目指したフォルムは「手の中に溶け出す“石けん”」――らくらくホン ベーシック
ドコモ、富士通、そしてグラフィックデザイナーの原研哉氏がコラボーレートした「らくらくホン ベーシック」。目指したフォルムは、“一週間くらい使った石けん”だった。
NTTドコモが3月6日に発表した「らくらくホン ベーシック」(F883i)は、ドコモと富士通、そしてデザイナーの原研哉(はら けんや)氏がコラボレートしたモデルだ。
原氏は、日本デザインセンター代表取締役、武蔵野美術大学教授を務めるグラフィックデザイナー。近年では、無印良品のアートディレクションや松屋銀座のリニューアルプロジェクト、梅田病院サイン計画、森ビルVI計画を手がけるなど、幅広く活躍するデザイン界の重鎮だ。
都内で行われたらくらくホン ベーシックの発表会では、NTTドコモのプロダクト&サービス本部 プロダクト部長の永田清人氏が、らくらくホン ベーシックの開発経緯や原氏を起用した理由について、シリーズの現状を踏まえながら説明を行った。
累計1000万台に迫る「らくらくホンシリーズ」
1999年に「らくらくホン」(P601es)が登場して以来、これまで9機種のらくらくホンが発表された。らくらくホンシリーズの累計販売台数は、2007年2月末段階で951万台で、まもなく1000万台に達する。永田氏によると、このうち3分の2(650万台以上)が稼働状態にあるという。すでにらくらくホンは、“シニア向け”という特別なモデルではなく、ドコモを支える1つの柱になりつつある。
特に、50歳以上の携帯電話利用率はここ2年間で急激に伸びており、65歳以上では倍以上に成長している。しかも、50歳以上の約47%(約2500万人)がいまだ携帯電話を利用しておらず、まだまだ普及の余地がある。累計契約数が1億件を突破し、成熟市場といわれている携帯・PHS市場だが、法人や子ども向けと並んで有望なのがシニア向け市場だ。
そのシニア向けとしてドコモは、スタンダードなムーバ端末「らくらくホンIII」(F672i)、iチャネルに対応し、130万画素カメラを搭載する「FOMAらくらくホンIII」(F882iES)、ストレートボディに大きなダイヤルキーを備えた「らくらくホン シンプル」(D880SS)の3機種を、現行のらくらくホンシリーズとしてラインアップしている。特にらくらくホンIIIは2003年9月発売と登場から3年半以上たつ息の長いモデルで、今回発表されたらくらくホン ベーシックは、この後継となるFOMA端末だ。
らくらくホン ベーシックのデザインや機能は、らくらくホンIIIからのキープコンセプトで開発された。FOMAへのマイグレーションは進めるものの、通話・メール・iモードという基本機能の使いやすさを追求するスタンダード機であり、カメラは搭載していない。より多機能な端末を求めるアクティブな層には、FOMAらくらくホンIIIを、よりシンプルに、自宅のコードレス電話感覚で使いたい層にはらくらくホン シンプルを用意する。
永田氏は本機の開発について、従来のユーザーニーズに即し、購入動機を踏まえることが重要だったと話す。
「これまでのらくらくホンは、見やすさやボタンの押しやすさ、操作の分かりやすさに対する満足度が高い。また、今後のらくらくホンシリーズについても、操作が簡単なこと、これまでの操作性と変わらないこと、デザインの良さが求められている」(永田氏)
特にダイヤルキーの形状やボタンの位置・インタフェースなど、操作性を継承することが重要だという。「このシリーズは、家族や友人の勧めなど“口コミ”によって普及している。身近なユーザーと同じ機種を持つことで使い方を覚えたり、トラブルシューティングをするケースが非常に多い。慣れ親しんだキーの配置やデザインを変えてしまうと、シリーズへの支持を失ってしまう」(永田氏)と、操作面へ改良を加えることの難しさを述べた。
従来機種からのデザイン・操作性を継続し、ラインアップを強化。さらに、誰もが持てるよう、より上質なデザインに仕上げる。この難しい開発アプローチに対しドコモは、原氏に白羽の矢を立てた。
手の中に溶け出すような「石けん」をイメージ
永田氏に続いて登壇した原氏は、携帯電話開発の打診を受けた際の印象を、「“やっとケータイの仕事が来たか!”と喜んだが、らくらくホン ベーシックと聞いて“若者向けじゃないんですか?”と思ってしまった。しかし、成人の半分は50歳以上になる中、携帯電話のデザインを考えると非常に大きな課題がある。軽く受け止めることはできず、非常に難しい仕事だった」と振り返った。
「どんどん新しい機能を盛り込み、魅力的にする。グラフィックの性能も充実させ、端末を薄くしていく。という開発は面白く、ある意味で簡単。しかし、多くのユーザーの指先になじんでいるような、継続性のある製品に磨きをかけるのは大変だった。キーの位置や大きさなどは“完成”の域に達しており、どう改良するのか、ドコモや富士通のスタッフと何度も議論した」(原氏)
らくらくホン ベーシックのフォルムについて原氏は、自分はグラフィックデザイナーとして“プロダクト”ではなく、“コミュニケーション”が専門だと延べ、「プロダクトの完成も1つのゴールだが、私のゴールはユーザーが快適にケータイを使うこと。コミュニケーションしてもらうこと自体がゴールだと思った。そのためには、手に持つ道具の基本である、持ちやすさを追求した」と話す。
携帯電話は手に持ち、ポケットに入れる。原氏は、携帯電話の理想形を“石けん”に求めた。「それも1週間くらい使った石けん。おろしたてだと角があるし、メーカーのロゴがあったりする。逆に使いすぎて薄くなると、使いにくい。真剣に石けんのすり減り方を観察して、フォルムの参考にした」(原氏)
しかし、原氏が最初に提案したフォルムでは、「厚すぎる」と指摘されたという。「『今の技術ならもっと薄くできます』といわれ、せめぎ合いの末にこの厚さになった。持って歩くには、ある程度の厚みが必要だ。今は携帯に薄さが求められているが、ある程度までいくと、持ちやすさのためにリバウンドが起こると思う」(原氏)
最後に原氏は、世界的なシェアを獲得しているノキアなど海外の大手メーカーのデザインに触れ、「端から見ていると、彼らの製品のデザインは変わっているようで変わっていない。デザインをあまり変えずにひたすら磨き上げて、相当なレベルに押し上げている。継続性のあるデザインを向上させているのが、人気の一面ではないか」とし、「日本には、“あうんの呼吸で”口で何か言わなくても、コミュニケーションができるという濃密さがある。この日本から、最先端のコミュニケーションツールである携帯電話の文化を、少しでも変えていきたい」と締めくくった。
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