CESで分かった、2009年のトレンド:麻倉怜士のデジタル閻魔帳(3/3 ページ)
世界最大規模の家電展示会「International CES」には、さまざま新製品や技術、トレンドが集合する。今回の「デジタル閻魔帳」は、“CESの水先案内人”こと麻倉氏に今回のCESからうかがえる、デジタルAVの最新トレンドを語ってもらった。
IPTVの進化
麻倉氏: IPを通じてコンテンツを送受信する、いわゆるIPTVも注目すべきサービスです。これからは、テレビが放送とパッケージだけではなく、IPコンテンツまでも含めて対応する時代になることがCESの会場からは感じられました。
日本ではIPTVといえばアクトビラが中心ですが、アメリカではYahoo!やGoogleなどコンテンツアグリゲータの提供するサービスを使う形態が中心となります。北米パナソニックの担当者に話を聞き続けて10年近くになるのですが、今回、北米では半数近い家庭でテレビにPCをつないでいるという話をはじめて聞きました。日本ではあり得ない話でしょう。
これはアメリカではPCの地位が高いということを示す話ですが、テレビがIPサービスの受信機になり、YouTubeなどを直接利用できるようになれば、より利用者にとっての利便性が増すということを示す例でもあります。
パナソニックは今回のCESでIPサービス「VIERA CAST」に、Amazon Videoを新たに対応させると発表していますが、Samsung ElectronicsやソニーなどはYahoo!ウィジェット対応を進めています。いずれにしても、アグリゲーター側からすればどれだけのテレビメーカーを取り込めるかが焦点となります。これもこれも“画面の中で何をするか”が重要になるという、新しいテレビの在り方を感じさせる潮流ですね。
テレビ本体だけではなく、BDプレーヤーがIPサービスに対応し始めたことにも注意を払わなくてはいけません。LG Electronicsは昨年夏にNetflixのストリーミングが受信可能なBDプレーヤー「BD300」を発売していますし、Samsungやソニーも追従する動きを見せています。
これらの機器は直的的にはIP機能を持たないテレビを補完するという側面を持ちますが、パッケージ(BD)プレーヤーとして販売されているのに、パッケージがなくてもIPで各種のコンテンツが楽しめてしまうのです。パッケージメーカーからすれば自らの利益に反するという見方もできますが、多くのメーカーがパッケージ販売の付加価値としてIPサービスをとらえています(→IPTVやコンテンツダウンロードはBDのライバルではなく仲間 〜ディズニースタジオ上席副社長インタビュー)。
「IPサービスが普及すれば、最終的には映像のデリバリーはすべて配信になる」という極論もあるようですが、パッケージには高い画質やメディアを利用することによる安定性、配信には手軽さといった、互いにないメリットがあります。この2つは今後も共存していくことでしょう。
ここまではテレビを中心に見てきましたが、シリコンイメージの提案するプロトコルスタック「LiquidHD」も非常に興味深いものです。これは次世代HDMIの持つ双方向のネットワーク機能を利用することで、すべての機器がフラットに接続されてコンテンツはもちろん、機能までもシェアします。これまでホームネットワークというとDLNAに代表されるクライアント/サーバー方式でしたが、「LiquidHD」はそれぞれが完全にフラットであるところに、これからのトレンドを感じさせますね。
また、ネットワークといえばWireless HD(WiHD)の相互接続テストがCESでも行われていました。ネットワークによる映像伝送にはいくつかの方式がありますが、理想的なのはやはりWiHDでしょう。WiHDの責任者は「コンテンツの品質を落とさないために非圧縮でいく。今ある技術の積み重ねではなくて、ハードルは高くてもその目標を変えなかった」といいます。
やもすれば新技術といえば、手軽さや利便性の重視に走りがちですが、掲げた目標に向かい、努力を積み重ねたからこそ、デファクトの地位を得ることができたのではないかと感じました。今回のCESは目立ったトピックこそ少なかったですが、細部に目をやれば、WiHDのように、情熱をもってもの作りにあたっている人々や現場、技術を発見することができました。そうした意味では、大いに収穫があったと思います。
麻倉怜士(あさくられいじ)氏 略歴
1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。 日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。自宅の専用シアタールームに150インチの巨大スクリーンを据え、ソニー「QUALIA 004」やBARCOの3管式「CineMAX」といった数百万円クラスの最高級プロジェクターとソニーと松下電器のBlu-ray Discレコーダーで、日々最新AV機器の映像チェックを行っている、まさに“映像の鬼”。オーディオ機器もフィリップスLHH2000、LINNのCD12、JBLのProject K2/S9500など、世界最高の銘機を愛用している“音質の鬼”でもある。音楽理論も専門分野。
現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」で副会長という大役を任され、さらに津田塾大学の講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“3足のワラジ”生活の中、精力的に活動している。
著作
「オーディオの作法」(ソフトバンククリエイティブ、2008年)――音楽を楽しむための、よい音と付き合う64の作法
「絶対ハイビジョン主義」(アスキー新書、2008年)――身近になったハイビジョンの世界を堪能しつくすためのバイブル
「やっぱり楽しいオーディオ生活」(アスキー新書、2007年)――「音楽」をさらに感動的に楽しむための、デジタル時代のオーディオ使いこなし術指南書
「松下電器のBlu-rayDisc大戦略」(日経BP社、2006年)──Blu-ray陣営のなかで本家ソニーを上回る製品開発力を見せた松下の製品開発ヒストリーに焦点を当てる
「久夛良木健のプレステ革命」(ワック出版、2003年)──ゲームソフトの将来とデジタルAVの将来像を描く
「ソニーの革命児たち」(IDGジャパン、1998年 アメリカ版、韓国、ポーランド、中国版も)──プレイステーションの開発物語
「ソニーの野望」(IDGジャパン、2000年 韓国版も)──ソニーのネットワーク戦略
「DVD──12センチギガメディアの野望」(オーム社、1996年)──DVDのメディア的、技術的分析
「DVD-RAM革命」(オーム社、1999年)──記録型DVDの未来を述べた
「DVD-RWのすべて」(オーム社、2000年)──互換性重視の記録型DVDの展望
「ハイビジョンプラズマALISの完全研究」(オーム社、2003年)──プラズマ・テレビの開発物語
「DLPのすべて」(ニューメディア社、1999年)──新しいディスプレイデバイスの研究
「眼のつけどころの研究」(ごま書房、1994年)──シャープの鋭い商品開発のドキュメント
関連記事
- 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:デジタル分野総ナメ――「2008年デジタルトップ10」
2008年最後の「デジタル閻魔帳」は、麻倉怜士氏が今年を振り返り、特に印象に残ったモノを紹介してもらう「麻倉怜士のデジタルトップ10」。麻倉氏の挙げる、10大トピックとは?(2008/12/17) - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:オーディオの作法
不況下にもかかわらず、「よい音で楽しむ」モチベーションは衰えを知らないようだ。高級イヤフォンの売り場は盛況であり、高音質CDも人気を博している。ただ、高音質なものを買えばよい音というのは半分間違い。“作法”を知ることでより楽しめる。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:全国民BD化への課題
年末に向けて市販タイトルや対応機器も増加しているBlu-ray Discだが、DVDからの完全な移行にはまだ時間がかかりそうだ。「BDは人生を変える」とまで言う麻倉氏が考える、BD普及の課題とは何だろうか。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:CEATECで発見した「近未来のテレビ像」
盛況のうちに閉幕した「CEATEC JAPAN」。会場で発表された新製品は少なかったが、近未来のテレビを指し示す指標は随所に発見できた。今回の「デジタル閻魔帳」では、麻倉氏が見つけた「近未来のテレビ像」について語ってもらった。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:ソニーの「大爆発」
秋冬商戦をにらんだ新製品発表が相次ぐ中、「BRAVIA史上最高」「2011年画質」などソニーの注力には目を見張るものがある。同社に関する著作も多い“鬼のソニーウオッチャー”麻倉氏の目にはどう映るのか。( - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:ステレオの復活、HDオーディオの充実
映像はハイビジョン全盛だが、オーディオは市場としてみると活況とは言えない。しかし、新たな潮流は既に生み出されている。新潮流を読み解く2つのキーワードを麻倉氏が解説する。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:ダビング10時代のエアチェック考
開始された「ダビング10」。問題点も残るが、これまで以上に柔軟な番組録画と運用が可能になった。40年来のエアチェックマニアでもある麻倉氏がダビング10時代のエアチェックについて語る。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:薄型テレビ、今夏のトレンド
4年に一度のオリンピックイヤー。液晶やプラズマテレビを買いたい人も多いだろう。薄型テレビの“いま”を知り尽くした麻倉氏が今夏のトレンドを語る。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:新しいライフスタイルを生み出す、AV機器のワイヤレス化
フルHDが当たり前となった薄型テレビは新たなデザインと利便性を模索しており、そのキーとなるのが「ワイヤレス」だ。麻倉氏はAV機器のワイヤレス化が、新しいライフスタイル、クリエーション、ニーズを生み出すと予見する。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:フルHDは当たり前、春のデジタルビデオカメラ総括
春の行楽シーズンを控えてビデオカメラ売り場が盛況だ。今回は“ビデオカメラウォッチャー”麻倉怜士氏にハイビジョンビデオカメラの今年の傾向を解説してもらうとともに、各メーカーの人気機種にもコメントしてもらった。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:HD DVD、3つの敗因
HD DVDとBlu-ray Discの次世代DVD戦争は、HD DVDを推進した東芝の撤退というかたちで幕を閉じた。その明暗を分けたのは一体どういった要素なのだろうか。麻倉氏が分析する。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:「ワーナー・ショック」の本質
ワーナーがBlu-ray Disc一本化を決定したいわゆる“ワーナー・ショック”で、次世代DVD戦争は終結に向かうとみられている。この「フォーマット戦争の終わりの始まり」は何を意味するのか。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:CESで分かった2008年のトレンド
世界最大規模の家電展示会「International CES」には、さまざま新製品や技術、トレンドが集合する。今回の「デジタル閻魔帳」では、“CESの水先案内人”こと麻倉氏に今回のCESからうかがえる、デジタルの最新トレンドを語ってもらった。 - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:デジタル分野総ナメ――「2007年デジタルトップ10」
今年最後の「デジタル閻魔帳」は、2007年に麻倉怜士氏の印象に残ったモノを、ランキング形式で紹介する「麻倉怜士のデジタルトップ10」。ハードだけでなくソフトまでカバーする総合ランキングにランクインしたデジタルトピックスは? - 麻倉怜士のデジタル閻魔帳:CEATECで見つけた3つの次世代トレンド
20万人以上の来場者を迎え、今年も盛り上がった国内最大級の情報通信・エレクトロニクスの総合展示会「CEATEC JAPAN」。今回の「デジタル閻魔帳」は、麻倉怜士氏にCEATECを通じて見つけた次世代のトレンドを語ってもらった。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.