言うだけで、母への暴力を辞めるとは言いませんでした。
先ほども触れましたが『世にも奇妙な物語』は毎回、美談が1話ほど入っているので、最後は親と分かり合うのかなと思っていました。ですが小春はそんなお花畑思想ではなかったようで、父親に見切りをつけてしまいます。
背中にファスナーを取り付け、自分が父親の着ぐるみを被り、お父さんとして振る舞うことを選択するのです。そして最後のシーン、お父さんの着ぐるみの背中にあるファスナーを閉めるよう、小春は2歳下の妹・千夏(諸林めい)にお願いします。「もうファスナー、嫌だ」とグズる千夏に対し、いつも優しく接していた小春がなぜか「言うことを聞きなさい!」とドスの効いた声で、怒鳴り付けます。
ここで、あれっ?と思った方も多いのではないでしょうか。小春は父親のそういう暴力的な言動に嫌気がさしていたはずなのに、お父さんの着ぐるみを着たら、まるで同じようなことをしているわけです。ここから分かるのは、小春はお父さんの着ぐるみを羽織ることで、文字通り「父親」という役割を着てしまったのだということです。役割に人格が乗っ取られたと言ってもいいでしょう。
暴力的な父親がいなくなったのに、小春は家庭内での役割として「父親」を演じ始めてしまったのです。肉体が変わり、姿が変わり、パワーが変わったことで、父親としてロールプレイングを始めてしまったのかもしれません。
翻って見れば、元々の父親も父権的なイメージ、役割を演じていただけで、中身のあるコミュニケーションをしていたのかは謎です。役割を演じているうちにガランドウになってしまう現代人の悲哀が、ここに表現されているのかもしれません。最初に小春が拾ったおじさんも、そうやっていつの間にか役割だけの空っぽな存在になり、捨てられていた可能性もあります。
小春のように、私たちは簡単に役割を着て、内面を脇に置いてしまう生き物であるし、妹の千夏のように、その状態を受け入れてしまうところもあります。力はあるけど中身はないというのは、なんとも皮肉じみていますが、もしかしたら、こんなことを言う私の背中にもファスナーが……。
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