爆売れアニメ『ブルーロック』『推しの子』『よう実』の意外な共通点とは? 今の若者は”モラトリアム”している暇なんてないのかもしれない
累計発行部数3000万部突破の『ブルーロック』、累計発行部数1200万部突破の『推しの子』、累計発行部数840万部突破の『ようこそ実力至上主義の教室へ(以下、「よう実」と表記)』など、今回は上記3作品の大ヒットアニメをレビューしながら現代の視聴者の特徴について考察していこうと思います。
累計発行部数3000万部突破の『ブルーロック』、累計発行部数1200万部突破の『推しの子』、累計発行部数840万部突破の『ようこそ実力至上主義の教室へ(以下、「よう実」と表記)』など、こうした話題作が続々とアニメ化され、その全てが成功を収めています。
一見関連性がなさそうなこれらの作品ですが、こうした近年の爆売れコンテンツにはいくつかの共通点があり、現代の時代状況を考察するうえで参考になるところがあります。
そこで今回は上記3作品をレビューしながら、現代の視聴者の特徴について考察していこうと思います。本記事にはネタバレの要素が含まれているので、アニメを見てから読むことをおすすめします。
木島祥尭
フリーライターとして、家電、家具、アニメ等の記事を担当。大学時代から小説や脚本などの創作活動にはまり、脚本では『第33回シナリオS1グランプリ』にて奨励賞を受賞、小説では『自殺が存在しない国』(幻冬舎)を出版。なんでも書ける物書きの万事屋みたいなものを目指して活動中。最近はボクシングをやりはじめ、体重が8kg近く落ちて少し動きやすくなってきました。好きなのものは、アニメ、映画、小説、ボクシング、人間観察。好きな数字は「0」。Twitter:@kirimachannel
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『ブルーロック』『推しの子』『よう実』のレビュー:学生なのに”モラトリアム”がなく、すでに”競争”が始まっている
爆売れコンテンツの『ブルーロック』『推しの子』『よう実』の3作品に共通しているのは、”学生なのにモラトリアムが存在しない”という点です。モラトリアムとは、社会的責任を一時的に免除される猶予期間のことで、通常は経済的・精神的に親へ依存している学生時代がそれに該当します。「大人になるための準備期間」と言われることもあります。
筆者が学生だった2000年代にはモラトリアムの感覚に寄り添うような作品が多数展開されており、大変な人気を獲得していました。『涼宮ハルヒの憂鬱』や西尾維新の『物語シリーズ』、『けいおん!』などがその代表格で、とりとめもないモノローグや会話劇を行いながら、終わりのない青春劇を繰り広げていました。
こうしたコンテンツが好調だった2000年代の日本社会は、バブル経済崩壊後の目指すべき方向を失った(物語を失った)時代へと突入しており、いわゆる”終わらない日常”問題を抱えていました。
『涼宮ハルヒの憂鬱』にもこうした要素は多分に含まれており、このまま何も起こらない退屈な日常が続くことへの憂鬱を、ハルヒが退屈になると生まれてしまう閉鎖空間という設定で表現していました。つまらない日常から解放されたいという、その当時の若者の感覚を見事に捉えていたと言えるでしょう。
その一方で『けいおん!』など日常系アニメが社会現象になるなど、何も起こらない日常に愛着を感じていたのも事実で、"この日常(モラトリアム)がずっと続けばいいのに"という感覚も同時に持ち合わせていました。『涼宮ハルヒの憂鬱』にも”エンドレスエイト”という永遠に夏休みをループするエピソードが存在しますが、この点からも"モラトリアムを延長させたい"という願望が読み取れます。
ただエンドレスエイトは最終的に、このループを終わらせたいという方向へ舵を切るので、”モラトリアムへの愛着”と同時に”終わらない日常への憂鬱”の両方を内包している、まさに2000年代的な価値観を反映した内容だったと言えます。
『ブルーロック』『推しの子』『よう実』のレビュー:”ゆるブラック”な会社や作品が信用できない時代へ
時代が下り、今支持されている『ブルーロック』や『推しの子』を見ると、上記のような2000年代的な終わらない日常問題はすでに存在せず、”モラトリアムがない”ことが分かります。
『ブルーロック』では日本代表のストライカーをめぐる壮絶な競争が行われ、『推しの子』では学生時代からアイドルや役者として活動しすでに大人として振る舞っています。『よう実』でも、学園内での生活に使う現金代わりの"プライベートポイント"を獲得するため熾烈な競争が繰り広げられます。
ぼんやりと日常を過ごしたりアイデンティティーに悩んだりする余裕はすでになく、学生時代から生き残りをかけたポジション争いが始まっているわけです。
よく考えてみれば、2011年の大震災や2020年のコロナショックを経て、日常がすでに壊れた世界に我々は生きているわけで、現代の若者の感覚として”モラトリアムしてる暇なんてない”というシビアな価値観のアニメが評価されるのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。
現代はいわば”終わらない日常が終わった世界”になってしまったわけで、イーロン・マスクが指摘するまでもなく日本は超少子高齢化社会に突入しており、経済が低迷していく未来は目に見えています。生成AIの発達や年金問題など、将来の不安要素が無数に指摘される現代社会で生き残るには、早くスキルを磨き早く成長しなければならず、緩いモラトリアムに浸っている時間なんてないと思うのも自然でしょう。
昨今話題となっている、成長が見込めない企業のことを差す”ゆるブラック”という概念からも、今の若者のシビアな価値観がうかがえます。
エン転職が公表した「ブラック企業・ゆるブラック企業」調査では、「ゆるブラック企業からの転職」について20代の肯定派は81%にもおよび、成長しなければならないというある種の焦燥感が読み取れます。
経済が縮小し残された座席(権益)の奪い合いが始まる中、いち早く成長し成功しなければならないという焦燥感の中に現代の若者がいるとすれば、モラトリアムをすっ飛ばして将来のために厳しい競争を繰り広げる『ブルーロック』『推しの子』『よう実』のストーリーは、リアリティがあり共感しやすいのかもしれません。
『ブルーロック』『推しの子』『よう実』のレビュー:”SNSネイティブ世代”の感覚とリンクする要素も多い
競争をベースにした上記3作品のアニメが評価される背景として、”SNSネイティブ世代”の感覚とリンクする要素が存在する点も見過ごせません。
『ブルーロック』のランキングシステムや、『よう実』のプライベートポイントシステムなどは、SNSで日常的にいいね!やフォロワー数など数字で他者を評価し、他者から評価されるSNSネイティブ世代の現実感覚にフィットするところがあるものと思われます。
『推しの子』で描かれるSNS上での誹謗中傷なども、SNSネイティブ世代にとってリアリティのある描写と言えるでしょう。また『推しの子』の特徴である業界の裏側を描くという点も、SNS文化とつながるところがあります。
『推しの子』では通常は公表されないアイドルのギャラ事情や契約関係などが事細かに描写されており、その点も人気を集めているポイントです。普通は知ることのない業界人の裏話が聞ける面白さなのですが、これはコロナ禍以降に芸能人の間で爆発的に広まったYouTube文化との連続性があるように思われます。
暴露系YouTuberをはじめ、芸能人自身も今まで語らなかった業界の裏話をYouTube上で語り始め、大変な人気を獲得することになりました。こうした表の姿だけでなく裏の姿も見せて欲しいという時代感覚と、『推しの子』の光と闇、表と裏を描くスタイルが評価されている点はシンクロしているものと推察されます。
『ブルーロック』『推しの子』『よう実』のレビュー:きれいごとへの不信感と賢さへの憧れ
『ブルーロック』『推しの子』『よう実』に共通するもう1つのポイントは、基本的に”きれいごとが通用しない”という点です。劇中で当たり障りのない良いことを言う人間は薄っぺらく映り、場合によっては信用できない人間に見えたりします。ここには常に現実とSNS世界の二重生活を送るSNSネイティブ世代にとってのリアリティが読み取れます。
現実では建前として良いキャラを演じながらSNSで毒を吐くという場面を見たり、あるいは自分がそういった行動をしていたりすることも少なくないので、目の前で放たれた言葉(特にきれいごと)を信用しにくいという側面があります。
逆に物事を深く考える頭脳派キャラが魅力的に描かれているのも重要なポイントです。”0から1を生み出す”など常識を覆すサッカー理論を提唱する『ブルーロック』の絵心や、その影響を受けて自分なりに試行錯誤していく潔。そもそも医者という賢い設定で現状分析の能力も異常に高い『推しの子』のアクア。
他のキャラが思いつかない賢い解決策を提示する『よう実』の主人公・綾小路清隆など……元から偏差値が高いか結果的に賢くなるか、いずれにしても単なる感情論やきれいごとではなく、しっかりとした理論や理屈に裏打ちされた行動をとるキャラを立てるように描かれています。
デジタル分野の起業家やYouTuber・インスタグラマーなどの活躍の影響も大きいですが、これからのシビアな社会で生き残るには、ぼんやりとした感情論ではなく、確かな思考力と理論的で現実的なアプローチが必要だと考える現代人にとって、頭脳派キャラは憧れの対象になりやすいのかもしれません。
終身雇用が現実的ではなくなり会社に頼ってばかりもいられない現代。1人で考えて行動する能力や他の会社でもやっていけるようなスキルが必要と考える向きは強まっており、自立していて思考力のある個人を魅力的に感じやすくなっているのだと推察されます。
こうした”個の能力”が問われる時代へ突入している感覚と、『ブルーロック』等の作品で語られる”個の重要性”は親和性があるものと考えられ、アニメでありながら自分事として見ることができるのでしょう。
また面白いのは上記3作品のいずれも個の能力を重視しながら、個を確立(あるいは強調)した上で仲間や家族と連携するという展開が設けられている点です。『ブルーロック』のただ自分勝手なお団子サッカーから連携プレイの流れや、『よう実』の自堕落な日常生活からクラス全体で助け合う展開など……。
これまでのチームありき、会社ありきの連携ではなく、まず個(エゴ)ありきで、その後に自立した強い個が集まって連帯するという新時代の組織論が展開されています。一見個人主義に見えて実は真の組織論が表現されているなど新時代の連帯の可能性を感じさせるところも、現代人の心に刺さる要素なのかもしれません。
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