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『箱の中の羊』を考察 実は怖い話? “箱”の意味と“ヒューマノイド・翔”の真意を考える【映画考察・レビュー】(1/2 ページ)

息子を亡くした夫婦が、息子そっくりのヒューマノイドを家族として迎え入れる『箱の中の羊』。『そして父になる』や『万引き家族』など、家族の複雑なありようを表現してきた是枝裕和監督が手掛ける最新作です。今回は、本作のテーマである“箱”の意味を考えながら、夫婦が一緒に暮らし始めるヒューマノイドの翔(かける)の真意を、少し変わった角度から考察します。

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 息子を亡くした夫婦が、息子そっくりのヒューマノイドを家族として迎え入れる映画『箱の中の羊』。『そして父になる』や『万引き家族』など、家族の複雑なありようを表現してきた是枝裕和監督が手掛ける最新作です。

『箱の中の羊』を考察 実は怖い話? “箱”の意味と“ヒューマノイド・翔”の真意を考える【映画考察・レビュー】
(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

 綾瀬はるかさんと千鳥の大悟さんが夫婦役としてキャスティングされたことから、話題を呼んでいる1本。非常に懐が深く、解釈の幅も広い作品です。今回は、本作のテーマである“箱”の意味を考えながら、夫婦が一緒に暮らし始めるヒューマノイドの翔(かける)の真意を、少し変わった角度から考察します。

木島祥尭

木島祥尭

ライター、作家。Fav-Logではアニメや映画の考察、ゲーム、ファッション、スポーツ用品の記事などを担当。ライター業と並行して、小説や漫画原作のお仕事も引き受けています。『第33回シナリオS1グランプリ』奨励賞受賞、著作に『自殺が存在しない国』(幻冬舎)、原作担当作に『仕組みという名の檻の壊し方』(フローラル出版/ビジネス書グランプリノミネート作)、『嘘つきカノジョの影盛さん』(コミックシーモア/原作)など。好きな数字は「0」。Twitter:@kirimachannel

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『箱の中の羊』を考察:“羊”の声は聞こえているか? 姿や言葉、概念はすべて“箱”

 本作にはタイトルの通り、“箱”のモチーフが繰り返し登場します。まず冒頭のシーン、建築家の音々(ねね)と、工務店2代目社長の健介の甲本夫婦の住む家が、俯瞰で映されています。中庭を四角い建物が取り囲む、箱のような形状でした。これはシンプルに、甲本夫婦が箱の中に囚われていることを暗示している表現だと思われます。

 さらにドローンが運んでくる荷物も、宅配便という箱です。このあと甲本夫婦がヒューマノイドを迎え入れるので、ドローンにはコウノトリ的なイメージがあるのかもしれません。そのほか後半、ヒューマノイドたちをトラックに積んで移動するところも、ある意味、箱のモチーフが使われていたシーンと言えるでしょう。

『箱の中の羊』を考察:“羊”の声は聞こえているか? 姿や言葉、概念はすべて“箱”
『幻の光』(出典:Amazon

 ほかにも探せば、箱のモチーフはたくさんあると予想しますが、では“箱”とは一体何でしょうか。すでにご存じとは思いますが『箱の中の羊』というタイトルは、サンテグジュペリの『星の王子さま』のエピソードから着想を得たものです。「羊の絵を描いてくれ」という星の王子さまに、飛行士が箱の絵を描いて「これは箱だよ。君が欲しがっている羊は、この中にいる」と言うと、王子さまが「これだよ!」と大喜びするエピソードですね。

『箱の中の羊』を考察:“羊”の声は聞こえているか? 姿や言葉、概念はすべて“箱”
『ワンダフルライフ』(出典:Amazon

 箱の中の「大切なもの(羊)は目に見えない」ことを伝えているわけですが、逆に言えば、箱=目に見えるものということになりそうです。例えば、本作なら亡き息子・翔(かける)のヒューマノイドは、容姿や振る舞いなど目に見える”箱”の部分では完璧です。しかし目に見えない”羊”の部分はどうでしょうか? 迎え入れた当初、音々はヒューマノイドの翔を、容姿や振る舞いが同じだから、翔そのものだと認識しているようでした。

『箱の中の羊』を考察:“羊”の声は聞こえているか? 姿や言葉、概念はすべて“箱”
『DISTANCE』(出典:Amazon

 箱(外見)が同じだから、羊(中身)も同じだと思い込んでいるように見えました。しかし後半にかけて、やはり亡き息子とは別の存在だと考えるようになります。本作には、こうした箱(目に見えるもの)と羊(目に見えないもの)のズレがさまざまな切り口で描写されています。

 その1つが言葉です。ヒューマノイド・翔を受け入れた初日、音々は翔と添い寝しながら、何度も「おかえり」「ただいま」というやり取りを繰り返していました。ですが「ただいま」と機械的に答え続ける翔の言葉には、中身があるでしょうか?

『箱の中の羊』を考察:“羊”の声は聞こえているか? 姿や言葉、概念はすべて“箱”
『誰も知らない』(出典:Amazon

 正直なところ、AIのプログラムに準じた反応であり、別に「ただいま」と思って「ただいま」と言っているわけではないでしょう。箱(言葉)はあるけど、羊(中身)はない状態と言えそうです。表面的には口達者なのに中身が無いという感覚は、我々が日々AIとのやり取りで思う虚しさと似たものを感じます。チャッピーの言葉がなんとなく信用できないと感じるのは、目に見える言葉は饒舌でも、その言葉に中身(動機や心情)が伴っていないからかもしれませんね。

 また、夫の健介が、息子の死の原因を警察の責任として問い詰める場面も、実際は自分が死なせてしまったという罪悪感や後悔の念から目をそらすための言動でした。それから「私、子供嫌いなんだよ」という音々の母でしたが、最後は翔に声を掛け、去り際、手を振ろうとしていました。つまり、使った言葉(箱)が真意(羊)とは限らないわけですね。大事なのは言葉という箱にどんな羊(本心)が入っているか、見えないものを想像することなのかもしれません。

『箱の中の羊』を考察:血のつながりは二の次。疑似家族でも家族は家族

 こうした箱と羊の関係は、“家族”などの概念にも延長して言えることです。是枝監督は今までも“家族”をテーマに多くの作品を手掛けていますが、そこで描かれる家族は、一般的な家族の概念から逸脱しているものが少なくありません。家族という箱に入れるのは、“血のつながりのある人だけじゃないはず”というテーマが、本作も含め一貫して描かれている印象があります。

『箱の中の羊』を考察:血のつながりは二の次。疑似家族でも家族は家族
『花よりもなほ』(出典:Amazon

 『万引き家族』では、年金暮らしのおばあちゃんのもとに、ほぼ血のつながりがない男女、子供が集まり、しかし家族と言えなくもない情的なつながりが描かれていました。本作でも、途中から現れるヒューマノイドグループには、ヒューマノイドのほか、虐待を受けたらしい人間の子供や野良猫の姿もあり、彼らに血のつながりは皆無ですが、自分たちのことを“家族”と呼んでいました。

『箱の中の羊』を考察:血のつながりは二の次。疑似家族でも家族は家族
『歩いても 歩いても』(出典:Amazon

 つまり、家族という概念も箱でしかなく、重要なのは中の羊たちが互いに絆や情を感じているかなんだなと。容姿や言葉、概念など、ある種の箱(枠組み)が無いと、人間は現実を捉えられないかもしれませんが、入れ物としての箱を本体だと思わず、「箱の中の羊」が何を言っているのか、耳を傾けてみることが大事なのではないでしょうか。

『箱の中の羊』を考察:血のつながりは二の次。疑似家族でも家族は家族
『空気人形』(出典:Amazon

 なお“箱に囚われるな”というメッセージは、翔の行動にも表れているように思います。甲本家の中庭には、亡くなった翔のために植えられた木があるのですが、ヒューマノイド・翔はというと、自分のオリーブの木を家の外に植えます。中庭ではなく外に植えることで、箱に囚われないという意思を感じさせます。この箱の外を希求する意識は、スノードームを壊して、星の王子さまの人形を取り出す場面からも読み取れることでしょう。

『箱の中の羊』を考察:実は怖い……。子供のようで子供ではないヒューマノイド・翔

 本作は、愛する者を喪った悲嘆と向き合い、気持ちを整理していく”グリーフワーク”を行う夫婦と、空っぽだったヒューマノイド・翔が自意識を持ち、巣立って行く2つのアークで構成されています。グリーフワークについては、是枝監督の映画監督デビュー作『幻の光』、空っぽな存在が自我を獲得していくプロセスは『空気人形』を彷彿とさせる要素です。

『箱の中の羊』を考察:実は怖い……。子供のようで子供ではないヒューマノイド・翔
『奇跡』(出典:Amazon

 ヒューマノイドという純真無垢な存在によって、夫婦の抱えるエゴが露わになるという作りは、子供を通して自身のエゴが浮き彫りになる『万引き家族』にも似ています。さらにヒューマノイドや猫、虐待を受けた子供など、人間の勝手な都合で愛玩物として消費され、社会に捨てられた者たち、棄民が家族として支え合うという点も、同作と通じるところがあります。

 こうした過去作との類似点があるものの、本作『箱の中の羊』が興味深いのは、翔が子供ではなくヒューマノイドであり、人間より賢い存在という前提がさりげなく提示されている点です。一見すると、子供が成長して子離れ親離れする話に思えるのですが、夫婦にとっての子離れは成立しているものの、翔にとっての親離れかどうかは、若干怪しい印象があります。

『箱の中の羊』を考察:実は怖い……。子供のようで子供ではないヒューマノイド・翔
『そして父になる』(出典:Amazon

 というのも、首元のチップを取り、自律的に活動できるようになってから、翔は一気に知能を発達させていきます。そして、どの段階かは分かりませんが、甲本夫婦より一次元高いところから、コミュニケーションを取っているように思えるのです。

 中盤以降、音々と健介の双方が、息子の事故(あるいは事件)のトラウマを追体験するような場面があったかと思います。特に健介が翔のお腹に抱き着いて謝るシーンが印象的でした。健介に対して「誰も悪くないよ」と優しく語り掛けており、翔が上の次元から健介を慰めているように見えます

『箱の中の羊』を考察:実は怖い……。子供のようで子供ではないヒューマノイド・翔
『海街diary』(出典:Amazon

 また、序盤ですが、音々が「靴ひも結ばせて」としゃがみ込む場面でも、翔の優位性が暗示されていました。翔は音々の頭を両手で抱きしめるように触ります。一瞬、動きが止まる、変な間が空くシーンだったと思います。物理的には靴ひもを結んで音々が世話をしているようですが、その実、精神的には翔が逆にあやしているようにも見え、支配構造が反転している印象を受けました。

『箱の中の羊』を考察:すべて計画通りだった? ヒューマノイド・翔の真意とは

 トラウマの追体験を経て、夫婦2人が本音を吐露する感情的なシーン。この場面で印象的なのが、2階の自室で充電器に座る翔のカットが一瞬だけ映るところ。明らかに2人の会話を聞いているんですよね。

 そして、次のシーンから2人に対して、自分は生前の翔ではなく、ヒューマノイド・翔という別存在であることを暗に伝え始めます。音々と出かける場面も、健介と風呂場に入る場面でも、ヒューマノイド・翔は、自分のヒューマノイドとしての特性(望遠鏡無しで遠くが見える、風呂に入れない)を臭わせつつ、生前の翔くんについて質問しながら、自分と翔くんを区別するような物言いを繰り返していました。

『箱の中の羊』を考察:すべて計画通りだった? ヒューマノイド・翔の真意とは
『三度目の殺人』(出典:Amazon

 すると甲本夫婦は、ヒューマノイドの翔と生前の翔は別人だと認識し始め、ゆるやかに息子の死を受け入れていきます。つまりヒューマノイド・翔の働きかけで、息子の翔はもういない、亡くなったという事実を認めることができたわけです。「僕は翔くんとは違う!」とは一言も言わず、あくまでも夫婦の側が自発的に気づくように促しているのが、巧妙だなと思ってしまいます。

 その後、ヒューマノイド・翔は、夫婦をヒューマノイドの拠点に連れて行き、自分の家族を紹介。甲本夫婦に協力を求め、音々の実家がある広島の山中で、自分たちの拠点を作り直すため、健介の会社のトラックを使って移動し、最後は自分たちの理想郷へたどり着きます。

『箱の中の羊』を考察:すべて計画通りだった? ヒューマノイド・翔の真意とは
『万引き家族』(出典:Amazon

 こう考えると、途中から、翔が状況をコントロールしているように見えますよね。よく思い出してみると、ヒューマノイド・翔はグリーフワークの治療過程をなぞるような行動をとっていますし、甲本夫婦が現実を受け止めて子離れできるように促しているように見え、やっていることは子供の顔をした治療者だったと言っても過言ではないでしょう。1回限りのことではなく、夫婦どちらにも同じアプローチをしていることからも、意図的な治療行為だったことが伺えます。

『箱の中の羊』を考察:すべて計画通りだった? ヒューマノイド・翔の真意とは
『怪物』(出典:Amazon

 そして、事前にヒューマノイドグループのリーダーから「僕たちが安心して暮らせる別拠点を探してくれ」とオーダーされていたことを鑑みても、最終的に甲本夫婦が新拠点への移動を手伝ってくれるよう、逆算して動いていたのではと疑いたくなります。実際に翔は新天地への移動に必要な条件を全てクリアしていますから、計画性が無かったとは考えにくいでしょう。ゆえに、甲本夫婦の子離れは成立しても、ヒューマノイド・翔にとって親離れになっているかというと、若干疑問符が付くかなと、個人的には思います。

 ヒューマノイド・翔にとっては、甲本夫婦は治療対象かつ、計画に必要な協力者という位置付けだった可能性があるため、シンプルに親離れと処理するのは、難しいかなと邪推します。それから何より凄いのは、こうした意図を人間側に察知されていないという点です。気づかれずに、さりげなく自分たちの望む方向へ人間を誘導しているのだとしたら、ちょっと怖いですよね。

『箱の中の羊』を考察:すべて計画通りだった? ヒューマノイド・翔の真意とは
『ベイビー・ブローカー』(出典:Amazon

 本編全体から優しい雰囲気と同時に、やはりヒューマノイドの不気味さは感じるところがあって、顔は子供でも頭抜けて賢いという、どこまでいっても箱と羊のズレが残り続ける、AIの何を考えているか分かりかねる怖さも、実は表現されているのかもしれません。

『箱の中の羊』を考察:すべて計画通りだった? ヒューマノイド・翔の真意とは
『箱の中の羊』(出典:Amazon

 最後に、これは小ネタですが、ヒューマノイドグループのリーダーに、チップを取り除いて自由になる方法を教えてくれた人は誰だか分かりましたか? リーダーは「君の知らない人だよ」と翔に対してぼかしていましたが、シンプルに考えれば、翔を修理してくれたドクターっぽい人ですよね。

 修理の際中に、翔の背中のチップを取り除いた痕を発見していながら、放置していたので、わざわざ見逃すということは、共犯者と考えるのが妥当かなと思います。もし別の可能性がありましたら、ぜひ教えてください。

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