News 2001年3月12日 11:49 PM 更新

ADSLの拡大でサービス見直しを迫られるCATV,しかし……

NTTの「フレッツ・ADSL」を皮切りに,続々と下り1.5Mbps以上のスピードを打ち出してきたDSL事業者たち。そのあおりを喰ったCATVインターネットは,ユーザーに速度アップを求められているが……?

 NTT東西地域会社の「フレッツ・ADSL」が12月に最大1.5Mbpsの速度でADSLサービスを開始してから(12月12日の記事を参照),東京めたりっく通信,イー・アクセスなどの競合事業者も,軒並みサービスを1.5Mbpsの水準へアップグレードすることになった。この速度が事実上,ADSLの標準となった感がある。NTT東日本によると,この1.5Mbpsで加入者の7割以上をカバーできるという(1月26日の記事を参照)。

 ところで,これら速度競争のあおりを喰らった形になったのは,フレッツ・ADSLと競合するADSL事業者ばかりではない。大きな影響を受けているのは,CATVインターネットを提供するCATV事業者だ。

 CATVインターネットの多くは,256Kbps,あるいは512Kbpsといった形でユーザーの利用する帯域に制限をかけている。しかし,利用料金は月額6000円程度とADSLとほぼ同水準だ。そして,大都市圏の多くは,既にADSLとCATV双方のサービスが提供されている。

 これらの地域では,CATV事業者のもとにユーザーからのクレームが相当数挙がってきているようだ。“ADSLは,同じ料金で1.5Mbpsのサービスが受けられるのに,CATVインターネットのほうが256Kbpsなのはどうしたことか”というわけである。

 これに対し,CATVインターネットの側も帯域制限を緩和したりして上限速度を上げる事業者も出てきている。全てのCATV事業者のサービスの帯域が拡張され,1.5Mbpsの帯域を得られることをユーザーとしては期待したいところ。だが,コトはそれほど簡単ではない。もともと,CATVとADSLでは,そのネットワーク構成が大きく異なる。単純に帯域制限を外せば速い速度が得られるというものではないのだ。そのからくりを説明することにしよう。

スター型構成のADSL

 まずはADSLのしくみを説明しておこう。

 ADSLの伝送媒体には電話線を使う。この電話線は,NTT収容局から加入者宅まで1本1本のびる固定電話用の回線をそのまま使える。ただ,電話では使わない非常に高い周波数をADSLの伝送に使っている。物理的な線こそは同じだが,音声とADSLは全く独立した通り道を伝わっていると考えていい。

 同じ線を通ってきた2つの信号は,電話局に入ると音声は交換機のほうへ,ADSLはDSLAM(DSL Access Multiplexer)と呼ばれる集合型モデムへと渡される。ADSLの回線とは,この局内のDSLAMから宅内のADSLモデムの間の線のことであり,電話線を使っている以上,加入者へは1本1本別々の線がつながっていることになる。モデムをつければ,それぞれが最大1.5MbpsのADSL回線となるわけだ。いわば,輝く星の光芒のように放射線状に延びていく,スター型の伝送路といえる(図1)。

ツリー型構成のCATV

 それでは,CATVの場合はどうだろうか。CATVは太い幹線から支線が枝分かれして延びていく。ADSLがスター型であるのに対し,CATVはツリー型のインフラだ。

 宅内にはケーブルモデムが設置されて,これがCATVの同軸ケーブルに接続される。局内にはCMTS(Cable Modem Terminal System)と呼ばれる局用のセンター側ケーブルモデムが設置される。

 この間は,HFC(Hibrid Fiber and Coax)と呼ばれるインフラでつながっている。HFCとは,光同軸混合方式のことで,幹線部分は光ファイバーで伝送し,途中で光と電気信号の変換装置を介して,支線部分は同軸で伝送するという形だ。

 CATVは,この上で放送とインターネットの両方のサービスを実現している。具体的にいうと,まずCATVの下り方向の周波数帯は70MHzから450MHzを使う(アナログの場合)。放送は1チャンネルが6MHz幅であり,数十チャンネル分の放送がこの周波数帯の上に並ぶ形になるが,ケーブルモデムはこのうち,放送に使っていない,空いているチャンネルを使って変調し,データ通信を行なう。同様に,上りの伝送もある。上りは,10MHzから50MHzとなっており,このうちノイズの少ないところを選んで約1.6MHz程度の幅を通信に使う。

 ケーブルモデムの下り方向は,1チャンネルで最大30Mbps程度の伝送が可能。上りは最大で10Mbps程度だ。CATVインターネットは,1本の幹線にぶらさがった利用者で,この30Mbpsの帯域を共有するネットワークである(図2)。

制限緩和が速度増につながるとは限らない

 帯域共有型のネットワークで問題になるのは,特定の利用者のみが使いすぎて,帯域を占有してしまう可能性があることである。このため,1利用者あたりの帯域を256Kbpsなどと上限設定することによって,一人の利用者が占有するのを防いできた。それは妥当な措置だったといえる。

 ところが,そうもいっていられなくなったのが今回の事態だ。エンドユーザーにとって,CATVは256Kbps,ADSLは1.5Mbpsと,数字だけ並べるとADSLのほうが優れたサービスのように見えてしまう。では,帯域制限を外せばいいかというと,そういうわけでもない。1.5Mbpsまで上げれば,相対的に,30Mbpsを共有する1つの幹線のなかでは,ユーザー1人あたりの帯域が減ることになってしまう。

 帯域制限を緩和したことにより,かえって幹線内の混雑が増すことになっては意味がない。ユーザーの立場としては,こうした網構成からくる制約を踏まえ,サービスを利用していくほうが賢明かもしれないのだ。

将来的な拡張の余地のあるCATV

 以上のような事情もあり,今後も多くのCATV事業者が帯域制限の緩和という措置に追随するかは分からない。ただ,既にADSLと競合の起こっているエリアでは必然的にユーザーからのクレームは増えるだろうし,それに対して上述したような網構成からくる理由を説明し,理解を得ることは実際のユーザー対応の現場では簡単ではない。その点で事業者は難しい判断を迫られているといえる。

 1本1本が独立した帯域を持つADSLに比べ,帯域共有型のCATVは,一見すると分が悪いようにも見える。しかし,CATVにも将来的にサービスを拡張できる余地はある。

 たとえば,CATVインターネットのために割り当てているチャンネルを増やすことだ。1チャンネルあたりで最大30Mbps(下り)であるため,たとえば2チャンネルを割り当てれば,2本の伝送路ができ,みかけ上は計60Mbpsに増えた形になる。

 また,光ファイバー幹線の伝送区間を延ばし,1本の幹線に入る加入者数を,より少なくしていくことも考えられる。これらはいずれも設備投資が伴うため,簡単にできることではないが,CATVにはまだ技術的な可能性は秘められているといえる。

結局はバックボーンへの接続が決める

 こうした足回りの部分の網構成だけでなく,高速化を考える上で忘れてはならないのは,最終的なパフォーマンスはバックボーンへの接続速度が決めるということだ。

 現在のブロードバンドサービスのほとんどは,足回り回線の高速化に比べれば,バックボーンの接続速度が極端に小さい。現状ではMbpsクラスのバックボーン回線の帯域に,数十人,数百人のユーザーを集約し,コストパフォーマンスをよくして提供しているのが実状だ。広告などでは足回りの伝送路の太さばかりが宣伝されているが,伝送路が太いからといって,その分,IPのレートも効率がよいという保証はどこにもない(逆に速度を保証しようとすると,現状でも,たとえば1.5Mbpsの専用線IP接続は月額20〜30万円程度と,目の飛び出すような価格になる)。

 ADSLだろうとCATVだろうと,いや最近華々しく登場しているFTTHのサービスも,おそらく,このバックボーンに多数のユーザーを集約し,みかけ上のコストパフォーマンスを上げるという内実は変わらないだろう。もちろんそれは現状では技術的,経営的にやむをえないことだし,いずれユーザーが増加するなかで,改善がはかられていくであろうが……。

 ブロードバンドはまだまだ黎明期。このなかでユーザーにとっていったい何が本当に高速なのか,単純に判断できない状態は当面続きそうだ。

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[大水祐一, ITmedia]

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