News 2000年8月24日 11:59 AM 更新

Intel,低発熱のモバイルプロセッサ開発に本腰

小型・薄型のノートPCを開発する際に重要となる熱設計電力(TDP)。AMDとの競争のなかでこれを軽視してきたIntelが,ようやく重い腰を上げた。

 米Intel上級副社長兼ジェネラルマネジャーのAlbert Yu氏は,IDFで行われたインタビューの中でモバイル向けプロセッサの発熱を抑えるために努力することを明らかにした(別記事参照)。Yu氏によると,平均消費電力低減だけではなく,プロセッサからの発熱を抑え,薄型軽量のノートPC向けにx86プロセッサを最適化する研究開発を行うために新設の部署を設立したという。

熱設計電力低減のために新部署設立

 さらにYu氏は「この部署はつい最近設立したばかりで,まだ外部にアナウンスはしていない」と話す。IntelはOEMベンダー向けに,今後のプロセッサロードマップやプラットフォーム計画などについて事前に資料を配付するが,こうした新部署を設立し,発熱を抑えるための開発を行っていくという記述はどこにもない。そもそも,ごく最近までIntelはモバイルプロセッサに関して,少しでも高速なプロセッサの開発にコンピートするという話を繰り返してきた。

 現在のIntel製モバイルプロセッサは,ACPIのクイックスタートモードに対応することで,平均消費電力を大きく引き下げることに成功している。フルサイズのノートPCで平均2ワット以下,軽量ノートPCでは1ワット以下の平均消費電力で,今後の製品をリリースしていくことを明らかにしている。

 Yu氏はIDF初日の基調講演で「誤解があるようなので解説するが,バッテリー持続時間に影響するのは平均消費電力であり熱設計電力(TDP)ではない。われわれは平均電力を下げることに成功しており,バッテリー持続時間は確実に伸びている」と話していた。

 しかしながら,平均消費電力はバッテリー持続時間の延長には寄与しても,薄型・軽量・小型のノートPC開発には寄与しない。きょう体はTDPに合わせて熱量を想定し,設計を行うからだ。平均の消費電力がいくら小さくなっても,TDPが同じで冷却技術も同じならば,きょう体は薄くも小さくもならない。

 ところが,TDPはここ数年,上昇の一途をたどっている。モバイルMMX Pentiumの時代に2ワット台にまで下がったTDPは,現在,最大で25ワット近くまで増えている。低電圧版モバイルPentium III/600MHzを500MHzで利用すれば,5.4ワットという低いTDP(定格時)になるが,高価な低電圧版600MHzプロセッサを,500MHzのみで動かしてまで採用しようというPCベンダーはいない。低電圧だからといって,高いお金を払ってくれるわけではないからだ。

Intel自身が招いた不幸

 実は以前,IntelはTDPを非常に大切なスペックとして扱ってきた。TDPが高いとノートPC設計のハードルが高くなり,複雑な冷却機能のためにきょう体設計の自由度も下がるからだ。このため,プロセッサコアのTDPは,定格で9.2ワット以下というルールをIntel自身が課していたのである。しかし,その後その数字は10ワットにまで拡大され,そしてTDPという言葉はIntelのリリース文から消えていった。代わって登場したのが平均消費電力だった。

 これは,冷却技術やノウハウが蓄積されたことで,A4サイズのノートPCなら,より大きなTDPでも簡単にノートPCを作れるようになったという理由もあるが,大きな引き金はAMDからのプレッシャーだった。AMDはK6ファミリのモバイル版に,TDPをほとんど無視(当時16ワット程度だった)する形で高クロックな製品を投入してきた。それらは低価格のコンシューマー向けノートPCに数多く採用された。

 これに対抗する形で,Intelはモバイルプロセッサのクロック周波数をデスクトップ並に強化するプログラムを推進する。その中で登場してきたSpeedStepやクイックスタートモードなどの消費電力削減機能などは,いずれも平均消費電力を下げ,バッテリー持続時間の延長に寄与したかもしれないが,TDPは現在の25ワット近いレベルにまで上昇したのである。

 つまり,それまで消費電力や発熱量,それに伴うノートPCの設計しやすさなどを考えながら開発してきたモバイルプロセッサのバランスを崩したのは,ほかならぬインテルなのだ。クロック速度競争で引き離すというマーケティング戦略で,モバイル市場で勝ち残ろうとしたために,TDP上限のタガははずれたのだ。

 不幸なのは,薄型・軽量・小型のノートPCを得意としていた日本のPCベンダーだ。TDPのタガがはずれた当時,ある家電メーカーの技術者は「TDPが予定よりも増えてしまい,そのままでは入らなくなった。冷却を見直す必要がある」とため息をついていた。おそらく,PCベンダーを技術サポートするIntelのスタッフも,冷却に関してPCベンダーとともに大きな苦労を味わったに違いない。

 そうした不幸の原因は,「AMDとの競争でしかたなかった」「市場が求めたから」などさまざまな理由を考えることができる。しかし,モバイル戦略をクロック競争一辺倒で押し通そうとしたIntel自身が招いたものでもあると言えよう。

マーケティングの問題はマーケティングで

 これだけTDPに関して強い論調で書くのは理由がある。モバイルプロセッサにとって,平均消費の低減と,それによる長時間のバッテリー駆動は,もちろん重要なことではある。しかし,それ以上にTDPは重要なのだ。TDPが下がれば,設計の自由度が上がり,そして思いもよらない新しいタイプのノートPC,もしくはノートPCから派生する新タイプPCの登場を期待できるからだ。

 今回,Yu氏が語った新部署の成果が現れるのは,おそらく0.13ミクロンプロセスへの移行時と思われる。TDP低減は,将来のモバイルPentium 4開発時にも役立つだろう(Yu氏は同じインタビューの中でモバイルPentium 4を開発することを明言している)。現在のPentium 4は60ワット以上の熱を発するプロセッサだからだ。

 ここでどのような手法が取られるかを予測するのは早計だが,もう一方からの解決策として,クロック周波数至上主義のマーケティングが生んだ問題を,インテル自身が新しいマーケティング手法で解決するという手もある。

 例えば,1.1ボルトで動作するモバイルPentium III/600MHzの500MHz動作時のスペックは,ノートPC用として十分に低い消費電力を実現している。しかし,その価格は500MHzのほかのプロセッサと同じではなく,600MHzを基準に決められている。クロック周波数主義の中で,600MHz分のコストをPCベンダーが吸収し,低消費電力を武器に付加価値を付けて売るのは非常に難しい。

 まずはこうした消費者心理を改革するマーケティングを行うことである。熱く,冷却ファンが回り続けるノートPCは,やっぱり使いにくいと思い,消費電力の低さに対価を支払うことができる市場作りが必要である。同時に,パワーを求める顧客に対しては,平均消費電力を維持しながら,できる限りの高速化を行う手段も,これまで通り提供する。難しく苦労の多いマーケティングになるかもしれないが,Intel自身が招いた結果を是正するためにも必要なことだ。

 また,低いTDPに抑えられたプロセッサを,高パフォーマンスのプロセッサとは別の製品ラインとして用意し,将来にわたって性能アップしたプロセッサを出荷していく計画を示さなければならない。今,発熱の低いプロセッサを採用しても,数カ月後に性能アップしたプロセッサが提供されなければ,高額の開発費を投入してまで低発熱プロセッサ用の製品を開発できない。以前のようにTDPの上限を決めた上で,シリーズ化しなければならない。

 最後に価格だ。Pentium IIIとCeleronの例にあるように,投入する市場の性質によって,価格を変えるべきである。低い電圧で動作するモバイルPentium IIIの歩留まりが,より高クロックなモバイルPentium IIIと同じだからといって,価格まで同じにしては単純なマーケティング努力だけでは普及しにくい。低発熱のモバイルプロセッサ向けには,クロック周波数至上主義のモバイルプロセッサとは別の基準で算定する価格ルールも,Intelは考えなければならない。

 Yu氏の「次のIDFまでには低発熱プロセッサのロードマップについても話せるはずだ。われわれは発熱低減の必要性を強く認識している。低消費電力プロセッサの製品ラインナップを拡充し,現在よりも小型化が可能になるはずだ」という言葉が,予定通りに成果として現れることを期待したい。

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[本田雅一, ITmedia]

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