「1世代コピー9th」では誰も幸せになれない:小寺信良(3/3 ページ)
コピーワンスを9回まで緩和する方針が出されたが、技術的な可能性や保証金制度とセットになっている点も含め、十分な議論がされているとは思えない。その中で権利者団体の主張は「自爆ボタン」を押しているようにも見える。
日本の自爆スイッチを押すのは誰か
まずコピー9thが決定すれば、これによって引き起こされるのは壮大なハードウェアの買い控えである。そもそもアナログ停波というおどしをかけてもそれほど劇的な買い換えが進まない現状において、すでにその政策に従って買い換えた消費者のみが貧乏くじを引く結果を、消費者が簡単に受け入れるとは思えない。反論ではなく、黙って立ち去るのが日本の消費者である。
日本は今、コンテンツ立国へと転換しようとしているが、それはハードウェア産業を捨てての話ではない。あくまでも電子立国という土台は崩さずに、その上にコンテンツ産業を立ち上げるわけである。ハードウェアの買い控えは、国内メーカーの弱体化をもたらすだけだろう。
国内メーカーが弱くなれば、流入してくるのが他国で製造された違法レコーダーだ。B-CASカードのスクランブルなど、今となっては相当古い技術である。彼らが本気になったら、すぐに破られるだろう。もちろんcopy_control_typeなど最初から無視するよう作られるはずだ。一部のユーザーは、アナログ放送の使い勝手を維持するために、これらのレコーダーを支持するだろう。
違法レコーダーに手を出さない健全な人たちは、単に「テレビを見ない」という選択肢を選ぶだろう。現状テレビがなくても、エンターテイメントには困らない。ネットもゲームもDVDもある。もともとテレビ産業は、すでに斜陽産業へと傾きつつあるのだ。
たとえば旧メディアと見なされているDVDでさえ、DVDフォーラムでネットワークダウンロードや、そのコンテンツをネットワーク認証で他のメディアへマネージド・コピーしてゆく規格を検討し、米国で支持を集めている。これはEPNと同様に、DRMを渡り歩いていく「ライセンス・チェーン」の考え方に近い。これはネットを使ってDVDそのものが、テレビに変わるマスメディアに変質する可能性を示唆している。
またテレビが好きだという人も、そうまでして国内コンテンツを見たがらないかもしれない。ロケーションフリーやSlingboxのような機材を使って、逆に米国のテレビ番組を日本に持ってくるようなビジネスが成立するかもしれない。この場合拠点は米国にあるので、日本の法律では手を出せない。
これらのコンテンツは英語だが、字幕サイトに投稿すれば、あっというまに字幕コンテンツができあがってくる。それらはネット上で消費され、誰もメディアに記録などしなくなる。メディアを消費しなければ、補償金制度は機能しない。
結局のところ何が言いたいかというと、「琵琶湖で金魚すくいをするにはどうすればいいか、ちゃんと考えたか?」という話なのである。
網を広げて一生懸命金魚を1カ所に囲い込もうとしても、広大な空間の上から下から隙間から、必ず金魚は逃げ出してしまう。それよりも、金魚の方から勝手に集まってくるような手段を考えなければならないのだ。
権利者は、考えに考えてJEITA攻撃のミサイル発射ボタンを押したつもりかもしれないが、客観的に見ると一番派手な自爆ボタンを「ポチッとナ」してしまったのではないか?
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は本コラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。
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