自分の意志とコピペの間にそびえ立つ壁:小寺信良の現象試考(3/3 ページ)
コンピュータと検索エンジンの一般化で「コピペ」が容易になって久しく、嫌悪感を示されることも多いが、作られた成果物に善悪はない。どのような目的で作り、どのような意識で使うかが問題だ。
今後、自分の言葉に置き換えて貰えるようにするにはどうすべきかという課題は残ったが、問題点をシンプルに整理し、それに対して回答していくだけでフォーマットに沿った文章が作られるという仕組みは、パブコメ提出ということに対する敷居を下げる点でうまく機能したと思っている。しかし文化庁側からみれば、コピペ文が大量に送りつけられたかのように見えたかもしれない。
単純なコピペは、学校ばかりでなく、実社会でもあまり好意的に受け入れられないだろう。しかし実際問題、小委員会の中間報告の中にいくら多くの項目があるとしても、それに対する意見が8720ものバリエーションを持つのは不自然だし、もし仮に存在したとしたら、それらを集約することなどできないだろう。それならば最初から、ある程度まとまった意見を集約し、それを数に落とし込むという方法は、現実的である。
パブコメは数ではないと文化庁は言うが、03年末に文化庁が実施した日本販売禁止レコードの還流防止措置、いわゆる輸入権に関するパブコメでは、結果的に反対か賛成かの数しか発表されなかった。その後輸入権がどうなったかは、すでにご存じの通りである。
しかも賛成を投じた側には、同じ文面をコピペした組織票が相当数あったということが、ずいぶん後になって個人ブロガーの調査で明らかになり、文化庁のやり方に非難が集中した。MIAUがテンプレートではなくジェネレータという手法をとったのは、そのような単純コピペによる組織票ではなく、より各人の考えにフィットした意見がより多く届くよう、模索した結果なのである。
既存の文章をコピペするというテクニックが普及した背景には、旧フォーマットの面倒な部分を効率化したり、同じ繰り返しを省力化するという利便性がある。コピペという技術自体に、善悪はない。そうではなく、コピペという手段をどのような目的で、どのような意識で使うのかで、善悪が分かれる。
社会というのは常に、倫理と効率のバランスで進んでゆくものだ。インターネットが登場したときに、そのあまりの便利さに、倫理を越えて効率の良さが大きくクローズアップされすぎたきらいがある。
そして世の中もまた、倫理よりも効率を重んじるように転換した瞬間が、過去にあったのだ。個人的にはネットバブルと言われた時期が、それにあたるのではないかという気がする。
しかし社会というのは、必ず揺り戻しがある。企業にコンプライアンスが求められる中、企画書やリポートをコピペで出してくるような人間は、危なっかしくてとても使っては居られない。
人のものをちゃっかり頂いて、自分のものとして提出することの是非は、倫理の問題である。コピペリポートを出す学生の多くは、それが倫理的に問題があるということを理解していないのだろう。
そしてそれはまた、教育の問題でもある。いやそれほど大上段に振りかぶった話ではなく、「それはマズいでしょ普通」と言ってくれる大人が、周りにいなかったということである。彼らの親の世代がインターネットに乗りきれなくてあたふたしている間に、そこが滑り落ちてしまった。
ネットリテラシ教育がいよいよ本格的に立ち上がってくる今年から来年以降、単純なコピペの問題は沈静化してくるのではないかと考えている。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。
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